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ソウルの名勝 200年守られてきた朝鮮後期の別荘 城楽園?
調べてみれば1950年に作られ、会長の経歴も嘘でした。



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[暮らしのミーナ]今年4月より200年ぶりに一般公開された『朝鮮三大庭園』で知られる、ソウル城北区城北洞にある城楽園 は、ソウル都心に残っている庭には、まれに風景がよく保存されており、1992年12月23日、大韓民国の史跡第373号に指定され、2008年1月8日には大韓民国の名勝第35号の再指定された。

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ソウル市と文化財庁、建物を所有する韓国家具博物館はこの6月11日まで城楽園を初めて一般に一時的公開した。


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▶19世紀の朝鮮王朝第25代の哲宗王在位当時の吏曹判書のシムソンウォン(沈相應)の別荘であった城楽園は、ニホン植民地時代には義親王李堈殿下(朝鮮高宗の五男1877年3月30日〜1955年8月16日)が離宮として使用していたところである。
※本邸は渋谷区常盤松町101番地にあった

以後、1950年シムソンウォンの子孫である故・シムサンジュン済南企業の会長が買収した後、 城楽園という名前を付けた。 
朝鮮時代の別荘様式の面影を今に残す歴史的に貴重な建築物として高く評価されている。


◇ ◇ 


ところで200年ぶりに一時的に一般開放された韓国の3大伝統庭園「城楽園 ソンラクウォン(ソウル城北洞)」が裁判所の競売市場に出てきたことが確認された。

これは最初の所有者であったシムソンウォン(哲宗の時の吏曹判書を務めた)の子孫が資金難を経験している影響である。


「いやぁ、あれは1950年に建てたもので、由来は全部嘘っぱちですよ」

実は李親王別は存在したという記録はあるが、場所はここではなく1927年の火災で消失されて原型を知ることができません。李親王がここに日帝時代の35年を実際に住んでいたのか正しく考証されていない状況です。

城北洞谷の別荘が初めて世の中に明らかにされたのは、1961年6月のことだった。東亜日報が連載した「ソウルの新しい名所 "という連載記事で初めてこのソンラクウォンが紹介されたものである。(当時は成楽園)

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ソンラクウォンこの世再び知られているのは、1992年12月26日、当時の文化部がソンラクウォンを史跡第378号に指定されたときからだった。当時、文化部の根拠資料がどのような独自の調査結果ではなく、「所有者の自己の記憶」に基づくということだ。



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裏庭の建物も1953年にシム氏が作ったものと記録されています。
1961年の記事を見ると、シム氏はこの一帯を観光施設を備えた近代的な公園に造成しようとしており、その時に建物と池を作りました。
城楽園という名もシム氏が付けたものです。
結局、城楽園で朝鮮時代と推定されるのは、人工池の霊壁紙と泉、岩に刻まれた文等だけです。しかし、金正喜(号・秋史)の文字と知られているそれぞれも議論が起き文化財庁が再調査中です。 秋史 金正喜:朝鮮末期の割と有名な書家

[文化財庁関係者] ""秋史 金正喜の書」なのか、それも私たちが今見ているのです。正直今の状況で何が合って正しいと間違っているというのに..."

もっと不合理なのは歴史的な起源だ。ソンラクウォンは吏曹判書を務めたシムソンウォン(沈相應)の別荘と知られたが、これを根拠する明確な資料がないことが分かった。
純祖の時にこの場所を造ったファンジシャ、哲宗の時にこの場所を所有したというシムサンウン。どちらも歴史の中で見つけられない人物だということだ。

シムソンウォン(沈相應)という人物名は、承政院日記に出てくるが、哲宗の頃ではなく「高宗」の時であり、官職も吏曹判書ではなかった。つまり全くの別人だ。

シム氏宗親会は「シムソンウォン(沈相應)」という人物が系図に記載されておらず、高い官職に上がった人物が系図から落ちることは極めて珍しいという立場を明らかにしたりもした。

また文化財庁もこれに対して公式記録はまだ見つからなかったと釈明した。それにも文化財指定の後、20年以上にわたり、ソンラクウォンを「吏曹判書を務めたシムソンウォン(沈相應)の別荘」で紹介しており、議論が起きている。

文化財庁は、ここを使用した資料を追加で確認するなど、全面的な再検証作業をしていると、結果を総合的に発表すると明らかにした。


(ソウル/みそっち)



なにしろ1代で財を成した方だそうですから、韓国じゃそっちのほうが偉いのです。
韓国じゃそれが普通ですから問題になることはありません。

成功した企業の創業者がイイところに別邸を建てて庭を造ってその由来を創作しただけなのです。朝鮮末期の吏曹判書のシムソンウォン(沈相應)っていうのが実在しない人物で、そこを買い取ったのが5代孫と名乗る会長(故人)がご先祖をでっち上げていたということです。 
吏曹判書っていうのは正二品 まぁ今でいう次官級


あるいは資料とかも幾度もの戦乱で焼けちゃったのでしょう。そういう ”都合” で出来上がっているのです。


城北洞っていうのはソウルの北の方で、各国の大使公館なんかがあるところです。
近くにはニセモノ贋作の宝庫と呼ばれる ”潤松美術館” がありますね。

あのほら”朝鮮風俗画帳”みたいのを発見したところですよ。 あれも強欲な収集で文化財のすべてを収奪した日帝時代には存在していなかったニセモノですからね。





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鬼ころの歌がきこえる




良く燃える戦闘服 ポリエステルとレーヨンで良く溶けて
燃焼実験してみたら、「良く燃える黄金比」ってマジ?



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[国防ミーナ]去る30日、韓国の京畿道にある某陸軍部隊で、朝の点呼のあと兵隊のポケットの中にあった電子タバコが爆発したという。

兵隊はあわててポケットから電子タバコを放り出したが、着ていた軍服は大きく溶け兵隊は太ももに3度のやけどで重症を負ったという。
やけどの等級は3段階で知られ、Ⅰ 度は表皮まで、Ⅱ度は真皮まで、Ⅲ度は皮下組織まで傷害が及んだものだ。(このほかヨクヤキ、レア、などがある)

被害兵士の親は電子タバコのリチウム電池が爆発原因だとみて、中国産電子タバコの製造メーカーへの賠償要求を検討しているが、相手国が中国であるだけに国際訴訟まで考えれば損害賠償を受けるのは絶望的とみられる。

韓国では電子製品から出火してやけどするとイメージするのはサムスンのギャラクシーシリーズでおなじみだ。 しかし今回の問題はそこではない。


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▲韓国軍と米軍の軍服生地の燃焼実験のようす

韓国軍が2015年から普及したデジタル柄迷彩服がやけどの原因であるからだ。火が出た電子タバコと焼け焦げた軍服は韓国軍精密鑑識の手で厳重に隠蔽されているが、韓国軍の新型軍服は燃えやすい、溶けやすい。ということはすでに良く知られた事実だという。


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たとえば米軍の戦闘服の場合は、合成繊維であるナイロンと天然繊維である綿を半々ずつ混ぜて作成される。特殊作戦用に難燃素材の戦闘服も別にあるが、一般的な軍服も火によく耐え、少なくとも溶け出した繊維が肌に張り付いて2次火傷を負わないように設計されている。いわゆるノーメルト・ノードリップ(No melt、No drip)というものだ。

一方、韓国軍の最新の迷彩戦闘服は、化学繊維が100%で、ポリエステルとレーヨンを大体8:2の比率の混紡だ。


(ソウル/みそっち)



韓国人のコメント

「新型迷彩服はアイロン禁止なんだが、そういう理由だったのか」

「空軍の赤いマフラーって、あれは化学繊維で禁止になったぜ」

「逃げる時には軍服を脱いで民間人に成りすます、その時に燃やして証拠隠滅だな」

「良く燃えるということは寒い時の非常時にもイイね」


これね、難燃加工とかあるんですが、素材が燃えやすいのはどうしようも無いんでしょうね。たとえば ”軍手” もKTCのミラーツールのソケットは油が染みた化繊の軍手じゃ滑って掴めないなんていうハナシがあります。(アルノカ)

ところが韓国だと、純綿の軍手はプレミアム付きでイイ値段がしたりするのです。つまり化繊至上思考なんですね。


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▲大型バイクの教習は軍手なんです。(雨の日は軍手最高)




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韓国の軍手はゴム引きが主流





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鬼ころのメロディ




韓国じゃ生年月日を自由に変えられるんだぜ
定年の公務員、退職遅らせようと年齢減らす手口に殺到



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[暮らしのミーナ]19日、韓国の大衆メディア朝鮮日報は生年月日を変えて定年を先送りする公務員を紹介した。

ソウル銅雀区役所で働くAさんは生まれ年月を1958年5月から1962年1月変えた。定年退職を2年後に控えた2016年10月だった。これにより、Aさんの年齢は58歳から54歳になった。突然若くなったAさんの定年は2018年から2022年に4年遅らせた。Aさんは、まだ銅雀区役所に勤務している。

退職を控えて年齢を減らす公務員がますます増えている。市民団体ウィリェ市民連帯が、中央省庁、地方自治体、教育自治体の公務員出生年月訂正事例を調査した結果、2015年1月から今年5月までに166人が生まれ年月を変えたことが分かった。このうち94.5%である157人の年齢を減らした。減った平均年齢は1年と18日であった。2年以上減らした公務員も20人もいた。



「突然若返る公務員」は、定年を控えて退職時期を遅らせるためだ。実際に定年退職をいくらも残さず出生年月を変えた事例が多かった。157人のうち114人が、50代に年齢を変えた。60歳に年齢を変えた事例も14人もいた。ソウル市江南区に勤務するチャン局長は54歳だった去る2015年8月に生まれ年月を変えた。1961年8月生まれから、1962年8月生まれになった。定年は2021年から2022年に1年が延期された。

チャン局長は18日、本紙との通話で、「実際の誕生年が書かれた系譜を2015年に見つけ変更申請をしたのであって、定年を増やそうとしたわけではない」と言いながらも「結果的に退職を1年遅れになって非常にホルホル」とした。

昇進発令直後に出生年月を修正して年齢を下げた公務員も多くあった。今回の調査で157人のうち85人が昇進直後に生まれた年を修正した。

高い給料を長く受けて定年を延長しようとする意図であることは明らかだ。公務員が昇進直後年齢を下げる高い職位で働く期間が長くなるため、高い給料を受けて定年を延長することができるわけだ。
これで退職後の年金にも影響を与える。韓国でも公務員の年金額は平均給料と在職年数が考慮される。

韓国では戸籍上の出生年月を変更する手順はとても簡単だ。変更を希望する場合には、管轄家庭裁判所に家族関係登録簿訂正許可申請書を提出すればよい。ただし、戸籍上の日付と実際の生まれた日は違いがあることを証明してくれる書類が必要である。

たった今書いた手書きの系図や、取り消し線で訂正した手書きの出生証明書、百日記念写真などの余白に書いた好き勝手な日付など出生年月日を釈明することができる客観的資料が必要になる。

生年月日訂正の許可事件を主に務めるイ・スジョン弁護士は「実際の年齢を証明できる書類が十分であれば、通常2〜3ヶ月程度で許可が出てくる」と話した。


(ソウル/みそっち



韓国人が生年月日を自由に変えられるのはつい最近までお役所の無い田舎などで、出生届なんてものが適当に受け付けられていたからなんですね。という建前があります。

まぁ韓国でも小学校に入った記録なんてものは大抵残っていますから、実年齢4歳で小学校入学したとか、あるいは軍籍なんてものは厳密なものですが17歳で兵役とか、そいうことになる>>>>なんてことはお構いなしなのです。 それこそ「同名の別人でしょ」なんて言い張ればそれっきりです。


関連過去カキコ


まぁほら、韓国の人は国民全員が本貫という先祖につながる系図を偽造してきた過去があるわけですよ、何処の馬の骨ともわからないのが”安東金氏”なんていうのを名乗っているわけです。
そんな先祖ですから当人たちもそれほど信心深くないんですよね、彼らの口からご先祖だといっても赤の他人というのが現実なので”他人と比較した時に自分の位置を説明するためのツール”としての系図の利用ということなのです。

この間辺りから公企業や公共機関の定年が60歳になるということになったわけです、それで駆け込みで生まれが『実はコレコレでした』という訴えを裁判所に出すのです。裁判所ではよく調べもしないで『ハイハイこれであなたは何年生まれ認定』ってやっちゃうんです。韓国では名前や生年月日を変えることなんて簡単なんですよね。
まるで暗証番号を変えるみたいなものなのです。
※住民登録番号も変わることでいざこざがあったりする、でも裁判所の生年訂正受理証明書があれば免許証やカードもその場で再発行される仕組みがある。


じつは、少し前だといわゆる”リストラ”なんですが『早期退職者にサービスどぉ〜ん』なんてころがあったのです、あまりの良い条件に退職希望者が殺到してね、『生年月日を早くする』のが流行ったりしていたのです、やっぱりリストラとなれば高齢者からやめてもらうのがイイんでしょうけどそういうときに、自分の年齢をコロッと変えて退職金を手にしたのがいたんです。 

生年月日をコロコロ変えるのは慰安婦おばあさんにもいるじゃないですか、13歳じゃいかにもマズイっていうんで16歳に変えてたでしょ。それくらい気にするようなことじゃないんです。

通名っていうのって便利でしょ、それで何回も名前を変えちゃうのですね。その名でパスポートを申請すれば全く新しい前科のないパスポートが貰えるんですよ。
何度でももらえるんです。それをできないようにするというのがこの間辺りさわいでいたアレなんですがそれはまた別の機会にね   ふふっ



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