|
冬になるとホームレスの上京の行列
ソウルに行けば月給220万ウォンくれる ソウル市は自立支援に毎年100億ウォン
ホームレスの減少傾向はかえって鈍化。 "10人に1人の割合で地方から来た"
[ソウルミーナ]28日午後,ソウル駅周辺でホームレス2人が胸倉をつかんで争っていた。 50代のホームレスが別のホームレスに "どこで転がっていたやつが俺の居場所を奪うのか" と問い詰めたことから起こった。
彼は "冬になると、見なれない顔が増える" とし "地方から上がってくるホームレスが多い" と話した。 また、"ソウルのように公務員がホームレスの健康を心配し、仕事をしてくれる所はめずらしいので、みんな集まる" と話した。
ホームレス政策を担当する市関係者は、"最近,現場に出向いてみると、40人余りのうち3~4人の割合で地方から上京している" と語った。
ソウル市内の "豊かな"ホームレスの恩恵を享受するため、地方のホームレスまで連なって上京している。 市はホームレスの減少のため,毎年100億ウォン近い予算をつぎ込む。 仕事や宿所を用意し、ホームレス生活が終わるよう,手助けするためだ。 しかし,全国から押し寄せるホームレスのため減るどころではないという。 "ソウルに行けば月給200万ウォンの職場を見つけることができる" という噂を聞いてやってきた地方のホームレスが増えたためだ。
ソウル市のホームレス雇用支援予算は今年90億ウォンを突破した。 来年の予算は約100億ウォンだ。 ホームレスの就職教育や資格証教育、公共雇用の賃金支給などに使われる。 しかし投入予算に比べて減ったホームレスは少ないという指摘だ。
2016年には前年比7.3%(272人)減少したが、17年には5.7%(195人),今年は3.2%(104人,9月現在)に止まった。 年間予算100億ウォンをつぎ込んだのに300人も削減できなかったのだ。
市で働き口を斡旋してもらっても、実際に定着まで続くケースは珍しい。この1年間にホームレス2700人を職場に斡旋したが、その70%がすぐに仕事を辞めた。 ソウルのある宅配業者は、"この6年間にホームレス約50人を採用した。 月給200万-220万ウォンを払い、従来の従業員と同じ待遇をした。国内中小企業の大卒新入社員の平均給料が217万ウォンであることに比べれば、破格の待遇だ。 しかし,約50人のうち約40人が1年を耐え切れず退社した。 "適性に合わない"、"仕事が大変だ" という理由だった。 一部は給料だけ受け取ると行方をくらました。
弱り目に祟り目で "待遇の良いソウルに行こう" と地方のホームレスが相次いでやってくる。 ソウル市は住民登録上の住居地とは関係なく、すべてのホームレスに職場を連結してくれる。 冬になると地下鉄1号線のソウル駅と永登浦駅に緊急宿泊施設を設けるか、最長6ヶ月間考試院の家賃を支援してくれる。
市の支援センターの職員が寝袋を配り、臨時施設に案内し、ホームレスの健康状態もチェックする。 市関係者は "地方から来る人のため,ホームレスが減少する効果が現われていない"とし、"外部から来た人が多すぎて排除することはできない" と述べた。
専門家らは,市がホームレスたちに無差別な恩恵を与えてはならないと指摘する。 市は,以前に途中離脱した経歴のあるホームレスにも再び志願すれば働き口を与える。
市から3度も職場を斡旋してもらっても1年足らずで辞めた事例もある。
延世大学社会福祉大学院のカン·チョルヒ教授は "国民の税金が無駄に使われないためには,ホームレスの中でも自活が可能な人を選別する必要がある" とし "すべてのホームレスに働き口を与えることは人気迎合主義に映りかねない" と指摘した。
(ソウル/みそっち)
そうですね、ソウル駅の地下道の住人はこの季節になると、それまで新聞紙だった寝床が段ボールになり、そのうちどこからか寝袋を持ってきますね。もちろんソウル市が配ったものです。 ※寝袋を配ったのは2012年だけだったらしい
▲ソウル駅地下の ”憩いのホール” 現在はホームレス禁止
▲ホントに新聞紙なのであった
▲段ボール生活体験中
▲段ボール製シェルターは持ち運びが不便だった
◇ ◇ ◇
おいおい ホントに橋の下に住んでるよ
大田(テジョン)のホームレス支援センターの応急救護活動に同行
今年最強の寒波から橋の下野宿市民を守れ 野宿市民に飲食・医療の提供
[豊かなミーナ]大田(テジョン)のある橋の下でホームレス支援センターが応急救護活動を行っている。 "おじさん、暖かい豆乳とのり巻き召し上がって寝てください。 寝袋は必要でしょうか?"
家に帰ろうとする足も早まる午後11時30分、大田(テジョン)駅地下車道のあちこちにも毛布の山がたくさん積もっている。 柱と柱の間または通路の片隅に布団の山は "見なかったふりで通り過ぎてください" と人々に訴えるかのように足に妨害されない場所にいた。
キムチーム長は、今回も寝込み市民を少し揺らして起こして顔色をうかがって、もしかして酒に酔ったんじゃないかと先に判断した。 寒い冬に一時的な酒の勢いで眠りにつけ、凍傷を負ったり、もっと危険な状況が発生し得るためだ。 対話で酒の勢いは感じられず、こちらでずっと寝るという意志を強く示して豆乳とのり巻きそして寒さをしばらく溶かせるホットパックを渡した。
いつでも室内で眠ることができる緊急寝床が大田(テジョン)駅近くにあるが、これさえも拒否する時もある。 それで、この日のように応急救護活動が展開される。 また、他の橋の下でも施設入所の代わりに野宿を選択した人に安否を問い、簡単な救護物品を伝えた。
大田市のホームレス支援センターは24時間運営されるところで、野宿市民たちの危険要素を予防し、立ち直りを支援している。 2004年、大田駅前で開設して、カウンセラー・社会福祉士など職員10人余りが常駐しているが、1日平均50~100人余りのホームレス市民がここを訪れている。 最近のように冬季には、職員とボランティアが、多くは1日3回応急救護現場での活動を行う。 特に、ホームレス支援センターの付随施設として一時保護センターを運営中だが、野宿市民はいつでも室内で寝ることができる応急寝床と健康検診を提供してリハビリ相談を進める。 男女分離された空間に設けられたが、アウト・リーチで会った路上生活市民たちに応急寝床の利用を勧誘し、リハビリの道を紹介する。 リハビリを通じて脱野宿する場合には住居支援まで進行するが、新規野宿市民が引き続き流入して、大田(テジョン)圏では、地下商店街、待合室、橋の下、公園などに野宿市民150人規模が維持されている。
同日、大田(テジョン)駅と西大田駅の待合室で応急救護活動を行っており、また他の公園でも野宿市民たちに食べ物や防風用品を支給した。 ボランティア2人も同行したが、この2年間毎日のように応急救護活動に参加し、野宿市民たちと支援センターを連結する足の役目を果たしている。 (翻訳/みそっち)
”キムチーム長はひと通りのホームレス支援活動に満足しきった様子で家族の待つ温かい自宅へと急いだ” こんなふうな1行を付け足せばかなり現実になってくると思います。
見返りの無いホームレス支援事業なんてやるわけがありません 崇高な、なんちゃらなんてものを持ち合わせていないのが彼らですし、彼ら自身もそれがよく分かっています。
地方のホームレスっていうのはいるんですよ、それこそどこにいっても必ずいるんですが、韓国の統計では ”その他” の地域っていうのは感覚的に ”無いもの” として扱われるんです。ですから大田なんてとこのホームレスの話題がソウルでは記事になることは絶対にありません。
というわけでローカルな話題なのでした。
大田っていうのは半島中部ある広域市で人口は150万人程度の地方都市です。
韓国の中で話す言葉が違うわけじゃありませんが、ちょっと独特な文化風習が残っているところでもあります。
住人のソウル願望は比較的低いと言われています。
んではニホンから観光客が行くのかといわれるとかなり疑問です。古くからの歴史があるわけでもないですし、万博が1993年に行われた。そいじゃ今は? といったところでしょうか。
まあ飛行機で成田でおりて新幹線で前橋に行くような感じですね。説明になってませんね ふひひ
|
過去の投稿日別表示
-
詳細
2018年11月29日
全1ページ
[1]
コメント(7)
|
飛行時間は自己申告制、んで改ざんしちゃう
評価よく受けようと...同僚の飛行時間を盗んだ空軍パイロット
ほらっ飛行時間が多ければ民間に転職するときもイイでしょ
[ソウルミーナ]最近空軍で飛行時間を盗んだパイロットがいることがわかりました。仲間のパイロットの飛行時間を盗んで自分の飛行時間で入力したものです。飛行時間がパイロットの評価と昇給に重要なためです。飛行時間の操作は飛行安全にも直結します。
金海の空軍第5飛行団所属の輸送機のパイロットであるA大尉は、1月から、自分と仲間たちの飛行時間の記録を改ざんしました。
飛行記録改ざんは機長1人と副機長2人一緒に飛行して、合計飛行時間を任務に応じて分けて記録する抜け穴を利用しています。
パイロットは飛行を終えた後、戦術指揮自動化システムC4Iに飛行時間と任務、科目、特異事項等を入力します。
この記録は、2週間変更することができますが、A大尉は修正締め切り直前に仲間のパイロットの飛行時間を持ってきて、自分の飛行時間を増やしました。
軍検察の捜査では確認されただけで6ヶ月の間に10回、合計800分を超える仲間たちの飛行時間がA大尉の飛行時間に化けました。
そこで空軍はA大尉に減給2ヶ月懲戒処分を下しました。
空軍は、その後、電子記録とは別に機長の署名を受けた紙文書を一緒に作成するようにしたが、根本的な対策ではありません。
【現役空軍パイロット:飛行時間を操作して、実際の経験もなく、良い評価を受けて早く昇級してしまうと突発状況で正しく対応できない可能性が大きいですね... ]
韓国空軍では飛行時間の操作事例が多くあることを調査とともに確実な防止策が急がれるという指摘です。
(ソウル/みそっち) 飛行時間は魅力的だ
韓国空軍はとても変わっていて、戦闘機は複座型ばかりです。ニホンでのF-15DJは訓練用の位置づけですが、韓国空軍のF-15Kの場合、原型が戦闘爆撃機型のF-15Eを導入したので複座なのはもちろんですが、搭載レーダーは空対空ですから、地上攻撃に兵装士官の出番はありません。同様にKF-16も複座ばかりです。追加で採用されたFA50はすべて複座型だけで、誰かが後席に座ることになります。
これは、韓国空軍の昇進システムと関連していて、韓国空軍では空軍士官学校卒業だけがパイロットになるシステムで操縦かんを握ることになります。(ニホンの航空学生のようなのは今時は世界的にめずらしい)
韓国空軍では少尉に任官して1年以内に中尉になるころに飛行訓練をはじめるのでイーグルパイロットはほとんどが全員が大尉という階級になります。そのまま佐官になるころには大半が”飛ばない人”になってヘルメットを脱ぎます。わずかに飛行隊長になるのが少佐で操縦かんを握る程度ですね。※部隊の指揮官は大佐クラス
このようにパイロット出身者が偉くなったりして操縦かんを握らなくなると飛行手当(航空加棒:毎月50万ウォン→81万ウォン(2016年))が支給されなくなるので、飛行資格維持飛行みたいなことが必要になります。そのために後席が大量に必要になるわけです。
※あの空軍校長射出事件も飛行手当目的の同乗だった
もちろん哨戒機みたいに大勢が乗る機体であれば胴体のほうに副士官が乗り組みますが操縦室は士官しかいません。操縦かんを握ったことの無い整備士官や補給士官も飛行手当を受けるために同乗飛行するのが慣例です。(変わってるよね)
それでも空軍機の稼働率は半分程度ですから、飛行訓練などそっちのけで同乗飛行に専念するパイロットが優遇されるのです。
そんな彼らが戦闘飛行訓練で学ぶことは ”空対空ミサイルは空に向けて撃てば必ず敵機を撃墜する”、”敵機のほうに機銃を撃てば必ず命中する”、”敵地に爆弾を落とせばそこに必ず敵部隊がいる” といったものです。
まさに韓国型思考で言うところの ”原因と時系列(事象)の逆接続” とでも言う現象ですね。これは韓国脳が楽観的に出来ているというわけじゃなくて、事象には原因があり、必要な結果はそれを実行することで成就するというものです。あの「スタートすればもう半分の成功」と考えるアレです。
◇ ◇ ◇
韓国の戦闘機は将軍の同乗飛行のために存在する(複座機ばかりな理由)
F-15KのほうはKF-16と一緒に主力戦闘機ですが、飛行訓練のための機体の定数が足りなくてパイロットの飛行時間を減らしていました。
韓国空軍のパイロットの飛行時間はかなりいい加減な数字で、将軍らが”飛行手当”を貰うための後席同乗での飛行時間を捻出するための”将軍同乗飛行”が最優先にされているということもあって、F-15戦闘機の本来の任務である”対地攻撃訓練”がほとんど行われていないことが知られています。
民間のパイロットになるのに必要な飛行記録も韓国式ですよ
空軍、10年以上にわたり、でたらめな飛行経歴証明書を発行
また、このようなでたらめな証明書を用いて、いくつかの空軍航法士出身者が現職パイロットとして就職した事実も明らかになった。
KBSが入手した空軍本部の内部文書を見ると、空軍は飛行制御システムをコンピュータ化した2001年以降、機長や副操縦士、教官、学生等の飛行時間を別々に区別しないまま、すべての「バッジ」(機長)に統合し、証明書を発行してきました。
空軍はこれに伴い、直接操縦しなかった人が着陸回数を保有することになったり、さらに学生操縦士まで、機長経歴を持つようになったと説明しました。
取材チーム確認結果、空軍航法士出身であるキム某氏の場合、軍輸送機を2千6百時間乗ったという証明書を通じて機長資格証を受けた後現在の東南アジアある航空会社に就職しました。
国防部検察団はキムさん他にも国内外航空会社に就職した似た事例がもっとあるという情況をとらえて転役した航法士20人余りを調査しています。
空軍はこれに対して昨年5月、細部指針を補完したと解明したが、その間、間違って発行してきた証明書に対しては修正措置をしませんでした。 飛行経歴証明書は退役軍人が民間航空会社再就職のための飛行資格証を取る時必要な書類で、空軍は自らの指揮統制システム資料を民間基準に合うように変えて発行してきました
※戦時中のニホン軍では飛行機の操縦は合格者全員が操縦桿を握り単独飛行まで訓練してその後、操縦と偵察に分かれて教育をしました。一式陸攻なら7人7名(主/副操縦手、主/副偵察手、主/副通信手、搭乗整備員)の乗員は全員が操縦することが出来たはずです。 戦争末期には操縦手1名の6人乗りになったけどね。
鬼ころって小さな声で言ってみて
|
全1ページ
[1]




