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日付は変わってしまっていますが、4月15日は近代メジャーリーグ初の黒人プレーヤーであるジャッキー・ロビンソンがデビューした日なのだそうです。
そして、今年はその60周年ということで、全米各地でかなり大々的にセレモニーが行われたようです。
レッズのグリフィーの発案で、ロビンソンの背番号42をこの日に限ってつけられるようにし、カージナルスやドジャースなどでは選手全員が42番を身につけました。
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実はこの背番号42は、10年前(確信ないです)、ロビンソンのデビュー50周年のときに全チーム共通の永久欠番となりました。
したがって、現在はすべての選手が42番をつけることができません。例外としてはこの当時42番をつけていた選手だけで、現在ではヤンキースの抑えのリベラのみが普段から42番をつけています。
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ジャッキー・ロビンソンはアメリカにおける人種差別の壁を打ち破った象徴的な人物として見られています。
が、こうしてロビンソンが称えられるということは、肯定的にも、否定的にも評価することができます。
肯定的な側面はまあいいとして、今回はこの否定的な評価の仕方について考えてみます。
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アメリカではつい40年ほど前までは、黒人には白人と同等の権利が認められないという非常に辛らつな人種差別がありました。
そして現在も、法的にはほぼ同様の扱いがなされているものの、人種差別の問題はアメリカを語る上では欠くことのできぬ一要素です。
しかし、現在のところアメリカでは、過去の人種差別について公式に清算がなされたとはいえない状況にあるといえます。
現在進行中の問題である以上、清算云々を語ることはナンセンスでもありますが、ここではとりあえず過去と現在を切り離して考えることとしましょう。
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さて、ロビンソンです。
彼が人種差別を乗り越えた、偉大な野球選手だったということは事実ですが、42番を全球団が永久欠番とした意味はどこにあるか。
果たしてそれは単に野球選手としての業績にとどまるのか。
過去の人種差別の清算という意味も持つのではないか。
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つまり、アメリカ社会がロビンソンへの賛辞によって、過去の人種差別に対する反省を示すことを、過去の清算の代わりとしているのではないかということです。
これはなんらの代償を払うことなく、社会に一定程度の満足を与えることができるわけですし、ある面では合理的でしょう。
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もちろん、こうして過去への反省をセレモニーを通じて率直に示すことができるのがアメリカ社会のいいところでもあると思うのですが、タブーに切り込んだ人物を社会全体が称えるということは、こういう面があるようにも思います。
※写真はロイター通信、majorjpより引用。
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