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P2553(六四オ)
一門ナラヌ人々モ、サワギ迷ハヌハナカリケリ。
廿四〔平家都落ル事〕 日来ハ法皇ノ御幸ヲモナシ奉ラムト、支度セラレタリケレドモ、ワ
タラセ給ワネバ、タノム木ノ本ニ雨ノタマラヌ心地シテ、サリトテハ
行幸アルベシトテ、主上ヲスヽメ奉テ、鳳輦ニタテマツリテイデ
サセ給フ。未イトケナキ御ヨワヒナレバ、何心モナク奉リヌ。神璽、
宝剣取具テ、建礼門院同輿ニタテマツル。内侍所モ渡シ奉リヌ。
「印鎰、時簡、玄上、鈴鹿ニ至マデ取具スベシ」ト、平大納言時忠
卿下知セラレケレドモ、人皆周章ニケレバ、取落ス物多リケリ。
昼御座御剣モ残留テケリ。御輿出サセ給ニケレバ、前後ニ候人ハ、
平大納言時忠、内蔵頭計ゾ、衣冠タヾシクシテ供奉セラレケル。
P2554(六四ウ)

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P2552(六三ウ)
御方ヘ参テ、「カク」ト申ケレバ、大臣殿周章騒給テ、フルヒゴヘニテ、
「ヨモサル事アラジ。僻事ニテゾアルラム」ト宣ヒナガラ、怱ギ法
住寺殿ヘ馳参給テ、尋進ラセケレバ、夜昼近ク候人々ハ、大旨皆
候ワレケリ。女房達モ、丹波局ヲ始トシテ、一人モハタラキ給ワズ。
大臣殿、「君ハイヅクニワタラセ給ゾ」ト被申ケレドモ、「ワレコソ知
マヒラセタリ」ト云人モナシ。只各泣アヘリ。アサマシナムドモオロ
カナリ。サルホドニ夜モアケヌ。「法皇渡ラセ給ハヌ」ト云披露有
ケレバ、上下ノ諸人ハセ参テ、御所中迷サワグ事ナノメナラズ。
マシテ平家ノ人々ハ、「家ニ敵ノ打入タラムモ事限有バ、是ニハスギジ」
トゾサワギアヒ給ケル。軍兵洛中ニ充満シテ有ケレバ、平家ノ
P2553(六四オ)

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P2551(六三オ)
征矢ヲイナガラワキゴシニマヒルヲ、「憑モシキ武者カナ」ト仰有テ、
ワラワセ給ケリ。カクテヨノホノ<”トシケルホドニ、鞍馬寺ヘゾ
入ラセ給ニケル。廿五日、橘内左衛門秀康ト申ケル平家ノ侍ハ、
院ニモ近ク被召仕一ケレバ、ヲリフシ上臥シタリケルガ、忍テ人々ニ
合ベキ事有テ、白地ニ宿所ニ出タリ。ナニトナク目ノアワザリケル
マヽニ、暁方ニ又返参リタリケレバ、常ノ御所ノ方ニ騒サヽヤイテ、
女房ノ声ニテ忍テウチナキナムドシケレバ、アヤシト思テ聞居
タリケレバ、「御所ノワタラセ給ハヌハ。イヅチヘヤラム」トテ、サワギ
アヘリ。秀康アサマシト思テ、イソギ六波羅ヘ馳行タリケルニ、
大臣殿、イマダ女院ノ御方ヨリ出給ワヌ程也。ヤガテ女院ノ
P2552(六三ウ)

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P2550(六二ウ)
シタ簾カケラレタリ。「西ノ小門ヘ」ト仰ノ有テ、出サセオワシマス。浄衣
着タル男一人参リアフ。「是ハタソ」ト問ケレバ、「為末」ト名乗ル。法皇聞召
知セ給テ、「ヤガテ御共仕レ」ト仰有ケレバ、参ニケリ。年来伊勢氏
人為末トテ、北面ニ候ケルナリ。「七条京極ヲ北ヘ。イソゲヤ<」ト仰アリ
ケレバ、各ノアセヲカヒテ仕ル。為未ハ、「近御幸ト思タレバ、遠所ニテ有ケル
ヨ」トテ、知タル人ヲタヅヌルニ、二所マデ空シ。二条京極ニテ、白羽ナル
征矢ニ黒塗ノ弓借得テ、浄衣ヲバ高クハサミテ走ル。是ヲマタムトヤ
オボシメサレケン、「イソガズトモ。クルシキ事モコソアレ」ト仰有。一条
京極ニテ弓ノツルウチス。其音イカメシク聞ユ。
     一
忠須ノ明神ノフシヲガミテ、東白ムホドニ成ニケリ。法皇御後ヲ御覧ズレバ、為末ガ
一「ノ」は「ヲ」の連声か。
P2551(六三オ)

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P2549(六二オ)
トモ、世中ハセバカルマジ。源氏ノ奴原イカニ狂候トモ、誰ノ方人ニテ
カ世ヲ執候ベキ」ナムド、コシカタ行末ノ事共細ニ申給ケルホドニ、
夜モアケガタニ成ニケリ。
廿三〔法皇忍テ鞍馬ヘ御幸事〕 同夜半ノスギサマニ、法皇ヒソカニ殿上ニ出サセオワシマシテ、「今夜ノ
番ハタソ」ト御タヅネ有。「左馬頭資時」ト被申タリケレバ、「北面ニ祗候
シタラム者、皆召テマヒラセヨ」ト御定有。藤判官信盛、源内左衛門
定康等ガ候ケルヲ、資時召テマヒラセタリケレバ、「ヤ、ヲノレラ。只今
キト忍テアルカバヤト思ゾ。カヤウノ事ノ下臈ニ聞セツレバ、披露
スル事モ有。各心ヲ一ニシテ、此女房輿仕レ」ト法皇仰ノ有ケレバ、「御前ヲ
立サ(ッ)テハ、アシキ事モコソ有レ」ト思ヒテ、各畏テ、ヤガテ御輿ヲ仕ル。
P2550(六二ウ)

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