夢の途中

長谷川裕彦の人生やりたい放題、書きっぱなしブログ

『高野岩三郎伝』(その3)

 フィロソファー・恋知者の武田康弘さんが,私のFaceBookでのアップに付けてくれたコメントが素晴らしく,高野岩三郎さんを知ってもらうためにもっと多くの方たちに読んでほしい! と思ったので,ここに引用させていただきます。
 
_____以下,引用_____
 
国際都市長崎に生まれ、家父長制とは無縁の服職人の子、東京神田に移住しての小学校生活ーよそ者への差別がまったくない街の空気を吸い、庶民としての人生を一生涯貫いた人。
 
東京大学の改革=国家学としての法科から経済学部の独立を苦難の末に果たし、よき人間の生をつくるための「経済統計学」の創始者となり、働く者が人間として自立して優れた人生を送るための「労働運動」の理論と実践に生涯をかけた人(大原社会問題研究所は現在も法政大学内で活動を続けていますが、これはギネスブックに記載されるべきこと)。
 
官僚政府による弾圧から学者たち(主に教え子)を救うために燃えるような闘志を内に秘め、自身に可能なあらゆる努力を冷静・緻密に考え・行動した人。
 
結果的に現日本国憲法の骨子となった(天皇主権の否定=国民主権と人権思想)国民を救う「七人の民間人」を集め、新憲法案を作成した人。なお、9条は高野の長年の友人で当時首相を務めていた幣原喜重郎によります。
 
戦後に改組されたNHKの初代会長を務め、民主主義による放送局をつくるために奮闘したのが最期の仕事ー心身のすべてを使い切って79歳で死去。
 
宗教にも主義にも政治にも履歴にも、外なる権威に全く頼ることなく、自身として、一人の人間の良心に基づき、全仕事をなし、全人生を生きた人。ファシズムが吹き荒れる戦前日本で、一度としてブレることなく、見事な【理性+愛情】を貫いた人。彼を知ると、心も頭もよろこびに満たされ、勇気をもらえますね。凄い人です。
   (その1へのコメント)
 
知識人の多数派が染まった「明治の天皇主義(国体=靖国思想)」の時代から、大正デモクラシーの後にくる凶暴なファシズムの時代、戦中、そして戦後、一貫として「一人の自立する個人」として人間愛に満ち、一度としてブレることなく、【共和主義者】(ほんとうの自治政治としての民主主義)として生き抜いた人。
過激性はどこにもなく、根源的という意味でラディカルそのものであった人。
全身ボロボロなのに、NHKの民主化の大改革に取り組み死の瞬間まで、「これから、これから」と言い続け、仕事に全力をかけた強靭な精神の人。
自分の内なる良心にのみに従い、「師匠」にも「宗教」にも「主義」にも頼らなかった見事な一生。
愛と理に溢れた人。「他者攻撃」をすることで自分のアイデンティティをつくろう=守ろうとする今の人たちとは対極の人。
深く大きな共感と感動で心が満たされ潤います。
   (その2へのコメント)
 

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