寺社巡りと 映画と 酒と、 ときどき 旅

人生の意義、探してふたたび歩いています

都下篇

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この日の寺社廻りも田守神社をスタートして、早くも3時間近く経ってきた。
法蓮寺を出て、次の八幡神社がなかなか見つからずウロウロする。
続いての不動堂を探し当てるも、赤い屋根のお堂と稲荷社があるのみ。
そろそろタイムアップの時間、最後に訪ねたかった安養寺にどうにかたどり着いた。
この日、訪ねた寺社はほとんど期待を下回るものであったが、最後に訪ねた安養寺でどうにか救われた感じである。
桜株バス停までとぼとぼ歩き、そこからバスで八王子駅に出る。
歩いた時間は3時間15分、約20000歩、山道をジグザグに訪ね歩いたため、さすがに草臥れはてた。

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長福寺の駐車場脇の小道を東に歩いてゆくと、立派な塀に囲まれた法蓮寺に至る。
法蓮寺は山号を河口山、時宗の寺院。
1304年の開山。
写真は新しい木造山門。

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広めの境内の中央に木造本堂(写真)が建ち、近代的な変わったデザインの鐘楼もある。



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さらに山裾の裏道を東に東にと辿ると、ようやく八幡神社の鳥居が見えてきた。
鳥居をくぐった石段の先に、樹木に囲まれて小さな社のみ建っていた(写真)。


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時間も迫り、そろそろ体力の限界でもあるが、安養寺だけは訪ねておきたいと最後のひと踏ん張り。
かなりの大寺とみえて、白塀が続き、馬鹿でかい駐車場があるが、車は一台も止まっていない。
安養寺は山号を犬目山、真言宗智山派の寺院。
写真は長い植栽の参道の先、質素な山門が見える。

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境内の広さに比較して、やはり質素な木造本堂と客殿が並び、本堂前には由緒ありげな宝筐印塔が立っている(写真)。


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また鐘楼のほか、植栽の間に観音堂、天神社などがある。
写真は本堂前の梅の花。
この辺りの梅花も早、ほぼ満開であった。
何枚か写真に入れたが、なにしろ寺社を主体にして写したので、気が付かれたかどうか。(完)
この日は天気も素晴らしく、また歩いていて山道、坂道が多いが、鄙びた山里の風景が爽快な気分にさせてくれる。
また途中、春日神社への道すがら林と畑のみの場所で、小学校6年位の女の子一人とすれ違った。道端の立て看板には、「痴漢注意」と書いてあるので、そのまま通り過ぎようとしたら、「こんにちは」と明るい元気に挨拶された。思わず「こんにちは、気をつけて帰るのよ」と答えた。
また別の場所でやはり下校途中の女の子に道を尋ねたところ、近づいてきて一生懸命に教えてくれた。
このことを以ってしても、ここら辺りがいかに素朴な土地柄であるかお判り頂けると思う。

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長楽寺を下がったところにある梅園、といってもまだまだ二分咲きであるが、そこから右折し、さらに右折して山間の道を入ってゆくと、ひっそりと龍正寺が建つ。
曹洞宗の寺院で1577年の開山。
寺標と石段の先に質素だが、趣のある木造本堂がある(写真)。
江戸期の築であり、本尊は釈迦牟尼仏。

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すぐ隣りに、雑木林を切り開き境内とした熊野神社がある(写真)。
赤鳥居と質素な社、稲荷社と、少し離れて神楽殿がある。


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熊野神社の真ん前には池が広がり、その中ノ島に弁財天の祠があった(写真)。
十二社弁財天であり、また勝軍地蔵尊の祠とともに、忘れられたようにポツンと建っていた。


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またまた秋川街道に戻り、さらにガソリンスタンド横の道を北に入る。
畑と雑木林の間の坂道を登ると、ここにもひっそり春日神社が祀られている。
石鳥居は四脚の控柱を持つ変わった鳥居である(写真)。
質素な木造社殿とその右に木造社が二つ建っている。

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また秋川街道に戻り、次の信号を北に登ってゆくと、溶岩の上に仁王様が乗った入口があり、また広い駐車場がある。
長福寺であり、山号を鴻之巣山、真言宗智山派の寺院。
開創は1625年。
派手な出し物に比して、質素な木造本堂であり、屋根は青い(写真)。
また本堂前には大きな布袋尊の石像。

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本堂の左には白萩堂がある。
本尊は子育観音と呼ばれる聖観音が納められている。
また裏は広い霊園になっており、その間を登ってゆくと木造観音堂が建っている(写真)。
納められている千手観音は行基作との伝。
三光院からまた秋川街道に出て、次の釜の沢橋を渡り、地図を片手に稲荷神社を捜す。
しばらく道なりに歩くと雑木林の中に小さな鳥居と祠があった。
この地区にはこういう神社が多く、探すのに苦労をするし、また探し甲斐のない小さな神社が多い。
また秋川街道に戻り、GMGゴルフ場入口より左折して坂道を登ってゆく。

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まもなく鳥居が見え、その左手に熊野神社の参道がある。
細くて急な階段が雑木林の中、上に上にへと続いている(写真)。
登りきると広場に小さな石祠がポツンとあり、休憩所が設置されているのみで拍子抜けする。

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熊野神社の参道を降り、さきほどの道を横切ってから、次の円福寺を訪ねた。
山号は熊野山、真言宗豊山派の寺院。
開基は1221年に智賢法印。
写真は鉄筋山門からの眺め。

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境内には木造本堂(写真)、庫裏があるのみ。
本尊は大日如来。


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また秋川街道に戻り、次の橋のところで右折し、しばらく歩きながら稲荷神社を捜す。
ここも雑木林の中に小さな石段があり、赤鳥居と小さな祠があるのみ(写真)。


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稲荷神社近くの小道を右折し、圏央道をくぐり、山裾の道を回りこむようにして長楽寺を訪ねた。
山号は医王山、真言宗智山派の寺院。
1187年、明玄が開山し、本尊は薬師如来。
写真は木造本堂と階段状の霊園。

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写真は木造薬師堂。
薬師如来は寄木造で応永年間(1394〜1420年)作。
立派なトイレがあるが、シヤッターを自分で上げ下げしなければならない。、しかし実に手入れされていて清潔そのもの。
昨日は天気も良く、久しぶりに田舎道を歩きたくなり八王子の寺社廻りに出かけた。
JR八王子駅に下車し、上川霊園行きのバスに約30分乗り、上川霊園入口で下車。
さすがにここまで来ると、見渡す限り昔懐かしい田舎の風景が広がっていた。
その中を秋川街道沿いの寺社を訪ねながら、のんびりと歩き出すことに。

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まずはバス停そばにある田守神社を訪ねる。
清流が流れる川に赤い神明橋が架かり、樹木に囲まれて社殿が建つ(写真)。
だが残念なことに鉄筋であった。傍に祠が一つあり、公園になっている。

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秋川街道を少し西に歩き左折すると山裾に囲まれて、大仙寺の白塀が続く。
山号は田守山、真言宗豊山派の寺院。
開基は源実朝で、開山は1212年、頼空上人。
山をバックに木造本堂(写真)。

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境内には開かずの山門、観音堂、鐘楼が建っている(写真)。
実にのんびりした雰囲気が漂う。


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大仙寺横の道を東に辿り、次で紹介する三光院のお堂の近くにある、西八幡大神を探す。
雑木林の山に道が登っていたので、迷いながらもしばらく歩くとポツンと社が見えてきた。
冬枯れだから見つけられたが、夏であればとても探しきれまい。まさに小さな社が隠れるように立っている(写真)。

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一度、秋川街道に出て、少し下ると川口川の向かいに境内が見えてくる。
熊野神社と八雲神社が合祀されている。
石鳥居の先に鉄筋社殿が建つ(写真)。
近くの梅花が満開であった。
この地区には何故か熊野神社が多く、今日一日で四つも訪ねたことになる。
上川橋から北に入ったところにも、民家の蔭に隠れるように小さな祠もあったが、すぐ近くで畑仕事をしている人に聞いても知らないと言われた。

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熊野神社の道をさらに先に歩くと、高台に建つ三光院が見えてくる。
山号は聖学山、天台宗の寺院。
1212年、良弁(同姓異人)の開山。
木造山門は立派でびっくりするが新しい(写真)。

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本堂も立派だが鉄筋(写真)。
境内は植栽の手入れも良く、樹木には雪囲いもしてあったが、何故かイマイチ。
16石の朱印寺だった。

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境外地として、先ほど訪ねた馬頭観音堂がある(写真)。
かなり離れた場所にあるが、宝形造で趣きがある。
25日、八王子市の寺社めぐりに出かけた。
JR中央線高尾駅に下車。
南の方向に歩き、まず狭間町の高楽寺を目指した。

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高楽寺は山号を独峰山、真言宗智山派の寺院で、高尾薬王院の末寺。
1533年に観応上人が開山、本尊は不動明王。
木造本堂、子育て地蔵堂などのほか、横穴石仏群などがある。
しかしこの寺で有名なのは、何といっても紅枝垂桜の大木である。
樹齢200年、高さ15mあり、桜姫とも呼ばれている。
写真で見る桜の木はまだ枯れたままだが、満開になったらさぞ見事であろうと想像できる。

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さらに住宅地の間の小路を南に歩くと、右手に真福寺の段々墓地が見えてきた。
真福寺は山号を水沢山、真言宗智山派の寺院。
鉄筋本堂(写真)の裏手の斜面にある見事な段々畑ならぬ、段々墓地が壮観。


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「ころころ坂」を上って東に向かい、町田街道に出る。
地図に出ている天満宮を捜すも、山の斜面を造成中で、今は無いとのこと。
町田街道を横切り、思ったよりも小さい湯殿川沿いにある梅元庵神社を訪ねた。
質素な社と、地蔵二体、石祠が三つあるのみだが、なにやら悲しい風情あり(写真)。

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さらに東に歩くと、やはり湯殿川沿いに御霊神社の境内が見えてくる。
立派な木造社殿、神楽殿、社務所、神輿庫などが建つが、すべて新しい。
鎌倉権五郎景政を祀り、1573年建立との言い伝え。
写真は樹木が並ぶ長い参道の先に社殿が見える。

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御霊神社の鳥居から南に歩くと、浄泉寺の寺標がある。
ここから参道だが、民家が並んでおり、その先に木造本堂(写真)、鉄筋観音堂が建つ。
泉の郷と名付けた広い霊園の墓地を分譲中で、結構な人出であった。
山号は釈尊山、曹洞宗の寺院。

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北野街道に出て、さらに東に向かって歩いて行くと宝泉寺の境内。
山号は薬王山、臨済宗南禅寺派の寺院で、1503年の建立。
木の冠木門風の先には、鉄筋本堂(写真)のほか、鉄筋釈迦堂、客殿、会館などがある。
客殿の庭園は枯山水風。

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次の信号を右折し南下、龍見寺を訪ねる。
山号は光輝山、曹洞宗の寺院で、1598年の開山。
サッシ戸の木造本堂(写真)、客殿のほかは保育園を併設。

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しかし龍見寺本堂の右手に、樹木に囲まれた大日堂が建っており、これが素晴らしい。
大日堂は三間四方でかなり古いが、彫刻も施されていた。
内には藤原時代末期作の大日如来坐像が安置されているとのこと。
横には不動尊堂のほか、天満宮と祠などがあった。
写真は崩れかけた石段の上に大日堂。

このあと京王高尾線のめじろ台駅を目指して歩く。
途中、御嶽神社に立ち寄り、また椚田遺跡公園を抜けてひたすら歩く。
この日も2時間強、14000歩の道程であった。

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