日々徒然ニューヨーク

NYは時には優しく時には厳しく

エッセイ(限定)

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心のままに綴る、自分へのエッセイ。ファン限定。
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散る花

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久しぶりに会った台湾人の友人は相変わらずクールな感じで、身長185センチ、メガネをかけている。
23歳になったばかりだった。

彼は日本人の女の子が大好きという弱点?があった。
サブウェイで駅で道で日本人の女の子を見ると鼻の下が伸びてしまう。
実はちょっと面白くて、とても落ち着いていて話しやすい。そして理性的だった。

彼には同じ学校にとても好きな日本人の女の子がいた。住んでいるアパートも偶然同じ。
ドアが向かいあわせというほどだった。

彼に彼女のことを聞いたら、「彼女は専攻を変えて今はイギリスで勉強しているよ。」と言う。

彼は彼女との学校での思い出、よく一緒に出かけたことなどを話してくれた。
そして最後に一言「あーちょっと悲しくなってきた。僕に彼女のこと思い出させて・・・。」と言った。

実は先週、彼女がNYに来たらしい。
そして彼の部屋に3日間泊まった。
彼女は自分の銀行口座の閉鎖やその他、色々と処理しそこなったことをこの3日間で終わらせるためだった。

彼と彼女は一緒のベットに寝たが、彼は指一本彼女に触れなかった。
私は驚いたが理由を聞くと彼らしく、
「彼女には恋人がいるし、もしそうなるということは彼女が浮気しているということだから嫌だった。」と彼らしかった。でも、実はこの時には彼女と恋人はうまくいってなかった。彼はそれを知っていた。

しばらくして私は聞いた。
「彼女に恋人がいなかったらそういう関係になっていた?」
彼は「もちろん」と答えた。
そして、彼女が自分の恋人だったら、自分もイギリスへ勉強しに行ってもいいと言った。

私は「女性は嫌いな人とは一緒のベットで寝ないだろうし、あなたと彼女はもしかしたらそういう関係になれたかもしれなかったのに。」

彼は「そうだね」と言った。




本当にそう思うときがある。先を想定してこうやって行動すると多分こうなる、と思う時がある。
確信する時もある。たぶん、彼があの時何かしらを行動に起こせば状況は少なからず変わったと思う。
彼女もそれを望んだのかもしれない。そして、もしかしたら彼女は彼の恋人になったかもしれない。


でも、人はそう思っても行動できない時がある。



秋風が吹く中、二人で道路を渡りかけた。
遠くから車がくるのが見えた。
まだ車と距離があるのに、彼は自然に私の手をとって危ないからと、私を自分にひきよせて一緒に渡ってくれた。

こんなに優しい彼なのできっとすぐに素敵な女の子が見つかるに違いない。

少しだけ髪が伸びた彼の後ろ姿を見ながら、ふっと、

咲きかけて、咲ききらないうちに散ってしまった花達を思い出した。
数えきれない程のたくさんの花達が散っていった。
それでも風に舞って散る花はひときわ美しく見えるのに。

Civil Marriage Ceremony

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2006年6月26日(月)13時45分。
私の日本人の友人がこちらのアメリカ人男性と結婚した。

2年と半年つきあい、一度別れ、その後も色々あったが、今日結婚した。

13時30分までにブルックリンのMunicipal Building Brooklynに私は二人のWitnessとして到着した。
私の役目はウイットネスとして、二人が今日この日愛し合い結婚したということを見届けること。
ニューヨークの法律で結婚する時はウイットネスが必要だった。

ウイットネスになってほしいと頼まれた時は光栄だった。

結婚用紙の欄にウイットネスのサイン欄があるのでそこに私の名前、NYでの住所それからサインをした。
待合室では色々なカップルがウイットネスと一緒に名前を呼ばれるのを待っていた。
私達が呼ばれたのは最後だった。

セレモニーは5分程度のもので、愛の言葉を誓い合い、指輪の交換そしてキス。とてもシンプルだった。
私は二人の写真を撮った。

二人は今日から晴れて夫婦となり私の友人はアメリカ市民として今後ニューヨークで生活してゆく。
二人は幸せそうだったが彼がとにかく嬉しそうだった。

友人はまだ色々と解決しなければならない問題があるがそれも見届けたい。
今日は曇り、時々小雨。少し涼しい6月だった。

部屋でこの記事をタイプしているが、実は彼女は6月の花嫁だったんだなと今気がついた。
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私がMegumi-chanと会ったのはもう5年前になる。第一印象は「人並み外れて面白い人」だった。Megumi-chanに会えたのはツチノコに会えたのと同じ位の確率に近いと思った。5歳年上でよく「あっはっは〜」と床にふして笑っている姿は凄かった。声に表情があったからDJなんかぴったりじゃないかと思っていた。そのことを本人に言ったら大笑いされてしまった。私は過去をたどっていくと生まれたときからMegumi-chanには会うことが決まっていたと思う。ソウルメイトみたいな感じで・・・その後もお付き合いさせてもらって今も続いている。
Megumi-chanは人種、性別、年齢問わずたくさん友達がいたのでよく私は誘ってもらって一緒に遊んだ。個性的な人が多かった。今もその人達との友情は続いている。最初に紹介されたのはFさんとAndrewだった。Fさんはインパクトがあった。やはり5歳年上の女性だったがとても若くてお美しくてはっきりした人だった。時間厳守の人で皆で会う時はMegumi-chanに「遅刻しないでね」と何度も念を押された。もし、遅刻したら大変だっただろう・・・
Andrewは歳下のベトナム系オーストラリア人の男性だった。その後彼とは言語交換のパートナーになった。私の価値観、考え方や友人の幅が広がった記念すべき日になったのはひとえにMegumi-chanのお陰だと思う。
私は目カメラでMegumi-chanを2枚撮ったことがある。一枚は海岸にバーベキューをしに行った時。一息落ち着いて岩の上で寝ていたとき太陽に照らされて真夏の日差しが熱かったとき。Megumi-chanは「黄金のベットみたい」と言った。もう一枚は花火を見た時、「ここの花火は大きすぎず小さすぎずちょうどよくて好きなの」と言ってMegumi-cahnがはしゃいでいたとき。リラックスして見た花火はとても楽しかった。
5年経った今もこの2枚は私の目カメラにはっきりと写し出される。忘れられない思い出としていつでもどこでも見たい時に。

Megumi-chanとの思い出を私は星の数程にしたかったがタイムリミットができてしまった。Megumi-chanは結婚してドイツに行くことになった。1998年6月27日教会で誓いの言葉を述べた後、新郎のGusとヴァージンロードを歩くMegumi-chanは本当にうれしそうでかわいい花嫁だった。式では感極まって泣いてしまうかと思ったがMegumiパパのおもしろい挨拶(血は争えない)と新郎新婦の楽しい雰囲気があいまって泣くことはなかった。幸せな2人を見ていて私もとても幸せな気分になった。国際結婚だったのでちょっと見渡すと色々な国の人達がいた。Megumi-chanはその間を丁寧に挨拶しながら回っていた。その姿を見て私はMegumi-chanがさらにお姉さんになったような気がした。結婚が決まって初めての電話で私は淋しくてつい「Megumi-chan結婚しちゃうんだね。」と言ったら「・・・もういい加減いかせてよー」という叫び声で返事が返ったきた。きっと心からの言葉だった。式の最中は今までのいろんな事を思い出した。そしてこの時から必ず別れの時がきてしまうと思った。

Megumi-chanは1年後女児を出産した。Seraと名づけられたその赤ちゃんはとても手足が長くてかわいかった。私はSeraと色々な話をしたかったし遊びたかった。でも、あと5ヶ月もするとMegumi-chanはドイツに行かなければならなかった。私はMegumi-chanのためにドイツに行っても淋しくないようにMegumi-chanに近しい人達からのメッセージをビデオに納めた.。Megumi-chanの周りにはいつも愛情があふれていたので、題名はDear Megumi-chan"A Lots of Love" にした。Megumi-chanにはとても喜んでもらえた。

私とMegumi-chanとの思い出は120分テープを何百本使っても納まりきらないものだと思う。だけど人の記憶力には限界があって、いずれ記憶は薄れていってしまうかもしれない。私は勝手に自分の中からMegumi-chanの記憶が薄れてゆくのが恐かった。だからここにこうして残しておけば安心だと思う。もう1年も会っていないけど元気で大笑いして床に伏しているに違いない。そういうMegumi-chanは健在なはずだ。

耳を澄ますとドイツにいるMegumi-chanの笑い声が聞こえてきそうな気がする。
・・・次のツチノコは絶対見つけられないし大体いるわけがない。
                                            
2001.6.17

Dear Andrew

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彼には始めて会ったのは冬の町田だった。町田でM-chanとFさん、彼と私の4人で会った。名前はAndrewだった。外見が東洋人なので外国人初体験の私にはさほどショックなことはなかった。ベトナム系オーストラリア人でメルボルンから来ていた。某大手英会話学校で英語を教えていたが、気負っていなくて自然体な感じの印象を受けた。
今でもこの日のことはよく覚えている。誰がどんな話をしたとかどんな服装だったとか。彼とはこんな会話をした。「私はおひつじ座なんです。」「So.Aries is adventure.」  

彼はおおらかでヨーグルトのプレーン味のような人だった。彼は成熟していた。この頃はよく4人で会っていたが、ある時言語交換のパートナーになって欲しいと言われた。私の話す日本語がとてもきれいだから勉強になるということだった。確かに私は彼の為に意識してそうしていたし、私も英語の勉強になるのですぐO.K.をした。

それからは2人であちこちに行き楽しく過ごした。でもそのおかげで私には彼の癖がうつってしまった。それは雨が降っても傘をささないということだった。小雨ならもちろん結構な降りでもささない。それはそれで何ともないので一緒にささずに歩いた。今でもこの癖は少し抜けなくて困っている。

私にとっては面白いエピソードがあった。初めて2人で品川水族館へ行ったときのこと、電車の中で彼は「2人きりで会うのは今日がはじめてです」と日本語で詰め寄ってきた、彼も向こうの男性だなと思ったが笑ってしまった。そういうのがまったく似合わない人だったし、それに実際は呑気坊やに見えた。なんたってヨーグルトのプレーン味だし危険なことは何もない。

Andrewには感謝していることがある。彼には何の事か分からないだろうが彼のおかげで私はきれいに立ち直ることができた。私は彼といろんなところへ出かけるだけで自分がどんどん回復してゆくのが分かった。まるで魔法をかけられたみたいだった。

ある日彼のお姉さんのキャロラインが日本に観光に来て、下北沢で紹介してくれた。とてもおおらかで目が彼に似ていた。やはり大地の匂いを感じて、私はキャロラインがすぐ好きになった。そして彼の口癖の「お勧めはどこですか?」が出たので、町田でいけばな展をやっているというとすぐに相談して行くことに決まった。フットワークの軽い人達だった。3人でいけばなを見たがキャロラインが好んだのはハッキリした原色の輸入花を使っている作品だった。お国柄なのかなと思った。キャロラインは「こんな素敵な場所につれてきてくれたんだもの」と言ってお昼を私にご馳走してくれた。私は恐縮したがその丁寧な気持ちが嬉しかった。後にキャロラインはオーストラリアでユダヤ人の旦那様と結婚してDJになり地元ではちょっとした有名人になった。


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私は皆と最高の思い出を作りたかった。Andrewには色々な経験をしてオーストラリアに帰って欲しかった。暑い夏の日皆を七夕祭りに誘った。M-chan,Andrew,Gus,Fさんと私で
昼間家でくつろぎ、夜七夕にくりだした。大きなお祭りで飾りや出店が建ち並ぶ様子はちょっとした異国情緒を漂わせていた。夜空に点々になっているちょうちんを見て彼は「エキゾチックな気持ちになる」と叫んだ。私も同じ気持ちになりたくて点々になっているちょうちんを目を細めてわざとぼやかせて見た。毎年見ている七夕の景色が全然違って見えた。そして横を向くと七夕太鼓に驚いて聞きいっている皆の横顔があった。私はしっかりその光景を目に焼き付けた。

その1ヶ月後に彼のさよならパーティーがあった。彼が色々と自分で段取りをつけ、下北沢のかわいらしいレストランにたくさんの友人達が集まった。これで本当に彼がオーストラリアに帰ってしまうんだなと改めて思った。日本に住んでいる外国人と友達になると別れはつきもので彼も例外ではない。だが彼の場合少し違っていた。切なくなったが淋しくはなかった。切なかったのはその典型的別れで寂しくなかったのは彼の人間性や人柄、性の明るさなどが淋しさをかきけした。そして私にはたくさんの楽しい思い出があった。


彼は成田からオーストラリアに向けて飛び立った。私は写真を渡し、最後に抱き合って別れた。空港はたくさんの人がいたが静かな感じだった。彼は本当におおらかでオーストラリアの大地と太陽を感じる人だった。この夏は忙しくて楽しくてしょうがなかった。


彼との思い出を例えるとしたら何だろう・・・太陽が照っていて芝生に寝転んでいる感じ。
そして緑の匂いがして心が穏やかになる感じ。


1997.8
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ありふれたLove Story

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きっと誰かにはとてもありふれたLove Storyも本人達には大切だったLove Story.

先日、偶然出会った台湾人の友人と私の間には共通の友人Sちゃん(日本人女性)がいた。Sちゃんとは疎遠になってしまったが、友人達から風の便りをよく聞いていた。

台湾人の友人がSちゃんの事を語り始めた。
「Sちゃんは別れた彼ともう一度戻りたいと電話したけど、彼はもう結婚してしまったんだって。」
それは去年の半ば頃(2005年)のことだったらしい。

私が出会った当時のSちゃんにはアメリカ人の恋人がいた。
自他共に認めるそれは仲の良いカップルだった。お互いの家族にも紹介しあってSちゃんが日本に一時帰国する時は必ず彼が一緒に帰って行った。

Sちゃんはいつも「彼は私の事が好きでたまらないの。」と言っていた。

でも、その後色々な事情で二人は、2003年の冬に別れてしまった。

彼はSちゃんが自分のことを「あなたは私のRight personではない。」と言ったことがどうしても受け入れられなかったこと。

別れた直後、泣きながら電話してきたSちゃんに「嘘でもいいからあなたは私のRight personだ。って言ってみたら?」とアドヴァイスしたが、Sちゃんは「これは私には大事なことだから嘘はつけない。」と言っていた。
私は恋人が戻ってくるのならついていい嘘があると思った。
どうして、Right personなのかそうでないかが分かるのだろう。

別れて2年経って彼に電話したSちゃん。彼は彼女のRight personではなかったのだろうか・・・?
Sちゃんはきっと彼がどれだけ自分のことを大切にしてくれたのかが分かったに違いない。



街並みを歩いていると、色々なLove Storyが現れては消えてゆくように思える。
道行く人にとってはとるにたらないLove Story。


とても大切だった、でもありふれたLove Storyが街のいたるところに転がっているように見える。

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