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一度は伊那市でのロケは消えたかに思われたわけですが、あきらめないのが伊那谷FCの信条。再度制作会社へ次の候補地を打診すると、担当の方は再びロケハンに来ていただけました。そして熱い気持ちをこめて4箇所ほど見ていただき、結果を監督にお伝えいただくということになりました。
年が明け、三谷監督生誕50周年の年となり、監督はそれはそれは忙しい毎日を送っていました。何せ今年中に7作品を発表・公開等するのであります。確かこの頃は舞台に追われていられたようです。そして、伊那市で心待ちにしているドラマの台本も、実はまだ書きあがっていなかったのであります。台本(脚本)があり、それにあう場所を探すというのが普通の流れなのですが、その台本がないのですから正直製作担当も我々もどんな場所がいいのかわかりません。しかし、この非常事態とも思えた状況が、後に伊那市にとって運命的といえる作品となって帰ってこようとは思いもしませんでした。
そんなこんなで刻一刻とロケが近づく中(予定では8月)、舞台となるロケ地が決まらないという状態は続き、そして迎えた4月の終わり。いよいよ監督ロケハンが決行されたのであります。伊那市としては当日候補地を2〜3箇所ほど用意していたのですが、初めに行った秋葉街道で監督は「ここだ」と決められたようです。そして同時進行でシナハン(シナリオハンティング。ロケ地を見ながらシナリオを考える作業)が行なわれて行ったのです。しかし、この日、この作品の影の主役とも言うべきキャメラマンが同行できていませんでした。ワンカットで撮るというこの作品は、キャメラマンが「撮れる」という判断をくださなければここでの撮影はできないのであります。最終判断は翌々日のキャメラマンによるロケハンに持ち越しとなるのでした。ん〜じれったい・・・(続く)
(K猫)
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