|
一昨日、「松井引退か?」とのニュースが出た。
いつもは年末年始に確保している日本での練習場手配が、今年はなされていないというのがその理由だった。
そして昨日朝の引退記者会見。
思わずスーツの下に松井Tシャツを着て会社に行こうかと真剣に迷った(さすがに思いとどまったけど)。
ここ数年、そして今シーズンの成績を考えれば、びっくりするような事ではなかったけれど、どこかでもう一シーズン松井を見ていたいなという気持ちがあったので、やっぱりという思いと残念な思いが交錯する。
昼休みに改めてネットニュースで記者会見の内容を見ると、松井選手らしい生真面目な受け答えの雰囲気が伝わってきて、ぐっとくる。お世話になった球団、指導者、ファン、報道陣にも気配りしながら、思いを語っている。
思えば松井選手が絶頂期の頃に何度か東京ドームに足を運んでホームランを目の当たりにした。
ニューヨークヤンキースに移ってからは、日本で開かれた開幕戦第二戦で、松井のホームランとともに自然発生的に東京ドームを駆け巡るウェイブに参加したのも思い出だ。いつかニューヨークに観戦に行きたいと思ううちに月日は流れ、ついにアメリカでの観戦はかなわなかったのが心残り。
これからどうするのか、まだ決めていないって言うけれど、何かの機会にまたファンの前に姿を見せて、日本の野球界に元気を分けてほしいと願っています。
松井選手、お疲れ様でした。
関連ニュース(日経新聞より)
「後悔なし」 引退表明の松井、引き際の言葉
巨人、ヤンキースなどで20年にわたって野球ファンに夢を与え続けてきた松井秀喜選手。「ヤンキースの一員として初めてプレーした日と最後にプレーした日のことは一生忘れない」などと引退会見で語った。主な一問一答は以下の通り。 ■結果が出ず、引退を決断 「20年の野球人生の区切りをつけるにつき、応援して下さったファンの皆様に感謝の気持ちを伝えたくて、このような会見を開きました」 「この決断を下した大きな原因は、今季3カ月しかありませんでしたが、初めてマイナーからスタートし、メジャーに昇格して最初は結果が出た。その後プレー機会をもらい、主軸も打たせてもらったにもかかわらず、結果が出なかった。それが一番大きな要因です」
最後に明かされた松井秀喜“メジャー主軸”の誇り
現役引退を表明した松井秀喜(38)は日米通算507本塁打という数字はあくまでチームの勝利のために戦った結果にすぎない、と話した。巨人、ヤンキースと日米の常勝球団の主軸を打ったただ一人の日本人選手。今、同じユニホームに袖を通す記録の偉人、イチローとは別の道を行きながら、劣らぬほどの記憶を球史に残した。
|
ベースボール
[ リスト ]



ウチの車のナンバー、55です♪
2012/12/29(土) 午後 1:19
松井って、30代なんだ…
2012/12/29(土) 午後 4:12
わたくしは21歳
2012/12/29(土) 午後 5:11
私も朝のワイドショーで記者会見見たよ。04年のホームラン30本超えはすごかったね。
03年と04年のアリーグチャンピオンシップのヤンキースvsレッドソックスの7戦全部ライブで見てたから、松井がどんだけヤンキースで活躍してたか?知ってます。
今シーズン限りの引退はちょっと予感はあったけど、やはり寂しいね。お疲れ様でした。
2012/12/29(土) 午後 5:56
kazubon、だから何か?
2012/12/29(土) 午後 10:17
おひささん、松井選手はだいぶお兄さんだね。
2012/12/29(土) 午後 10:18
如月さん、朝テレビつけたらいきなり「間もなく記者会見が始まります」で、ビックリでした。ピーク時の活躍を色々としみじみ思い浮かべた一日。優等生っぷりが行きすぎじゃないかと思うこともあったけど、記者会見を読み返してみて、色々考えさせられるものがあったよ。
本当に、今はただお疲れ様でしたって言いたい。
2012/12/29(土) 午後 10:22