寺社巡りと 映画と 酒と、 ときどき 旅

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実は今月28日に急遽入院手術をすることになりました。
大腸の腫瘍除去手術で三週間の入院です。
このことも考えて過日、山口県徳山に墓参に帰ってきました。
そのついでに尾道に一泊、神戸の義母宅に三泊、また帰途途中に近江野洲・近江八幡の神社めぐりをしてきました。
本来ならばブログに書くだけで一週間と思っていたのですが、これを大急ぎ4日で書き終えて、安心して入院したいと考えています。

17日、東京を9時過ぎにスタートし、徳山に14時過ぎに到着。墓地に直行。
6月に墓参に来たのだが、またまた雑草が伸びており、除去のため女房と二人で40分かかった。
新幹線に乗り新尾道駅に下車し、バスにて尾道に。
ホテルにチエックインし、6月に訪れて魚料理が美味しかった「絲魚」で食事。
前回の6月、尾道市内の寺社はほとんど訪ねているので、今回はパスし瀬戸田の耕三寺、向上寺を訪ねることにした。

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尾道港から船に乗り、40分余りで瀬戸田港に到着(写真)。
連絡船の乗客は我々二人を含めて6人と寂しい限り。
瀬戸田港周辺も歩く人はほとんどいない。

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耕三寺近くまで来ると、観光バス発着場があり、この辺りから観光客が多くなる。
耕三寺は10数年前に来て、そのけばけばしさにびっくりしたことがある。
大阪で会社経営に成功した和上が仏門に入り、母親の法恩のために建立した寺とのこと。
ど派手な山門、中門、五重塔、孝養門、本堂、回廊、法宝殿、多宝塔などが、これでもかとばかりずらりと並ぶ。
写真は本堂、右手に見えるのは多宝塔。

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山号は潮声山、真宗本派の寺院。
さらに本堂横の救世観音大尊像から坂道をゆくと、イタリアの大理石を運んで造ったという白一色の「未来心の丘」まである。
写真は多宝塔から見下ろして写したもので、中央は孝養門。
遠くには瀬戸内らしくドックに入った船も見える。

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またその母のために立てられた別邸が、書院として境内の一角に残されている。
和洋複合型であり、その細部に至るまで意匠が凝らされ、金もかかった素晴らしい書院造である。
写真は書院(潮声閣)。
続いて近くにある博物館の金剛館を訪ねた。
いろんな寺院から集めた平安・鎌倉時代の仏像が沢山並んでいた。
仏像ほか重文クラスが8点もある。

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続いて近くにある平山郁夫美術館に。
立派な近代的な建物で、ちょうど「前田青邨・平山郁夫師弟展」を開催していた。
なにより興味を引いたのは、平山郁夫の小学校時代からの絵が時系列的に並べられており、彼の成長ぶり天才ぶりが窺え楽しかった。
写真は入場券。

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私が今回、瀬戸田に来たのは実は向上寺の三重塔が見たかったからである。
瀬戸田港への途中から右手の山道に入ってゆく。
地蔵さんの道標が続き、遊歩道になっており、ひたすら登って行く。
突然、視界が開け、三重塔が眼下にある。
瀬戸内の海と島をバックに、その見事な美しさにしばし陶然(写真)。

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向上寺は曹洞宗の寺院、山門と庫裏、鐘楼があるのみで、三重塔が際立つ。
国宝に指定されており、1433年の建立。
方三間で、この塔の特徴は各層に花頭窓があり、組み物に独特の装飾が施されているとのこと。
写真は下から見上げると、朱色でまた趣きが異なっている。
それにしても耕三寺は観光客が一杯だったのに、この向上寺では誰一人として出会わなかった。

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向上寺から坂を下る途中、万徳寺に立ち寄る。
山号は法恩山、真宗本派の寺院で1521年の開創。
山の中腹に位置し、眺めは良い。
写真は手前から鐘楼、本堂、正面に見えるのは客殿。

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すぐ隣りに浄土宗寺院の法然寺があった。
石段を登ると山門、本堂、お堂などが、あまり広くない境内に並んで建っている。



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瀬戸田港よりまた船に乗り、尾道港に。
前回訪ねそこねた「おのみち映画資料館」に。
尾道はロケ地として多くの映画に登場している。
古くは小津安二郎の「東京物語」、また尾道三部作の大林宣彦など枚挙にいとまがない。
それだけに期待していたが、正直いって期待外れであった。
少なくとも尾道に関係ないポスターは除いてほしい。
写真は「おのみち映画資料館」前。

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駅に向かって歩く途中、商店街の一角で懐かしい紙芝居をやっていた(写真)。
最近、復古しているという話は聞いてはいたが、やはり尾道の町では絵になっている。

この後[桂馬」で蒲鉾を買い、福山駅から三原駅まで在来線に乗り、新幹線で新神戸に。
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千光寺からさらに坂道を下ると、三重塔(重文)が見えてくる。
天寧寺の三重塔だが、ここでは塔婆と呼ぶらしい。
1388年に五重塔として建立されたが、1692年に三重塔に改修されたという珍しい塔である。
写真はその三重塔と、背景は尾道水道というシヨット。

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天寧寺は曹洞宗の寺院で、1367年の開基である。
小型ながら美しい鐘楼門(写真)の前には松が植えれていた。



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境内には手入れの良い蘇鉄を初め樹木、草花の間に、豪壮な木造本堂(写真)、客殿のほか、五百羅漢堂がある。
内に入ると狭い堂内にびっしり羅漢像がひしめき合い壮観である。




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いったん国道まで下りて、西に歩くとまもなく信行寺がある。
1214年開創の浄土宗寺院。
境内は荒れ寺風で、新しい本堂(写真)のみが建つ。

庭の手入れをされていたおばあさんに次に行く宝土寺への道を尋ねる。
裏の小道を行き、鉄梯子を降りて、民家の生活道を通って行くが、民家の人に叱られないかビクビクものであった。

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如意山宝土寺も浄土宗寺院で、1345〜1349年の開基という。
山門を入ると、境内には木造本堂(写真)、鐘楼、観音堂などが建っていた。

すぐ近くに俗称一宮、吉備津彦神社の社殿がひっそりと建つ。
毎年11月3日のベッチャー祭が賑やかとのこと。

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神社から横に小道を歩いてゆくと、光明寺に至る。
光明寺は山号を清浄山、浄土宗西山禅林寺派の寺院。
平安時代初期に円仁が草創という古刹。
村上水軍の帰依を受けて栄えた由。
山門を入ると、新しい木造本堂(写真)、お堂が並ぶ。

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境内には12代横綱陣幕の墓がある。一度も待ったをしなかった横綱であり、94,6%の勝率は驚異的。
少し離れて、地面を這うように枝を広げた「幡龍の松」がある(写真)。



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そのまま本堂横の小道を西に向かってしばらく歩くと、持光寺が見えてくる。
持光寺は山号を日輪山、浄土宗寺院で834〜848年の開基。
何といっても変った形の石門が見どころであろう(写真)。


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境内には本堂(写真)、鐘楼、観音堂、金毘羅堂、客殿などが建っている。
あじさい寺として有名で、今を盛りと紫陽花が咲き誇っていた。
拝観をお願いしたが、お目当てのものは見れないとのことなので、次に向かう。



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尾道の寺社めぐりもいよいよ残り一つになる。
いったん光明寺まで戻り、ここから線路上に造られた小さい高架道路を歩いて海福寺を目指す。
海福寺も時宗の寺院で1328年の開基。
木造山門(写真)を入ると、横長の本堂と、珍しい三ツ首地蔵堂がある。
処刑された盗賊を祀ったものらしい。
境内にはソテツも植えられていた。

以上で尾道の代表的な寺社巡りコースを走破したことになる。
浄土寺、西国寺、千光寺などは良く知られているが、それ以外にも多くの古社や素晴らしい堂宇があることを知り感銘を受けた。
今回巡ったのは、24寺院(西国寺の塔頭2を含む)、5神社である。
時間にして約6時間、22000歩の道のりであったが、坂道の上り下りが多く、改めて坂の町尾道を実感できた。
残念だったのは浄土寺の拝観ができなかったことであり、近い将来もう一度尾道を訪ねたいと思う。
その時は耕三寺、向上寺(国宝の塔)も合わせて訪ねてみたい。勿論、夜は美味い魚で一杯飲むことは当然であるが。
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御袖神社は何といっても大林宣彦監督の映画「転校生」で、男女高校生が石段から落ちるシーンが撮影されたことで有名である。実際、石段で下から登ってきた近所のおばさんが、「ここは映画で有名な場所ですよ、よく若い人が石段に寝っ転がって写真をとってますよ」と教えてくれた。
神社は大山寺の境内に続いており、鬱蒼とした樹木の中に立つ。
1070年頃の創建で、木造社殿、随身門まである古社である。

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御袖神社の参道を下り、左に回ったところに福善寺の参道がある。
福善寺は浄土真宗の寺院で、まず豪壮な山門が眼に入る(写真)。




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山門の彫り物が素晴らしく、龍と、鶴(写真)が彫られていた。
本堂も大きいが現在改築中であった。
また境内には鐘楼、鷲の松などがある。
開基は1573〜1630年とある。


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ここから長江通りという大通りに出て、正受院を訪ねた。
山号は伝法山、浄土宗の寺院で、1394年の開基。
木造本堂(写真)、鐘楼、石仏群などがある。



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さらに近くの慈眼寺に。
時宗の寺院で、1348年の開基。
素朴な山門、二層になっている木造本堂(写真)が良い佇まいであった。
鐘楼、虚空蔵なども建っている。


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さらに大通りを北に向かって歩き、左折したところに善勝寺がある。
両側が白塀の石段を登ると山門があり、1694年再建の本堂、1664年再建の持仏堂、常明堂(左が持仏堂、右が常明堂)、鐘楼などが静かに並んでいた。


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坂道を下ってゆくと日蓮宗寺院の妙宣寺が建つ。
1354年の開基で、竜宮門(写真)、新しい木造本堂、客殿が並ぶ。
裏には清正公堂もある。


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また近くには、境内の真上をロープウェーが上り下りする「うしとら神社」がある。
漢字で書くと、良という字の上の点を取ったもの。
境内は樹齢900年のクスノキをはじめ、大木が多くその上、大岩まであり、神社独特の神聖さが漂う。
木造社殿(写真)をはじめ、随身門もあり、境内には賽神社など多くの摂社が並んでいた。
由緒書によると平城天皇806年の鎮座とあるから、相当の古社である。
なお祭神はイザナギノミコトほか。

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朝から坂道の上り下りで足も痛くなってきたので、近くのクレープ屋さんで、軽い食事をして疲れをとる。
ロープウェーで千光寺山頂駅に行き、そこから「文学の小道」を楽しみながら坂道を下り千光寺を目指す。
千光寺は尾道の代表的な寺院であり観光寺ともいえる。
尾道の町並みや尾道水道を一望(写真)に見渡せる山の中腹に建っている。まさにその眺めは絶景である。

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千光寺は806年の開基、赤堂と呼ばれる朱色の本堂は1686年の再建(写真)。
小さめのお堂で懸け造りである。
裏の三重岩の上には熊野大権現、石鎚大権現堂があり、鎖でもってよじ登る。
千光寺伝説では、頂上の光る玉が海を照らし、航海の安全になっていたという「玉の岩」もある。

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境内には鐘楼(写真)、護摩堂、客殿、大師堂、毘沙門堂、観音堂等が点在している。
これらのお堂にお参りしながら天寧寺を目指して坂道をさらに下って行く。

続く
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北に向かって真直ぐ参道が伸びており、その先に西国寺の仁王門が見えてくる。
特徴である大ワラゾウリをぶら下げた豪壮な門(写真)で1648年の建立である。




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まずは仁王門の手前の道を斜め右に進み、塔頭の金剛院を訪ねた。
木造本堂(写真)が静かに建ち、その左には金毘羅大権現の社殿が並ぶ。



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さらに参道に戻ると、もう一つの塔頭である持善院がある。
狭い境内に新しい本堂と並んで、龍のしめ縄が掛かった多賀社(写真)が建つ。




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石段を登ると正面にそう大きくはないが、形の良い金堂が建っている(写真)。
1386年に再建された重文指定の建物で、和唐折衷様式にて蔀戸に品格を感じる。
西国寺は山号を摩尼山、真言宗醍醐寺派の大本山である。
729年に行基により開山の古刹である。



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写真はその金堂から持仏堂、遠くに三重塔を望む。




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持仏堂で案内を請うと、上品な奥様が私一人のために案内して下さり、釈迦如来立像、薬師如来坐像(いずれも重文)を拝観できた。
その上、お茶とお菓子までご接待頂き恐縮する。感謝!
写真は大師堂とその前の不動明王像。


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さらに高台に上ると、重文指定の三重塔(写真)が建っている。
1429年、足利義教が寄進したもので、朱の塔は重量感があり重文指定。
境内にはその他、鐘楼、不動堂、弥勒堂、十王堂、本坊、英霊殿、加茂明神社などが建つ。


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仁王門を出て、右にレンガ坂を歩いてゆくと、日限地蔵堂(写真)と庚申堂が並んで建っており、受験生の振興が厚いとのことであり、賑わっている雰囲気を感じる。




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その隣りには真言宗寺院の大山寺がある。
1069〜1074年の開基で天神坊と呼ばれている由。
木造本堂はまだ新しい(写真)。



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境内は狭いが、その一角に鐘楼と六角堂が並んで建っていた(写真)。


続く
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続いて正念寺を訪ねた。
山号を来迎山、ここも時宗の寺院であり、1574年遊行上人が開祖。
一時は念仏道場として栄えた由。
小さい鐘楼門(写真)が可愛い。本堂、延命地蔵堂、白玉稲荷のほか名水延命井がある。


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線路沿いの道を西に行くと、思いがけなく立派な久保八幡神社の石鳥居に出る(写真)。
境内は結構広く、木造社殿のほか恵比寿、松尾、稲荷、和霊、高良、貴船、高御倉大神、水天宮などの末社がずらりと並ぶ。


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参道を降りてゆくと、線路、国道を隔てた先に立派な門構えが見える。
訪ねると、八幡神社の随身門であった(写真)。




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さらに南に鳥居が見えていた。
八坂・厳島神社である。狭い境内には木造社殿が建つが、その前に捨て猫らしい子猫が三匹いた。
また縦長の「かんざし燈籠」(写真)がひときわ目立つ。



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また国道まで戻ると、尾道では珍しい鉄筋本堂のみの尊光寺(写真)が建つ。
真宗本派の寺院で、1657年の創建。




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国道を西に歩き、右折しまた線路を越えると浄泉寺の雄大な本堂である。
尾道では最大の建物とのことで、狭い境内からはその全体を捉えられない。その鬼瓦はたたみ16枚分あるとのこと(写真)。
真宗本派の寺院で、1525年の開基とある。
鐘楼は1733年の再建。


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続いて細い小路というか生活道を西にくねりながら歩いてゆくと常称寺に突き当たる。
山号は尾陽山、時宗の寺院で1309年の創建。
優美な木造本堂は室町中期の建物で、外観は和、内陣は禅風とある。
写真はその本堂で、重文指定されている。
また境内には室町後期再建の小さい観音堂も建つ。

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常称寺の参道を下りてゆくと、やはり線路、国道を挟んだ先に木造山門がポツンと建っていた(写真)。
室町後期の再建で、やはり重文指定されている。
民家の中に山門のみ取り残されており、重文に指定されているとは地元の人でも知らないのではなかろうか。

続く

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