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甲信越

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小海線の臼田は佐久市の南にあるが、いま「星の町」としてPRしている。
一つは五稜郭が星の形をしていることによるし、またもう一つは天体観測施設「うすだスタードーム」を持つことによる。
誰でも天体観測ができるとのことだが、交通の便が悪く、駅からかなり離れているのが難点か。

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新海三社神社から駅に向かう途中にある蕃松院に立ち寄ることにした。
のんびりした田舎町を歩いていると、途中高札場が立っていた(写真)。
今で言う掲示板に当たるもので、龍岡藩の遺構である。



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さらに稲穂が続く田んぼの中に、目指す蕃松院の堂宇が見えてきた(写真)。
山をバックに、三方を田んぼに囲まれて、ゆったりとした寺院である。



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龍岡藩主の田野口家の菩提寺。
参道も左右が田んぼであり、のどかそのもの(写真)。



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蕃松院は山号を大梁山、曹洞宗の寺院。
総門は茅葺である(写真)。



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総門を入ると、変わった枝ぶりの樹木が並んでいた。
1583年の再興という。
木造仁王門が迎えてくれる(写真)。


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境内は思ったほど広くはなく、木造本堂、鐘楼(鐘はない)、庫裏などが建つ。
本堂は1822年の再建で、堂々たる大きさで、また正面の彫り物も見事(写真)。

臼田駅に戻り、次の電車で女房と合流し、甲斐大泉のホテルに帰る。
送迎バスの運転手の方にいろいろお話を伺う。
今年70歳を迎えるとのとのことだが、山男らしく矍鑠として元気一杯。
きのこ狩り、蕨取りに是非いらっしゃいとのこと。

翌日、旅の最終日は遅い朝食をベランダで、さわやかな風と緑の山々を眺めながら頂く。
ただ、こんな山奥でも小鳥のさえずりが毎年少なくなってゆくのが気にかかる。

甲府で途中下車して、印傳博物館を訪ねながら甲府の町並を散策。

続いて勝沼ぶどう卿駅に途中下車。
今回で三年連続になるが、大善寺まで葡萄を買いに行く。ここの葡萄は大きく立派であり、毎年楽しみに待たれている人もあるので。
また大善寺の奥さんが豪快そのもので、お会いするのが楽しみでもある。
昨年まで炎暑の中、歩いて大変だったのでタクシーで乗りつける。
帰りはお寺の方の車で駅まで送って頂く。
大善寺の本堂(国宝)や仏像も素晴らしいが、2年連続拝観しているし、電車の時間も押し迫っているので、今年は残念ながら拝観しなかった。

今回の旅はまったく「途中下車の旅」そのものであった。
残暑がぶり返したがその分、雨にはほとんど出合わずにすんだ。
思いがけなく、鼻顔稲荷神社や岩村田の寺院、新海三社神社、蕃松院などとの出会いがあり、充実した良い旅であったと一人自画自賛。
臼田の五稜郭を出て、東に向かって歩いて行く。
この辺りはほとんど人とはすれ違わない、静かな山里である。
約15分位で目指す新海三社神社の森に到着。

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新海三社神社の存在を知ったのは、神社の境内に重文の三重塔があることであり、機会があれば一度訪ねてみたいと考えていた。
大鳥居をくぐり民家を過ぎると、鬱蒼とした杉の木立の中を長い参道が続いている(写真)。



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まもなく石段があり、その奥に木造拝殿が見える(写真)。
境内の中をしばらく時間をかけて巡ったが、その間だれにも会わなかったし、社務所に行って声を掛けたけれどまったく応答がなかった。
俗世間から離れた幽玄の世界に迷い込んだようであった。


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本殿は中本社と西本社が一緒に祀られ、朱色で美しい(写真)。
祭神は諏訪神社の建御名方命、事代主命、誉田別命。



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また本殿に向かって右手には東本社が建っている。
室町時代に作られ、小ぶりながらも柿葺きで重文指定されている。
祭神は建御名方命の子供である興波伎命で、佐久地方の開拓の祖神。
写真はその東本社と、後は三重塔。

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ここのシンボルである三重塔は、均整のとれた美しい塔で屋根の反りも優美で見事(写真)。
室町中期に建てられた柿葺きの三間三層で重文指定。
周囲の山々の緑に映えて一段と美しい。



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また東本社の前には立派な神楽殿が建っていた(写真)。
その他、東十二社、天神社、子安社、一段高いところに絹笠神社、西十二社などがずらりと並んでいた。

鄙びた里には似つかわしくないほど、素晴らしい神社であった。
帰りに臼田駅の駅員さんに、地図を頂いたお礼とともに、もっと新海三社神社を宣伝したらどうかと提案した。しかし彼はまだ行ったことがないので、訪ねてみたいとのことであった。

この後、駅に向かう途中に蕃松院に立ち寄った。続く
小海線と言えば爽やかな緑の中をコトコト走る高原列車のイメージが強く、避暑地、別荘地として名高い。
その中で敢えてイメージからは程遠い、寺社めぐりをする人は少ないであろうと思う。
しかし佐久には古い寺院が多く、寺院・神社廻りをする人も結構いると聞く。
後で女房に聞いたのだが、岩村田駅の待合室で、東京の若い女性と知り合った。その女性は「青春18キップ」で、わざわざ鼻顔稲荷を訪ねてきたとのことであった。
私は一人で、岩村田駅より電車に乗り臼田駅に下車。
駅員さんに五稜郭までの地図を頂きスタート。
しかし田舎道はくねくね曲がっているため、段々不安になってきた。
折りよく通りかかった人に尋ねると「私が出た小学校のところだ」と親切に教えて頂く。

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実は臼田に五稜郭があることは、今回新海三社神社を訪ねようと思って、調べているうちに初めて知った。
私は函館に転勤で5年住んでいたことがあり、五稜郭は函館だけあると思っていた。
ここ臼田と函館と、日本で二つしかないとのこと。何だか嬉しくなる。
五稜郭は五つの陵が星型に突き出した西洋式城郭である。
しかし今は堀の一部しか残っておらず、イメージする写真が取れなかったのが残念である。
写真は入口に当たる大手門。

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五稜郭は別名、龍岡城とも言われる。
広さは5640坪ほどで、堀が廻らされていたが、今は半分ほど残っている(写真はその一部)。
また現在、大半は小学校用地として使われている。これで先ほど道を尋ねた時、私の出た小学校という意味が判り納得。

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五稜郭は幕末、英邁の誉れ高かった時の領主松平乗謨が築城に取り掛かったが、完成前に明治維新を迎えたため、ほとんどは取り壊されたり、売却移築されたりした。
現在残っているのは御台所のみである(写真)。


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五稜郭の一角に三社様、今は田口招魂社が祀られている。
草深い境内は趣がある(写真)。
また函館市から友愛の証として小さな庭園が寄贈されており、またまたとても嬉しくなった。



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境内には、木造社殿が二つ並んで建っていた(写真)。
大手門を出たところに「五稜郭出会いの館」として資料が展示してあり訪ねる。

続いては楽しみにしていた新海三社神社に。
円満寺からさほど遠くないところに目指す龍雲寺がある。

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山号は大田山、曹洞宗の寺院。
遠くから堂宇が見渡せる古刹である。
総門は、本堂、二重門とは直線上になく、向かって左手に開いている。
総門には正親町天皇の勅額「東山法窟」が架かる(写真)。
東山道第一の道場という意味。

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山門は立派な二層の屋根を持つ二重門である(写真)。
左手には鐘楼が建つ。



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鎌倉時代である1312年の開基と伝わるが、一時戦乱で荒れたてていた。
1560年信玄が中興開基をした。
木造本堂の前には六地蔵が並ぶ(写真)。


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境内から遺骨が発見され廟堂に収められているとのこと。
本堂の裏手の樹立の間を抜けて行き、石橋を渡るとその信玄廟堂に至る(写真)。
また右手にも小さ目のお堂がある。

メイン通りの141号線に出て、商店街を散策。
しかし往時の宿場町の雰囲気はなく、新しいお店が並ぶのみ。
ただ人通りは極めて少なく、車の往来がやけに目立つ。

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商店街の途中で、右折すると西念寺が建っている。
山号は一行山、浄土宗の寺院。
写真は総門とその右には鐘楼。



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この寺も信玄が再興したもので、歴代城主である仙石家、内藤家の菩提寺である。
写真はこれも立派な楼門。




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本尊は定朝作と伝わる阿弥陀如来坐像。
写真は屋根が縦長の木造本堂で、前には観音像、六地蔵が立っていた。

途中、商店街でパンを買い込み、岩村田駅まで歩く。
標識もなく、すぐ近くに行くまで駅とわからないほど人通りが少ない。
女房殿はこれだけ歩いただけで汗びっしょりなので、この後は私一人で臼田に向かうことにした。
甲斐大泉から小海線に乗り、約1時間40分で岩村田駅に到着。
岩村田は城下町であり、また宿場町として古くから栄え、また少し前までは佐久市の中心地であった。
しかし長野新幹線の開通により中心は佐久平駅に移ってしまった。
岩村田駅から15分位歩いた、141号線沿いに立派な商店街がならんでいるが、人通りは閑散としていた。待合室で地元の人達の話を聞くと、最近は買い物も佐久平まで出かけることが多いとのこと。

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岩村田での滞在時間が限られており、またかなり暑いこともあり、タクシーに乗り鼻顔(はなづら)稲荷神社に行き、続いて円満寺に行きここでタクシーを乗り捨てることにした。
一山が境内で5000坪余あり、一部が公園となっている。
写真は緑したたる樹木の間に朱の鳥居が並ぶ参道。


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鼻顔稲荷神社は400有余年前の永禄年間に、伏見稲荷を勧請したもの。
写真は社殿入口で、右の御姿殿には大きい狐が祀られ、正面は参籠殿か(写真)。




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鼻顔稲荷神社は湯川沿いの切り立った断崖上の岩を穿っていずれも朱色の本殿、社務所、参籠殿、御姿殿が並んで建っている。
清水寺と同様の懸け造りになっている。
写真は参籠殿から切り立った断崖と本殿を望む。


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写真は奉納額が架けられた参籠殿から、奥は社務所、本殿と続く。





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本殿からの帰途は、湯川に沿って石段を降りてゆくと、神楽殿が建っている(写真)。
また近くには水琴窟まで造られていた。




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写真は湯川の対岸から、鼻顔稲荷神社を写したもの。
当初は花顔稲荷は駅からは少し離れているので、パスしようと思っていたが、訪ねてみて本当に良かったと感謝。ただ参拝客、観光客共に一人も出会わなかったのは不思議と言えば不思議である。



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続いてタクシーで円満寺まで行く。運賃は合計で1900円であった。
円満寺は山号を信濃成田山、真言宗智山派の寺院。
石柱門に続いて、あまり高くない樹木が並んで参道となっている(写真)。



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本堂は木造トタン屋根(写真)。
本尊は招福聖観音。
花の寺として名高く、「砂ずりの藤」が有名とのことである。



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境内の一角に千体地蔵が並んでいた(写真)。
これだけ並ぶと壮観であり、一足早い萩の花と共にパチリ。

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