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鬱病で病むこと早6年だろうか。 今年の3月、未曾有の東日本大震災で 急性ストレス障害に陥った。 身体が食事を受け付けず、電車に乗るにしても 駅のホームに行くと震災に直面した時の記憶がフラッシュバックして パニック状態になってしまったり。 その時就業していた職場は全く理解してくれなかったし、 理解させるのも無理だろうと思った。 「私だけか?」と思ったが、その後徐々に 首都圏でも震災や余震、映し出される悲惨な映像が原因とされる ストレスが出始め・・極め付けにスピッツのボーカル・草野さんが 私と同じような「急性ストレス障害」にかかり ようやく世間も認めだしたのだろう。 社会復帰した11日目にして ものの見事に、「震災の恐怖」という壁に屈してしまった自分。 テレビもラジオも悲惨な映像、緊急地震速報の音しか流れない。 当時、毎日十数回に及ぶ余震。 どのくらい経ったろうか。 今のお仕事の話が本格的に進みそうな或る日、 ふと「頑張れる人は頑張ろう」という言葉に反応した。 今まで十分すぎるほど休んできたではないか。 私は家も無事だったし、頑張れる環境もあるではないか。 頑張れる人が頑張らなきゃどうするんだ? 学生時代の後輩は被災地で頑張っているじゃないか! 電源も電波もままならないなか安否を知らせてくれたではないか!! そこから、何か少しずつ吹っ切れそうな気がした。 今まで悩み続けていたことの大半が 「震災」に遭い見方が変わって吹っ切れてきた。 100%吹っ切れたわけじゃないけれど、 70%ぐらいは吹っ切れただろうか。 そして無事に次の就業先も決まり、 晴れ晴れとした気持ち半分、新しい環境に対する不安な気持ち半分で 4月の新年度のスタートを切った。 とりあえず、これが「新しい自分」への出発点となる。 |
鬱病脱却に向けて
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鬱病脱却に向けての道のり。
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勇気を出して、心療内科の戸を叩いたのは6年前。 正確にはいつぐらいから「鬱病」を発していたのか分からない。 だんだんとひどくなって、「乖離」を起こしていたこともあるらしい。 思い当たるきっかけは・・ストレスの鬱積。 仕事のこと、実家のこと、恋愛のこと。 それに家庭のことが加わって爆発したのかな。 そこからいかに脱却に向かうか。
それらをここで伝えていけたらと思います。 |
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