伊那谷フィルムコミッションロケーションデータベース

東京から2時間30分、名古屋から2時間の信州伊那谷。東西にアルプス、昭和の雰囲気漂う商店街、懐かしい田舎の原風景をお届けします。

【Short cut】日記

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ボランティアの力

そんなわけで、山道を巨大セットへと作り変えるためのボランティア募集を行ないました。撮影のときに演技をしてもらうエキストラではありません。役者さんが演技できる環境を整備するボランティアです。裏方のお仕事ですね。果たしてどれだけの方が応募してくれるだろうと思いましたが、結果的に、我々からすると予想以上の方のご協力をいただけました。
トータル約2ヶ月間、平日も土日も祝日も関係なく毎日作業はありました。もちろんずーと通してという方はありませんが、かなり近い頻度で協力いただいた方もありました。伊那市の長谷という飯田線から車で1時間ほどの現場です。真夏の暑さの中、“土方仕事”に汗を流してくれたのは、以外にも女性がほとんどでした。後に坪井氏も「始めは大丈夫かなと思った」と語られました。その人数たるや・・・
延べ300人!! 均せば1日平均5人ではありますが、お盆をはさんだ夏の2ヶ月です。本当にありがとうございました。ボランティアのみなさまの力なくしては作り上げられなかった作品だと、我々も思いますし、監督ご本人からもそう言っていただきました。途中で労いの言葉をかけてくれた日もありましたね。
参加いただいたのは、伊那市民にとどまらず上伊那郡市から飯田市、遠くは千葉県からバスで参加いただいた方も。何度言っても言い切れない感謝です。
 
監督が「この作品の主役」と言った山道に命を吹き込んでくれたボランティアのみなさま、改めてありがとうございました。<m(__)m>
(続く)

山道という現場

ロケ地が伊那市に決まり、(実際は決まる前からですが)、撮影現場をどうやって“セット”にしていくかという作業が始まります。基本的には伊那市長谷の「秋葉街道」という林道のありのままが舞台となるわけですが、シナリオにあわせて若干の手直しが加えられます。また、いくつかの「しかけ」も用意されました。さらに90分(当初はこの時間)をワンカットで撮影するということで、カメラはカメラマンが抱えたまま役者について移動するということですから、カメラマンが安全に移動できるルートも確保しなければならないという課題もありました。正直私は「どれだけの工事をするんだろう」と思っていました。
当初から現場の指揮を執っていたのが、組付き大道具の坪井さんという方。この方は前年にステキな金縛りの撮影の際にも1ヶ月ほど伊那市に滞在し、現場の指揮を執っていた方で、作業の際にはしごかれたことをはっきり覚えていました。とはいえ、業界のプロの仕事を全く知らなかった我々FCに、映画撮影の裏方の凄さを見せつけ教えてくれた方であります。ので、とても親近感を持って接することができ、坪井さんも「去年のとおりだから」と若干のやりやすさはあったのかもしれません。しかし今回は山道という現場で、車は入れない場所であり、荷物を運ぶだけでも大変なことは目に見えていました。人手もたくさん必要だなと思いましたが、期間も長期にわたり果たして集まるだろうかという不安を覚えたわけでありました。(続く)

監督によるロケハンから一夜明け、この日は美術スタッフによる現地下見を行ないました。前日に監督から出された課題について「ここはこうしよう」「ここをこうしたらどうか」といった案を出して検討するという作業が行なわれました。同行していると、ロケ地は決まったと感じるような内容であり、その後昼食を取りながら、実際のロケに向けての打ち合わせも行なわれました。ただ、カメラマンがここでは無理だと言えばボツという、まだ気は抜けない状況に変わりはありません。

迎えた翌日、山本カメラマンをお迎えし、美術スタッフ、助監督なども同行して最終判断となるカメリハが行なわれました。課題は一つ、「この山道で90分ワンカットドラマを撮れるのか」ということであると思っていました。道を進みながら前日同様「ここはこうしたら・・・」といった形で進み、最後の出口までたどり着く頃には、「これは本当に大変なことなんだ」と私も思いました。アップダウンのある山道を1.2km余り、カメラを構えながら進まなければなりません。しかもただ役者を映すだけであるはずなく、時には立場を前後に変えながら、時には役者とともに走り、その上で見る人をひきつける画を撮らなければなりません。
そんな中カメラマンは言いました。
「難易度10の10」
これは我々FCの中で名言として語り継がれている言葉ですが、後にこの言葉はカメラマンだけでなく美術や製作、ひいては我々FCにとっても同じ意味を持つ言葉であったことは、このとき知る由もありませんでした。

さて、カメラマンから出た言葉は「不可能」ではありませんでした。伊那市でのロケが決まった瞬間であります。ここから一気にロケに向かって動き出すこととなりました。(続く)
(K猫)

一度は伊那市でのロケは消えたかに思われたわけですが、あきらめないのが伊那谷FCの信条。再度制作会社へ次の候補地を打診すると、担当の方は再びロケハンに来ていただけました。そして熱い気持ちをこめて4箇所ほど見ていただき、結果を監督にお伝えいただくということになりました。

年が明け、三谷監督生誕50周年の年となり、監督はそれはそれは忙しい毎日を送っていました。何せ今年中に7作品を発表・公開等するのであります。確かこの頃は舞台に追われていられたようです。そして、伊那市で心待ちにしているドラマの台本も、実はまだ書きあがっていなかったのであります。台本(脚本)があり、それにあう場所を探すというのが普通の流れなのですが、その台本がないのですから正直製作担当も我々もどんな場所がいいのかわかりません。しかし、この非常事態とも思えた状況が、後に伊那市にとって運命的といえる作品となって帰ってこようとは思いもしませんでした。

そんなこんなで刻一刻とロケが近づく中(予定では8月)、舞台となるロケ地が決まらないという状態は続き、そして迎えた4月の終わり。いよいよ監督ロケハンが決行されたのであります。伊那市としては当日候補地を2〜3箇所ほど用意していたのですが、初めに行った秋葉街道で監督は「ここだ」と決められたようです。そして同時進行でシナハン(シナリオハンティング。ロケ地を見ながらシナリオを考える作業)が行なわれて行ったのです。しかし、この日、この作品の影の主役とも言うべきキャメラマンが同行できていませんでした。ワンカットで撮るというこの作品は、キャメラマンが「撮れる」という判断をくださなければここでの撮影はできないのであります。最終判断は翌々日のキャメラマンによるロケハンに持ち越しとなるのでした。ん〜じれったい・・・(続く)
(K猫)

11月12日の2回目の放送に続き、メイキング番組が放送されました。
このメイキングのキャメラはロケハンのときから同行していましたが、スタッフの都合でいろいろな方が構えていましたね。実はFCメンバーに託されたことも・・・そのフィルムが使われたかどうかは秘密です。

そのロケハンですが、通常多くは製作会社からの依頼がFCに届き、候補地の資料を送り気に入られると行なわれます。今回は、昨年秋に初めの話しがあり、まず担当者ロケハンが行われ、次に監督ロケハンが行われました。テーマはズバリ「山道」。山道なら売るほどあるぞと手ごたえを感じました。

11月。監督ロケハンの日、監督とともに現れたスタッフのみなさんの何名かは「ご無沙汰してます」(心の中では「お帰りなさい!!」)というあいさつを交わしました。というのも、その年の初夏に同じく三谷監督の映画「ステキな金縛り」の際にお世話になった方々だからです。妙に親近感を抱いていて「また一緒に仕事ができる」と勝手に思っていたのを思い出します。しかし・・・

自信を持ってこの日のロケハンで監督に見てもらった場所は、監督のイメージとちょっとずれていたようで、答えは「ノー」でした。とてもよいんだけど理想としている場所ではないということで、理想に近い場所を探して欲しいと言われました。
前日に近くの候補地も見ており、やはりNGだそうで、仕切りなおしとなったわけです。

ここで引き下がるわけには行かない。全国のライバルとの熱い戦いに、さらに意気込む我々でありました。(つづく)

(K猫)

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