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此歌ヲ謡ヒ、庭上ニ参リ臨ミケレバ、頗ル叡慮莫レ不レ云コ卜怪ラ。即公
卿僉議有テ、歌ノ実否ヲ糺サムガ為ニ、浦々ノ海人ニ仰テ
亀ヲ召。其中ニ甲ノ上ニ勝ノ字書ケル亀アマタアリ。又近隣
ノ竹ノ林ヲ求ルニ、其中ニ銅ノ人馬多ク取出セリ。帝此事ヲ
驚思食テ、怱ギ御位ヲ避リ、王莽ニ被レ授ケニケリ。天
下ヲ持テ十八年トゾ承ハル。サレバ入道モ此事ヲ表シテ、
三百人被ル二、召仕一ニコソ。位ヲモ心ニ懸テヤオハスラン、難レ知」
トゾ申ケル。
入道我身ノ栄花ヲ極ルノミニアラズ、嫡子重盛内大臣ノ
左大将、二男宗盛中納言右大将、三男知盛三位中将、
P1040(二七ウ)

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P1038(二六ウ)

ニ放ヌ。又銅ノ馬ト人トヲ造テ、竹ノヨヲ通シテ是ヲ容ル。近

                    ナヽ

国ノ竹ノ林ニ多ク此ヲ被レ籠ケリ。然後懐妊七月ノ女ヲ三百

人召集テ、朱砂ヲ煎ジテ曼薬ト云薬ヲ合テ此ヲノマス。

     ウメ

月満ジテ、産ル子色赤シテ、偏ヘニ鬼ノ如シ。彼童ヲ人ニ不レ

知セシテ深山ニ籠テ此ヲソダツ。ヤウ/\生長スル程ニ 歌ヲ

作テ習ハシム。『亀ノ甲ノ上ニハ勝ト云文字アリ。竹ノ林ノ中ニハ

銅ノ人馬アリ。王莽天下ヲ可レ持験ナリ』ト。カクシテ十四五

    カミ

計ノ時、髪ヲ肩ノマハリニ切廻シテ都ヘ出スニ、此等拍子ヲ

打テ、三百人同音ニ此歌ヲ謡フ。此気色不普通一之間、人

怪テ帝ニ奏聞ス。即彼童ヲ南庭ニ被レ召。先ノ如ニ拍子ヲ打テ


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P1037(二六オ)
                          1
                         ケイ
テゾ通リケル。雖三ドモ出二入禁門一ヲ、不レ問姓名ヲ。京師ノ長吏為レメニ之ガ
側ムレ目ヲトゾ見タリケル。直事ニハ非トゾミエシ。其比、或
         カブロ
人ノ申ケルハ、「抑此禿童コソ心得ネ。縦ヒ京中ノ耳聞ノ
為ニ召仕ハルト云トモ、只普通ノ童ニテモアレカシ。何ゾ必
シモカブロヲソロフル。此等ガ中ニ一人モ闕ヌレバ入レ立テヽ、三
百人ヲ際トスルモ不審也。何様二モ子細有ラン」ト云ケレバ、
 ジユ
或儒者ノ云、「伝聞、異国ニカヽルタメシ有ケリ。漢帝ノ御世ニ、
 マウ
王莽大臣ト云賢才殊勝ノ臣下有ケリ。国ノ位ヲ貪ラム
ガ為ニ謀ヲ廻ラス様ハ、海辺ニ出デ、亀ヲ幾千万ト云
数ヲ不レ知ラ取集テ、其亀ノ甲ノ上ニ勝ト云字ヲ書テ、浦々
1 「京」に声点[7]
P1038(二六ウ)

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P1036(二五ウ)
白ノ成敗ヲモ、人ノキ力ヌ所ニテハ、ナニトナク代ニアマサレタル
イタヅラ者ノカタブケ申事ハ常習也。而ニ此人道ノ世ザカリ
ノ間ハ、人ノ不レ聞所ナレドモ、聊モイルカセニ申者ナシ。其故ハ
   ハカリコト
入道ノ謀ニテ、我一門ノ上ヘヲ謗リ云フ者ノヲ聞ントテ、十四
五、若ハ十七八バカリナル童部ノ、髪ヲ頸ノマハリニ切マハシ
テ、直垂、小袴キセテ、二三百人召仕ケレバ、京中ニ充満
シテ、自ラ六波羅殿ノ上ヲアシザマニモ申者アレバ、是等ガ
聞出シテ、吹毛ノ咎ヲ求テ、行向テ即時ニ滅ス。オソロシ
ナド申モ愚カ也。サレバ眼ニ見、心ニ知ルト云ヘドモ、詞ニ顕レテ
     ヲヂ
モノイフ者ノナシ。上下恐ヲノヽキテ、道ヲ過ル馬、車モヨキ
P1037(二六オ)


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P1035(二五オ)
ナク改名シテ、浄海ト云。出家ノ功徳ハ莫大ナルニ依テ、
宿病立所ロニ癒ヘテ、天命ヲ全クス。人ノ従付事、吹風ノ草
木ヲ靡スガ如シ。世ノ普ク仰ゲル事ハ、降雨ノ国土ヲ湿
                            エイ
スニ不レ異ナラ。六波羅殿ノ一家ノ君達ト云テケレバ、花族モ英
エウ
雄モ面ヲ向ヘ、肩ヲ並ル人無リケリ。サレバニヤ、平大納
言時忠卿被レ申ケルハ、「此一門ニ非ザル者ハ、男モ女モ法師
モ尼モ、人非人タルベシ」トゾ被レ申ケル。サレバイカナル人モ、相
構テ其ユカリニムスボヽレントゾシケル。衣文ノカキ様、烏帽
子ノタメ様ヨリ始テ、何事モ六波羅様トテ、一天四海ノ人
皆是ヲマナピケリ。イカナル賢王聖主ノ御政モ、摂政関
P1036(二五ウ)

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