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映画雑記

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続いて1998年の社内報に寄稿した一文で、「私の映画近況」を再録する。
この文はかなり肩に力が入りすぎており、まさに悪文である。
また最後に挙げている作品名も、「どうだ、知らないだろう」という思い上がりが見える。今、選ぶとなるとこの作品中、少なくとも半分は省くであろう
しかし当時の私の思い込み、思い上がりがよく出ており、恥ずかしながらこれもそれなりの思い出だと思い敢えて再録した。
ここのところ映画について、過去に書いたものを連続して再録してきたが、とりあえずこれを最後にしたい。


私の映画近況
「最近、どんな映画を観ていますか」「良い映画があったら教えて下さい」とよく聞かれる。
映画は映画館で観るのが一番だが、今は残念ながら時間も心も余裕を失ってきており、現実として映画館で観る回数は減少してきている。
しかし近年、幸いにもかっての名画名作と呼ばれる作品が、次々とビデオ化されてきた。アクション大作やSF物は、映画館のど迫力には及ぶべくもないが、戦前戦後間もない頃の名作を中心としたモノクロ作品等はビデオでもその良さを充分堪能できる。また現実にビデオでしか観ることができない作品も発売されている。
こうした名作を観てゆくと技術的にはともかく、作品の完成度において、はたして映画は発達してきたのかと些か疑問を感じざるを得ない。
旧作の主人公は概して素朴であり、その率直さがいかに観る人に感動を与えて与えてくれるか教えてくれる。
自然の懐深い美しさは、むしろモノクロの方が表現力が優れていることが多い。
他人を思いやる暖かい心、隣人との助け合いの気持ちを、我々は一体どこに置き忘れてきたのであろう。
昨今の作品にみられる自分勝手な小手先の技巧、金をあかした眼くらましな大作に比較して、本当に映画(キネマ)が好きな仲間が、全精力を傾けた意気・主張が観る人を引きずりこみまた圧倒する。

以前から観たくても観れなかった名画に会えた時の感激も大きいが、憧れていた作品が一本、また一本と減ってゆく寂しさも同時に感じる。
こんな気持ちで旧作を楽しんでいる私の心も知らず「古い映画ばかり観ているので、頭まで古くなったんじゃないの」との女房の小言も意に介さず、休日はもっぱら旧作ビデオをあさり、終日浸りきっている。
最後に冒頭の質問に答える意味もあり、ここ数年ビデオで見た私なりのお好み作品を十本挙げておきます。
「生きるべきか死ぬべきか」風刺喜劇の極致
「雨」心理葛藤の見事な描写
「エル」男の嫉妬心を鋭く描く
「グリード」映画史に残る冷酷なラスト
「キートンの大列車強盗」破天荒なギャグの連発
「揺れる大地」徹底したリアリズム
「冬の猿」老年期を迎えた男への共感
「ディーバ」とぎすまされた感覚に共鳴
「緑の光線」平凡な娘心が切ない
おまけとして邦画を代表して
「丹下左膳余話・百万両の壷」天才山中貞雄の才気が溢れる
まだ現役の頃、1990年に社内報に載せた一文がある。
「フイールド・オブ・ドリームズ」という映画を見たことと、ある酒場で亡き父に面差しが良く似た人に出会ったことで、父を強く思い出して書いたもの。
その時の心情を素直に書いたのだが、今読み返しても涙が出てくる。
文章を書くとなると、ついつい肩に力が入り、文章を飾りたくなるものだが、この時は何故か自然のままに書けた一文である。


「父を想う」
父が亡くなってまもなく十年になるが、なぜか最近、妙に懐かしくよく思い出す。
過日もある酒場で、面差しが父とよく似た人と意気投合し共に痛飲し、飲むほどに心の安まりを覚えた。
とは言え私の瞼に残る父の面影は六十歳過ぎのまま、時間が止まってしまっているため、「父によく似ている」と言うと、一瞬怪訝な顔をされた。
父とは、もの心ついた頃より、あまり話しをした記憶がない。仕事好き酒好きであったため、毎日夜が遅く、また朝も早く、ほとんど顔を合わせることもなかった。
私の父への印象は、日曜日に忙しく掃除をしている姿が一番心に残っている。(掃除をする以外はあなたにそっくりと、これは女房の一言)
いわゆる男同士で話し合ったのは、私が入社後に一緒に飲みだしてからであった。父はいつも男の暖かさと悲しさを背中に宿していた。
私が函館に転勤した時に飲んだのが最後であった。私のいきつけの店で「息子をよろしく」とママに何度も頭を下げながら、うまそうに酒を飲んでいた。
その翌年、父は胃ガンで世を去った。

最近「フィールド・オブ・ドリームズ」という映画を観た。
平凡な中年男が夢の球場を創るというロマンを、追い求め実現させる。いかにもアメリカ的ストーリーである。
この夢のグラウンドで、主人公が亡き父親とキャッチボールを楽しむラストシーンに素直に感動した。
野球好きだった父をダブらせて、思いっきり涙しながら、父ともう一度飲みたいものと心から想い、その晩は一人で甘酸っぱい酒を飲んだ。

「大いなる遺産」(後編)
就職してからもよく映画館に通ったが、やはり年によって波がある。
というのは、入社してこのかた九回転勤して、新任地に着いて少なくとも一年間は映画どころではない忙しさになるからだ。(注1)
このごろごひいきの女優は薬師丸ひろ子で、
「『セーラー服と機関銃』を小学一年生の長男と見にいったんです。さすがに周りは女の子ばかりで、格好がつきませんでした」
休憩時間に関内が明るくなり、長男がトイレに行ってしまうと、オジン一人恥ずかしくてたまらず、用もないのに立って廊下に出た。
「最近見て感激したのは『プラトーン』です」
だが、映画館に足を運ぶ回数はさすがに減って、こりごろはビデオになった。買ったもの、奥さんにテレビから録画してもらったもの、合わせて数百本ある。(注2)
「休日にはゴルフに行く同僚よりも早起きして、それをみるんです。女房があきれてます」
定年退職したら、そのころには五千本近い記録が残っているはずのノートをパソコンで整理し、フロッピー・ディスクに入った「大いなる遺産」として残したい、と思っている。(注3)

○○さんの唯一の趣味をはぐくんだ母○○さんは七十歳だが、いまだに大の映画ファンだ。
たまに実家を訪ねると、挨拶抜きで映画の話になる。
「ヒッチコックの『裏窓』を買ったわよ。昔一緒に見たじゃない。やっぱり、いいねえ」
母子はさっそくビデオの前に座る。

注1
結局、定年まで13回転勤したことになる。
注2
定年でマンションに引っ越すときに、すべて知人に差し上げた。
注3
ビデオの普及で、予想を遥かに越えて現在7300余本。ノートは39冊目である。
いまだにノートの記録のみで、パソコン整理はできていない。

なお、インタビュー記事のため、編集者の都合の良いように、また面白く脚色されているので、事実とは若干異なっている点があることを付け加えます。
しかしこの記事のお陰で、私の趣味が映画だということで新たな友人も出来、またその後、映画談義についてのエッセイ(?)を依頼されることが多くなった、思い出深い記事である。

過日、社友会に出席したとき、K女史から「あなたのブログは映画のストックが少ない」と苦情を言われた。
考えてみると、寺社廻りがほとんどであり、映画に関するものは極めて少ない。これでは看板に偽りありといわれても仕方がない。
映画歴は長く、高校時代から観た作品は7300本を越えている。これに対して寺社めぐりはリタイアしてから始めたのでまだ6年半に過ぎない。
しかし健康上、歩くことを優先する生活をしているので、どうしても寺社廻りを優先させていたが、そのうちその奥の深さに病み付きになってしまった。

今回、映画についていろいろ考えてみて、過去にストックされている記事の一部をブログに再録してみることにした。
その一回目として、まだ現役時代に、或る週刊誌からインタビューを受けて掲載された記事を載せてみたい。たしか社内報に「サラリーマンと映画」について書いた私の記事を眼にして、訪ねて来られたと記憶している。
なおこの記事は私が書いたのではなく、また固有名詞その他、一部伏字をしたのでご容赦いただきたい。
時期は1987年、昭和62年の記事である。

題名「大いなる遺産」
三千三百五十本。
○○の○○さん(四十七才)が、高校生のころから見た映画の数だ。
年間ならして百本を超える。三十年間そんなに見続けている人は、ちよっとないだろう。
「見たものはすべて、記録してあります。そのノートが十四冊になりました」
第一号の「子鹿物語」からずっと、題名、監督名、主演者名などのほか、自分の感想が記してある。
最初はそれを細かい字で、一行に書いていた。ノートはびっしり埋まり、四十二歳まで三冊で間に合った。
「四冊目にかかるとき、考えてみたんです。自分はあと何冊ノートを残すことになるのだろう、と。そしたらその四冊目で終りとわかって、がく然としました」
○○さんの祖父も父も、六十八歳で他界している。となると、
「生命保険という仕事がら、そういうことを考えてはいけないんですが」
おそらく自分もそのくらいの年齢で死ぬだろう。そうすると、これから年間百本のペースで映画を見ても、ノート一冊で足りる。
「急に淋しい気持になり、これだけが映画好きだった自分のせめての遺産、それならたくさん残してやろうと、一ページに一本分の記録を書くことにしました」
だから、十四冊目まできた最近のノートはすかすか。感想を若いころより詳しく書いてはいるが。

○○さんが映画好きになったのは、生まれ育った山口○○の母の実家が、映画館だったからだ。(注1)
小学校に入るころから、お母さんに連れられて無料の映画館通い。
「それも、映写室の隣りの個室なんです。特別席ですよ。もっとも、帰りが夜になりますから、母はボディガード代わりにぼくを連れて行ってたらしいんですが」
そのころ見たのは中村錦之助のものが多かったが、ハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマンの「カサブランカ」、キャロル・リード監督の「第三の男」も母と見た記憶がある。
だから記録をとり始める前にも洋画の傑作にずいぶん接しているのだが、高校生になると一人であちこちの映画館へ。
「記録を見ると、そのころは三本立てで五十五円です。昼食代を節約してピーナッツかじりながらねばったものでした」
映画中毒のようになり、暗い映画館であの独特の甘ずっぱい匂いを嗅がずにいられなくなる。
おかげで受験勉強も手がつかなくなったが、めでたく○○大学に入学して中毒はいっそう進む。
「○○で、黒沢明の『七人の侍』をやっている、と聞いて、朝一番の列車で○○を発ち、最終列車で帰ってきたこともあります」
一年に三百本から四百本見た。オーソン・ウェルズの「市民ケーン」が印象に残っているが、キャサリン・ヘップバーンの「旅情」やオードリー・ヘップバーンの「昼下がりの情事」を何度も見たというから、ませた学生だった。
「しょせんミーハーなんです。だから、理屈っぽい映画青年みたいなやつは大嫌いでした」
○○時代、映画同好会を初めてつくったが、理屈好きばかり集まってきたので脱会してしまった。
それでも、これまでに見た中で再興の傑作は、フェデリコ・フェリーニ監督の「8 1/2」だそうだから、、評論家顔負けの通である。 (続く)

注1
今は亡き母から、「私の実家は材木商で、映画館は頼まれて副業でやっていたのだ」と随分、抗議されたのを懐かしく思い出した。

続いては邦画のベストテン
1「おくりびと」
2「歩いても 歩いても」
3「夕凪の街 桜の国」
4「それでもボクはやっていない」
5「母べえ」
6「しゃべれども しゃべれども」
7「天然コケコッコー」
8「殯の森」
9「トキワ荘の青春」
10「まぼろしの邪馬台国」

また旧作としては、テレビでみた「都会の牙」のサスペンスが秀逸。
フイルムセンターで観た「アスファルト」の女優アマンの時代を超えた魅力。
邦画では昭和3年衣笠作品「十字路」をフイルムセンターでみたが、斬新な映像にびっくり。

また再見した作品は
「昼下がりの情事」 憬れたヘップバーンに再会
「東京物語」 心にしみわたる名作だと再確認
「晩春」 こんなに良い映画だったのかと再認識
「生きる」 今の官僚体質は根が深いことを実感
「傷だらけの栄光」 亡きポール・ニューマンを偲ぶ
「インファナル・アフェア」 韓流映画の最高傑作の三部作
「知りすぎていた男」 ヒッチコッの遊びを堪能
「酔いどれ天使」 日本も役者も若く、必死で生きていた

しかし30年ぶり、50年ぶりに見た作品で、ほとんどストーリーを覚えていないものもあり愕然。
もっと過去の名作、感動作品を再度見る必要があることを痛感。

来年も100本以上見て、それも劇場で月二本見たい。
さらには名作、感動作品も多く見たいと願う。

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