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文楽鑑賞の後は、反省会へ。
朝の10時半からずっと劇場だし、お昼もあんまり時間が無いからと、持ち込んだサンドイッチを休憩室で食べただけ。このストイックな一日の反動で、美味しいビールを飲んだり美味しいものを食べたりしなければならない。
このあたりの行ったことあるお店は日曜休業が多いんで、永田町駅方面森タワーにあるスパニッシュ・イタリアンのマドゥレスへ。以前俳句ナカマとこの辺に来た時に連れてきてもらったお店、日曜営業は確認済みだ。
わたしとしては何はともあれビールなんだけど、NH氏はそれほどビールに愛着は無いらしく、グラスワインの泡でスタートするとのこと。
まあ好みは人それぞれだから、それぞれのドリンクで、乾杯!
お料理は魅力的なメニューが多くて迷うところ。
炙りまぐろと生うにの白醤油ジュレ、茄子のラザニアふわふわチーズ、寒ブリとカリフラワーのカルパッチョなどつまみに、私もドリンクをワインに切り替える。
今観てきた文楽の話や、数日前に牛肉の塊を食べに行ったときの話などでもりあがり、最後はポルチーニ茸のクリームソースフェットチーネで〆る。
最近何かにつけて「平成最後の」って枕詞が付くけど、これが私にとって平成最後の文楽鑑賞かな。
<裏tomo君>
平成最後のビールは、ギリギリまでずれこみそうだね。
◆永田町・MADREZ(マドゥレス) 千代田区平河町2-16-1 平河町森タワー1F 03-3261-4484
まずは、乾杯!
炙りマグロと生うに、白醤油ジュレがけ。
このあたりのお料理の写真はなぜか無し、撮る前に食べちゃったのかもね。
ポルチーニ茸のクリームソースフェットチーネ。
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2018年12月26日
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12月16日は、東京芸術劇場小ホールにて、文楽東京公演を鑑賞してきた。
まずは文楽編の記事Upするけど、自分の備忘録でもあるんでご興味ない方はスルーしてね。
今日はすぐ続いて反省会編Upする予定♪
いつもの文楽案内人NH氏がチケットを手配してくださって、現地集合。
私は前回駅を間違えて現地到着が遅れたことを思い出して少し早めに家を出る。でも、今思えば間違えようもないルートで順調に到着して、ちょっと早すぎて開場前、寒い。
文楽は江戸時代の大阪発祥の伝統芸能で、太夫と言うセリフ担当の人が三味線の伴奏で物語を語り、舞台上では人形遣いの人が人形を操って物語を表現するって言う、一種の人形劇。
舞台中央上の字幕にも台詞が出るから、セリフ回しが聞き取れなくても安心だ。
そう言えば、前回までは舞台左右に字幕があったけど、今回は真ん中に変わってるね。
この日は、文楽鑑賞教室と本公演を観ることになっている。
まずは、鑑賞教室。 団子売
団子売りの夫婦が、踊りながら団子をつくり、やがて肌脱ぎになっておめでたい踊りを踊る。
解説 文楽の魅力
若手の太夫、三味線、人形遣(みなさん、割とイケメン)が出てきて、文楽のしくみや魅力について熱く語って説明してくれる。
太夫
マイクは使わずに一人で何役もを語り分けてストーリーや感情を表現する。
三味線
低く大きな音の出る太棹三味線を使う、単なる伴奏ではなく、三味線の音色でも場面や登場人物の感情を表現している。
人形
一体の人形を原則三人で操るのが特徴、首と右手担当(主遣い)、左手(左遣い)、足(足遣い)の3人で操作している。足遣いの人が操作しやすいように、主遣いは高さのある下駄をはいている。主遣いは色々なサインを出して左遣いや足遣いに動作の指示を送ることにより、一体感のある動きを出す。
菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)
寺入りの段
武部源蔵夫婦がやっている寺子屋には、村の子供たちと源蔵夫妻の子供(実は菅原道真の子供を我が子と偽りかくまっている)が学んでいる。今日は源蔵は留守で、村の子供たちにはさぼろうとする悪ガキもいるけれど、菅原道真の子供は幼いながら皆をたしなめて真面目に勉強している。
そこへ小太郎というお坊ちゃまっぽい子供を寺子屋に入学させたいと、母子がやってくる。
寺子屋の段
寺子屋の主源蔵が外出から戻るけれど、菅原道真の子を匿っていることがばれたので、首を差し出すよう命じられ困っている。村の子供達では身代わりにするにも見かけが違い過ぎる。でも育ちの良さそうな小太郎を見てこの子を身代わりにしようと思いつく。
追手の玄蕃と松王丸がやってきたので、源蔵は身代わりの小太郎の首を差し出し、追手は帰っていく。
実は身代わりに差し出された小太郎は松王丸の子供で、今は敵方だが菅原道真への恩義を忘れない松王丸は我が子を身代わりにさせるため寺子屋に入れたことがわかる。
歌舞伎でも時々出て来るけれど、主君への忠孝のために我が子を犠牲にするパターン。我が子といえども別人格という現代社会の常識ではちょっと理解しがたいけれど、昔のある時期ある社会ではこれが常識だったんだろうか。
ここで休憩をはさんで本公演。
鎌倉三代記
大坂夏の陣を、鎌倉三代記として京都と北条時政の戦いのストーリーに置き換えた物語。
局使者の段
北条時政の娘時姫は京方の武将三浦之介に恋して、三浦之介が戦場にいる間その母の世話をしようと押し掛けている。そんな姫を連れ戻そうと、北条の奥女中2人が訪ねてくる。
米洗いの段
家事が全然できない時姫、近所の女房おらち(酒飲み)が歌いながら炊事を指導する、お米を研いで水加減する歌とかミュージカル的にはなかなかの見せ場だと思う。
鎌倉に帰ろうとしない時姫に、三浦之介の母を殺してでも連れ帰ろうと相談する奥女中たち、そこに北条時政からの正式な使者であるという安達藤三郎が現れて、使者である証拠の刀を見せて、あとは自分に任せるように言って奥女中を帰らせる。
三浦之助母別れの段
戦場で負傷した三浦之介が一時帰宅するが、母は主人に孝を尽くせ、敵に背を向けるなと、面会を拒否する。
時姫は戦場に戻ろうとする三浦之介をひきとめ、妻として認めるようせまるが受け入れてもらえない。
高綱物語の段
藤三郎は時姫に使者の証拠の刀を見せて、迎えに来たと告げるも、時姫が刀を抜いて手打にすると身構えたので庭先の井戸に逃げ込む。
この刀は三浦之介を討てという父時政の密命と悟った時姫は自害しようとするが、それを見た三浦之介が、自分を真の夫と思うならば時政を討つよう頼み、時姫は悩んだ末に承知する。
時姫が、頑張るぞって感じで槍をつきだすと、三浦之介の母は自らその槍先に身を投げ出す。父を討とうとする時姫に、バランスととるのに自分も死ぬということらしい。こういうのもなかなか感情移入しにくいストーリーだ。
尚、このあたりの話に絡む安達藤三郎は、実は佐々木高綱=真田幸村だったことが分かる。
伊達娘恋の緋鹿子
いわゆる八百屋お七の話なんだけど、このお七は火は付けない。
八百屋内の段
火事の復興のための借金が返せず、娘お七に、家のためにお金のある武兵衛のところに嫁に行くよう説得する両親、お七の恋人で一目会おうと来ていた吉三郎は軒下に隠れていたが、話を聞いて書置きを残して立ち去る。
書置きには武兵衛に嫁に行くように、また吉三郎は主君が何者かに盗まれた天国の剣が見つからなければ、翌明け六つに主君共々切腹すると書かれていた。
それを聞いていた丁稚が、天国の剣は武兵衛が持っていると知らせる。
火の見櫓の段
お七は吉三郎を助けるため、天国の剣を奪い取って朝までに吉三郎に届けたいが、九つの鐘が鳴り、江戸中の木戸が閉じられて朝まで通行できなくなってしまう。
そこでお七は雪で滑る凍てついたはしごを赤い振袖姿で上って(立体感のある派手な場面、見どころ)、半鐘を鳴らして木戸を開けさせ、武兵衛から奪い取った刀を持って吉三郎のもとへ急ぐ。
火事でないのに半鐘を鳴らすのは当時は火あぶりの刑に相当する罪なのに、恋は盲目だね。
ってことで、ほぼ一日中劇場暮らし。
終演後ロビーに出れば、俳句ナカマのRN君が声をかけてくれる。
前日の句会で遭遇したRN君、実はある意味文楽の関係者でもあるんだな。
句会や吟行などの俳句イベント以外で彼とお会いしたのは初めてかもね。
まだこちらに残るRN君とご挨拶を交わして別れて、私達は反省会へGO!
<裏tomo君>
ストーリーとか背景とか、自分でもよく理解できてないまま適当に書いてるみたいだね。
万一良く分かってる人が読んだら、叱られちゃうんじゃない? 地下鉄の駅で、早くも観劇気分が盛り上がる。
これが国立劇場。
文楽公演は小劇場にて。
にしても、早すぎた。
はじまりはじまり〜♪ |
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