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私にとっては天使だった黒人のバスの運転手さん。 ニューヨークの人ではないけれども・・・ 隣の州のニュージョージーのIKEAに行った時、ニューヨークからバスに乗った。 帰りのバスの最終は夜10時と記憶した。 その日は花瓶やら何やら色々と購入しあっという間に夜10時になった。 重い荷物を持ちバス停まで行きしばらくバスを待った。が、こない。 よく時刻表を見てみると最終10時の時刻は平日のスケジュールだった。 日曜日の最終の夜9時のバスはもう行ってしまった。 私は唖然とした。外はまっくらだった。 IKEAは広大なのでニュージャージー州の郊外に建っていて回りはなにもない。 バス以外帰る手段がない。ニュージャージーの事はあまり知らないが、地域によっては危険なところもあるはずだ。 どうしたものかと途方にくれていると一台のバスが来た。 私の目の前で停まりドアが開いた。 「乗るのかい?」黒人のおじさんの運転手だった。 行き先はニューヨークではなく、ニュージャージー市内を巡回しているバスだった。 私は事情を話した。 「とりあえず乗りなさい。」と勧められ、ここで一人でいても仕方ないので乗ることにした。 「私の巡回するルートが終わったら、ニューヨークまで送ってやろうか?」としばらくして運転手さんが言った。 「ええっ!わざわざ私の為に?あそこまで行ってくれるんですか?」 「いいよ。別に。少し時間かかるけどね。」 私はすがる思いで「お願いします。」と言った。 その後、乗客が乗ったり降りたりを繰り返しある場所にきた。 ニューヨークとニュージャージーの川沿いの大きなバス停車場にきた。 車内には私とおじさんだけになった。 「ちょっと電気消してタバコすってもいいかい。長年の習慣でね。」とおじさんは私を見て言った。 「はい、もちろんです。どうぞ。」 バスのライトは消され、暗くなった代わりに目の前にニューヨークのビルの群れが見えはじめた。 マンハッタンの決して消えることのない灯りが右から左へ煙草の煙と共に流れてゆく。 ニューヨークのこんな横顔は初めて見る。 私は息を飲みながらしばらくこの景色に酔っていた。 「ありがとう。」とおじさんが言って灯りをつけた。 マンハッタンはもう遠くにあった。 おじさんは毎日こんな贅沢な一瞬を独り占めしているのだろう。 最高に幸せな時間。 しばらくしてバスが市内に戻った、すれ違ったバスがあり、おじさんが 「あのバスをつかまえればニューヨークに行くよ!」と言った。 私はお礼を言ってそのバスを捕まえた。 これでニューヨークに帰れる。ほっとした。 ニューヨークに到着し、下車する時に小銭がないことに気がついた。 「誰かくずせませんか?」と訪ねると、後ろの男性が私の分の3ドルを払い、降りた。 「待ってください。くずしてお返しするので。」 「別にいいよ。またね!」彼は笑顔で足早に行ってしまった。 バスに乗りそこなり最悪の日になるはずが、私にとっては一人の天使と男性に助けられ、 忘れられない日になった。 羽の見えない天使達は光る羽をあちこちに飛ばし、今日もきっと人々に幸福を与えているのだろう。 .
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ニューヨークの人々
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有名人だけじゃない、私の周りにいる人々。日々徒然に私に付き合ってくださる方々。記憶には限りがあるので彼らのことを忘れないためにも、ここに書きとめて。
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友人のジュリエットと1年くらい前にブランチをしてその時撮った写真。 こちらの人は本当に絵になるなと思った。 私をニューヨークに招待してくれ、ニューヨークを大好きにさせてくれた人。 初めてニューヨークにきてブルックリンの彼女のアパートに10日間とめてもらった。 乾いた風が吹いて、それが大好きになった。 それ依頼、日本から彼女に電話したときはいつも「乾いた風は吹いているか?」と聞いた。 彼女はなんのことやらと言う感じで笑いながら「イエス。」と言った。 それ以来ずっと友達でいてくれる。 おしゃべり好きでラブリーな女性。 乾いた風の吹くブルックリンが似合う女性。 .
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お昼に行く時のエレベーターで偶然Marina-sanと一緒になった。 今回のプロジェクトのことを話しているうちにMarina-sanは、 「実は私はへこみやすいんですよ。」 「それに自分の人生観と会社組織のギャップにお手上げ状態なんです。」と言った。 Marina-sanが自分の気持ちを私に話している。 私はなんとかうまい返事をしたかったが空回りしてしまい、結局相槌を打つくらいしかできなかった。 そして人生観と会社組織のギャップ、Marina-sanが何を伝えたかったのか、私にはピンとこなかった。 大きなプロジェクトが終わり通常のリサーチ業務に戻ったMarina-sanは、ある時、はっきりした数字のデータを取るために、多少色々と偽って電話をかけなければならなくなった。 しかし、Marina-sanはセールスマネージャーに、 「嘘はよくないです。嘘はいけません。良心の呵責上、嘘はつけません。」 と静かにゆっくり、そしてはっきりと言った。 私はかなり驚いた。一瞬シンとした。周りの人達のタイプを打つ手も止まった。 セールスマネージャーは静かに 「それじゃ他の方法を考えてみましょう。」と言った。 Marina-sanが言っていた「お手上げ状態」とはこういうことだったんだろう。 ・・・けれど、ここは教会ではない。 教会では嘘はつけないが、ここは会社だった。 私は少しだけMarina-sanの後姿を見た。 この日が私のインターンシップの最終日だった。 Marina-sanは私の最終日にも5時ぴったりに退社して行った。 帰り際に「これからも色々とがんばってください。」と言ってくれた。 Marina-sanとは結局プライベートな話はできなかった。 今は電話をかける勢いもない。 それでも私の目には色鮮やかに映った人だった。 目が大きく眼差しの強いMarina-san。 時々少年のように見えるMarina-san。 少しかたくななMarina-san。 陽射しが強いとサングラスをしてお昼にでかけるMarina-san。 そしてリサーチが佳境を迎えると疲れを吹き飛ばすかのように、片手で少し不器用に顔をぬぐうMarina-sanを思い出す。 Midtown, Summer in 2007 .
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一ヶ月が過ぎてもMarina-sanと私の距離感はあまり縮まらなかった。 それでも、Marina-sanには受け入れられる人、受け入れられない人がいるらしく、私は射程圏内に入っているようだった。 ある時、差し入れのケーキを皆でいただいた。 食べる前に、まりなさんは両手を組み、膝の上にかかえて目を瞑っていた。 そして主に祈りを捧げていた。クリスチャンらしかった。 色々な面を持ち合わせている人なんだなと思った。 序々にMarina-sanを知るにつれ、Marina-sanのやさしさにも触れた。 今回のプロジェクトでは合計100ページ近くのリポートを作成することになっていたが、私が始めてにもかかわらず、私にとって後に残るような仕事になるようにと私にも担当箇所を持たせてくれた。予期していなかったので嬉しかった。 リサーチは大変だったがそれでも納期を迎え、後日リサーチについての反省会があった。 リポートの出来は厳しく見るとあまり思わしくない結果になった。 決して悪くはないがその業界についてのもっと踏み込んだところが欲しかった。 それぞれの反省点を出し今後の対策を練った。 Marina-sanが主になって行ったある業界のリサーチプロジェクト。 Marina-sanの表情は少し緊張していた。 (つづく) .
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今回のインターンシップでは様々な出会いがあったが、特に忘れられない人がいた。 その人はMarina-sanといった。 この夏、Marina-sanが主になってリサーチプロジェクトを進める中、私はMarina-sanのアシスタントをすることになった。年齢は20半ばくらいで、目が大きくてとても澄んでいた。でも眼差しが凄く強かった。 少年のような華奢でスラットした体にきれいな顔。 個性的で少し日本人離れした顔立ちで 「よろしくお願いします。」と挨拶された。 Marina-sanと私は隣同士の席になった。 Marina-sanは少し長い髪を後ろに無造作に束ねて、いつも黙々とリサーチをしていた。 そして12時ぴったりになるとお昼に出かけ、5時ぴったりに退社した。 誰かとお昼を食べることは一度もなかった。 Marina-sanと私は同じ県の出身ということが分かり、なおかつ以前は家族と一緒にニューヨークに住んでいた。今はMarina-sanだけがニューヨークに残った。 電話をしているMarina-sanの英語はあまりに流暢で、ネイティブかな?と思った。 とてもきれいな英語だった。 リサーチが山場を迎えるにつれ、私とMarina-sanとのコミュニケーションも序々に増えていった。 Marina-sanはとても真面目で几帳面な人だということが分かった。 ある時、リサーチがピークに達する頃、どうしてもMarina-sanは会社を休まなければならなくなった。 仕事と私を案じて、携帯の番号を私にくれた。 「何か困ったことがあったらいつでもいいので電話ください。」 私はすぐに自分の携帯にMarina-sanの番号をセーブした。 これがあればいつでもMarina-sanと連絡をとれると思った。 例えば、インターンシップが終わった後でも。 ただ、Marina-sanは気楽にプライベートな話ができる雰囲気を持ちあわせている感じではなかった。 (つづく)
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