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昨日の記事の続きです〜(^^) BBQを終え〜 一台の車に、2家族詰め込み『温泉』へ〜GO〜 BBQをしていた場所から更に奥(南)へ〜 トンネルを抜け〜杉の湯温泉〜 『本日の日帰り入浴は終了いたしました』と入口に看板が立っていた〜(>。<) 後、30分車を走らせ五色の湯へ向かうか相談〜 先ず、最終目的の蛍を見るスポットを何処にするか 友達の嫁が持ってきた、蛍情報の新聞から 宇陀市の菟田野区『蛍公園』と候補がでた〜 僕は、折角、川上村まで来ているので川上村で見たいのですが・・・・・・。 3対1で却下(>。<) 仕方なしに、宇陀市方面に車を走らせました〜(僕が運転手) 川上村から東吉野を通り、宇陀市大宇陀区へ〜〜〜〜〜〜 付いた先は、大宇陀区にある『あきののゆ』 ここは、まだ新しく〜 タオルは持参のスーパー銭湯システム〜 でも、男湯・女湯を通りすぎると温水ポールがあり、 川から来た僕たちは、もちろん海水パンツを持っていて プールで2時間〜遊んだ〜 まっ!遊んだのは子ども達で大人は横に付き添っていただけですけど〜 日曜日なのに、そんなに混んでいなくて結構穴場かも〜 僕の家からだと、車で20分くらいの所にあるので、いつでも来れるかな〜(^^) あら? 流石、桜井(自宅)から近いこともあって、知り合いが沢山いるじゃん(^^;)こにゃにゃちは〜 充分というくらいプールで遊び、 温泉へ〜(さぁ〜ゆっくりと浸かるか〜)(^^) 僕は、下のチビ(2歳)を連れて男湯へ〜
(うん!極楽!極楽!) チラっ(^^#) ・・・・・・・・・。 チビ 「アツイ〜」 僕 「アツないよ〜」 チビ 「ア〜ツ〜イ〜」 僕 「大丈夫!・大丈夫!」(^^*)・・・・・・。 チビ 「ドバァ〜〜〜〜ヅィ〜〜〜〜〜イ〜〜〜〜〜〜〜」 僕 「あ〜〜〜〜〜〜分かりました〜」 っという事で、体だけ洗って出ました〜(>。<)入浴(浸かった)時間、1分ほど・・・。 風呂を出て、畳のひいてある休憩所(72畳)へ 当然、誰も出てきていない・・・・・・。 僕 「アイス食べる〜?」 チビ 「たぶぇ〜る〜」 皆が出てくる間、チビと二人でアイスを・・・・・。 30分後 ようやく、皆、出てきて〜 ツレ 「アイス食べよか〜」 子ども全員 「食べる〜、食べる〜」 はぁ〜(>。<) 僕 「お前さっき、食べたやん〜」 チビ 「たぶぇ〜〜〜〜〜〜〜る〜〜〜〜〜〜」 僕 「・・・・・・・。」 2つ目を食べていた、チビが一口食べて、 チビ 「お父さんあげる〜」 僕 「・・・・・。」 短時間に二つもアイスを食べる破目に・・・・・。 食べ終わった頃に、従業員が着て〜 僕の友達に話かけている。 どうやら知り合いみたいですね〜(^^) 数分後、 「これ、皆さんでど〜ぞ〜、ここの名物なんです〜」っと白いビニール袋を差し出す。 そう、皆さんもうお気づきでしょ〜 中身は、『アイス』です。
折角の気持ちだし〜 くれた方が、「おいしいですよ〜」ってまだ居てる〜 3つ目、頂きました〜( ̄¬ ̄*) 舌と喉とお腹が冷たい〜 それでもって、風呂上りなのに〜寒い〜 でも、アイスは美味しかったですよ〜【流石名物】 『たんぽぽコーヒーアイス』¥250− 味はコーヒーなのですが、 原材料にコーヒー類が入っておらず タンポポの根っこが100% タンポポの根っこって、コーヒーの味が出るんだ〜〜〜〜〜(^^) さぁ〜、体も冷えた事だし・・・・・。 クリイマックススケジュール〜 『蛍』を見に行こう〜〜〜(^^)
窓のエントランス(外)をみると、豪雨・・・・。 さっきまで、降っていなかったのに アイスで寒いし、雨で寒い ほいでもって、気分も寒い〜 蛍は延期〜っという事で、アイスでお腹の膨れた僕は、夕食を食べれませんでした〜 めでたし、めでたし! (>。<)うぇ〜ん
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地域の名所
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本日も、お昼から仕事〜(>。<) なので、早朝より子ども達を連れて 宇陀市室生区大野にある 『不思木の森公園』に、行ってきました〜(^^) ここは、地図、ネットで調べてものっておらず、 口コミで拡がってきた公園で〜す(#^^#) GWなのに、人もそんなに多くなくて、 遊具、滑り台も並ばずに遊べますよ〜 室生の自然の中にあり、静かでゆっくりと過ごせる場所ですね〜 又、1日休みがある時に、来て遊びたいナ〜(^^#)
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海石榴市(つばいち)は、前記事でも紹介したように 最古の市場である事、そして、国際交流の場であった事でした。 そして、活気のあった場所だけに当時の若者の集いの場でありました。(^^) 歌垣に 若い男女の歌の交歓会(コンパ?)のようなものが設けられています。 若い男女が歌(詩)を交換するのが、流行の遊びだったそうです。 代表的な歌「そこを行く彼女、あなたは誰?」と声をかけ 名前を教えてもらえれば、それは気があるということ。 それに対して、 女が返事を返す。 「母の呼ぶ本名を教えてもいいけど、たまたま行きずりに出会ったあなた、 私はどなたか存じませんのよ。」と、断りも受け入れもしない。(#^^#)はははっフラれたネ! 聞いた話では、歌(詩)の上手な青年が、モテたらいいですよ〜♪ (♡ (♦▽♦)キラーン! 1400年前も、今の若者とかわりはないね〜(^^#) この万葉歌碑のよこにも、先輩達が贈呈した写し歌碑がありました。(全部にあるらいいです。) 宮があったとされる証拠は、雄略さんちの宮ぐらいで、 あと発掘されていはいないので確証はないのですが、 ここが、天皇家の発祥の地といわれています。 三輪方面のこの辺りは当時、宿が町として栄えていたそうです。 長谷参り(長谷寺お参り)は、長谷寺に3日間寝泊りし『おこもり』といわれ 3日間の内に、良い夢を見て、帰るというものだったらしいですよ! その『おこもり』に入る前に、買い物や宿泊をして準備した町だそうですが、 今は、全く、面影がないですけどね〜。(〜。〜) 金屋の石仏 この拝殿の中に、2体の石仏がありました。 右が説法印を結ぶ釈迦如来像 左が施無畏・与願印を結ぶ弥勤如来像 共に、二重円光を背に平安時代の仏らしい重厚な表情をしています。 堂々たる体躯、衣文の線も量感豊かで、一分の弛媛もなく見事です。 この石仏は、かつては『みろく谷』と呼ばれる谷の奥の石龕仏であったが、 廃仏棄釈の際、石龕が破却され放置されていたのを、地元の篤信者が保存管理して 破壊を免れたものだそうです。 (耳の病に霊顕があるとの俗信があります。)
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前記事に引き続き、今回は、桜井市金屋地区(山ノ辺の道のスタート)をご紹介(^^) 仏教伝来の地と書かれている石碑が建っています。 この場所は、仏教が初めて日本に送られてきた記念すべき地だそうです。 この石碑や案内板他は、行政ではなく 平成9年に、「源流桜井を展く会」と地域の方からの寄付金で、 1,200万円をかけ建立したものだそうです。 この石碑の横に、歌の書かれた石版があり 貴重なものでありますが、古く読みにくい為、 私たち(桜井JC)の先輩達が、1992年に (社)桜井青年会議所 創立20周年の記念事業で、訪れて頂いた方に見やすいように、 読みすく文字を移した御影石を寄付されております。 同じく、石碑の横に「金屋」の説明文の書いた文版がたっており その中の言葉で、 推古天皇十六年、遣隋使『小野妹子』が帰国し 飛鳥の京に入るとき、飾り馬75頭を遣して海拓榴市の路上で額田部比羅夫に 迎えさせえたと記さている地である。 と書かれています。 そして、行政が・・・・・。 僕は前からこの馬は、河川敷公園で遊ぶ子ども達の為の遊具(オブジェ)だと思っていました。
この小さい馬が9頭、河川敷に並んでいます。 これを見た、先生(今回、ガイドを頼んでいる室原氏)や歴史学者たちが行政に抗議し出来たのが、 立派な石の『飾り馬』! ですが、一番奥に1体建のみてられた事と、背景に民家と材木屋さんの錆びたトタン屋根が 写真を撮る時、どのアングルでも邪魔をする事を今もブツブツ文句を言っておられました。
見比べてみても、ひどいのが解かるでしょ〜 この場所は、『仏教伝来の地』であるのは、 僕の過去記事(大和さくらい万葉まつり)にも書いていますように、 最古の市場、海石榴市(つばいち)があり、 奈良への『山ノ辺の道』 初瀬への『初瀬街道』 飛鳥への『磐余の道』 大阪河内和泉からの『竹ノ内街道』 が交差する場所であるとともに、 大阪湾から舟の便で、物が運ばれている事から 今の中国から、この地に仏教を持ち込まれました。 |
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昨日、明日香の石舞台に行った帰りに安倍文殊院に行ってきました。 PM3:00 桜は満開、少し散りはじめていますね〜 今年の干支をパンジーで! PM5:00の夕日に灯ろうと桜が寂しそう 昨日にうってかわって、今日は雨 桜も散ってしまいますね〜(>。<)
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