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●最初の韓国映画:
1919年10月27日、金陶山(きむとさん)監督の『義理的仇討』を団成社で初演。しかし日本の連鎖劇 の影響を受けたものでまだ演劇の付属物のようなものだった。1923年、ゆん尹べくなむ白南の貯蓄を奨励する啓蒙的な内容の『月下の誓い』が本格的な韓国映画の一号といわれている。
●無声映画全盛期の羅雲奎(なうんきゅ)監督:
『アリラン』(1926)『愛を求めて』(1928)『唖のさむりょん三龍』(1929)など多くの名作を残す。『アリラン』はそれまでの映画が新派だったのと違って民族的リアルリズム的な傾向の映画であった点でも大きな意義をもつ。また、テーマ曲として用いられた「アリラン」が全国に広まる契機にもなった。無声映画時代には弁士が内容を理解するのに絶対的な役割を果たした。
●発声映画の登場:
1935年のイピルの『春香伝』を始めとして発声映画が登場し、内容的には啓蒙的な性格を帯びていた。1940年「朝鮮映画令」により映画の制作、配給は勿論映画関連業界に就職することまで許可をもらうようになってから全昌根(じょんちゃんぐん)の『福地万里』(1941)を最後に植民地民族のための映画は影をひそめた。
●朝鮮独立後:
1945年の日本からの解放とともに映画の全盛期を迎えることになる。『自由万歳』など抗日闘争史を素材とする映画が多く作られた。政府樹立後は『心の故郷』などのメロドラマやアクション、娯楽映画が多く作られたが1950年の朝鮮戦争で再び暗黒期に入る。
●50年代:
休戦(1953年〕後映画制作のブームが渡来。「国産映画に対する免税措置」が行われる。李圭煥(いきゅふぁん)の『春香伝』(1955)が10万の観客を動員。時代劇やメロドラマが人気を集めた。また、朝鮮戦争を題材とした戦争映画、反共映画が多く作られた。
●60年代:
1962年1月、法律第995号で韓国最初の「映画法」が作られた。その内容の核心は「韓国映画の保護と育成」だが、映画検閲の強化し、映画の内容を規制する装置としても働いた。1965年制作された『7人の女捕虜』は反共方違反で監督が拘束されることになった。映画の内容は朝鮮戦争中北朝鮮軍の捕虜になった看護将校7人と彼女たちを護送する北朝鮮軍将校の人間的な信頼関係を通じて北朝鮮の将校が国軍に投降する過程を描いたものだが、脱出する国軍の捕虜たちが北朝鮮軍に向かって敬礼をする場面が特に問題となった。このような状況でメロドラマが人気を集め、『憎くてももう一度』は代表的な作品で続編の制作や似たような内容の映画が多く作られた。
●70年代:
1973年の第4次映画法改正により映画が量的質的に低下。台本および実写検閲により社会的リアリティーを実現させる作品はほとんど制作できなくなる。その結果、ホステス物、国難を克服した独立闘士や反共映画、啓蒙映画が多く制作されるようになった。
ホステスを主人公としている『星たちの故郷』は多くの観客を動員したが、産業社会の影にいる多くの風俗嬢の共感を得たと言われている。
●80年代:
70年代の統制政策から解放され、映画の題材や表現の領域が広くなった。リアルリズムの回復と真剣な作品の制作をベースにしながら、映画の検閲が緩和されることによってエロティシズム的なメロドラマが現れるようになった。そのほか時代劇と宗教映画の制作も新しい傾向の一つである。
林権澤(イムクォンテク)の『曼荼羅』は河明中(みょんじゅん)の『てんびょっ』ベチャンホの『深く蒼い夜』など芸術性と娯楽性が共存する映画が多く制作された。
90年代以降の韓国のヒット映画
●1993年 林権澤(イムクォンテク)監督の『西便制−日本公開タイトルは「風の丘を越えて」』
230万人の観客が入り、初めて観客100万人以上を記録した韓国映画。全羅道を背景にパンソリの歌い手一家の2代に渡った哀歓を描いている。
●1997年 『接続』 (観客数67万5000名)
過去に執着して現在とは距離をおいて生きていく男と片思いで自分だけの感情の中に隠れていた女がコンピューター通信という閉鎖的な媒体によってむしろ真の会話を交わし、愛し合っていく過程を描く。
●1998年 『シュリ』(ソウル243万、全国580万)
秘密情報機関の特殊要員が北朝鮮の特殊8軍団のテロ陰謀に立ち向かって戦うというストーリ。ハリウッドのアクション映画に負けない迫力に愛と裏切り、ミステリー記法を盛り込んで日本でもヒットした映画。
●2001年『チング:日本公開タイトル「友へ」』:(観客数:ソウル261万、全国818万)
『JSA』が持っていた最多観客動員(ソウル251万2525名)の記録を破る。成人になってそれぞれ違う道を歩む友たち4人の友情を描いた成長映画。
2001年の韓国映画占有率42%
『チング(友へ)』『猟奇的な彼女』『新羅の月夜』『組暴(ヤクザ)妻』『だるま遊ぼう』など5作が350万人以上の観客を動員、歴代興行順の10作の内7作が韓国映画が占めています。2002年1月〜3月までの占有率37.2%。
90年代以降の韓国映画躍進の原因
才能ある監督たちの登場があげられます。例えば、1998年に公開され、批評家からも観客からもいい評価をもらった『8月のクリスマス』『静かな家族』『女子高怪談』『美術館の隣の動物園』『あきれた男たち』はすべて新人のデビュー作でした。また、韓国映画専門配給社の出現、スクリーンクォタ 制の効果、若いプロデューサたちの企画力、制作費の規模の増加などの要因があいまって『シュリ』『JSA』は韓国映画に自信を与えた決定的な切っ掛けになりました。
現在の韓国映画の課題 ⇒ 映画の質と多様性
組織暴力団を素材としている映画『チング〔日本公開名:友へ〕』、『組暴妻』『新羅のダルバム』『だるま,遊ぼう』『頭師父一体』の2001年度観客動員数は2,200万名で2001年度韓国映画観客全体の55%を占めています。この5本の映画を除いて考えると韓国映画の市場占有率は30%未満に下がります。類似した素材の繰り返しに頼る傾向があります。そういった意味で、最近多くの観客に共感を呼んでいる「チブロー家へ」は低予算、スターシステムの排除、脱組暴といった面で新しいくて多様な映画製作の引き金になり得るかもしれません。
韓国で開かれる映画祭
・釜山国際映画祭:
1996年から始まりました。毎年9月に開かれます。イベントプログラムは「アジア映画の窓」「新しい波」「韓国映画パノラマ」「ワールドシネマ」「ワイドアングル」「オープンシネマ」「特別企画プログラム」の7つの部分からなっています。基本的には非競争映画祭であるが、「新しい波」だけは競争プログラムです。
・富川国際ファンタスティック映画祭
1997年から始まりました。毎年7月〜8月に開催されます。韓国の映画を世界に知らせることと低予算及び独立映画の国際的なメッカを目指して市民が中心になる祭りとして企画されました。テーマは愛と冒険とファンたジーです。映画が好きな人なら誰でも参加可能です。
2004年から。。ヨン様ブームのきっかけで。。ブラザーフットやボクの彼女をしょうかいしますなど
大ヒット
資料引用;韓国ドットコムから
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