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稲文字を題材にした作文です。
我がinamojikingの愛娘さんです。
今年、2回目のアップです・・・・!
明日、私ことinamojimanは客先接待GOLFのため準備に参加できません。
だから、明日は何もblogに書き込めません。
inamojiking様、お許しを!
その分,当日頑張ります。^^(稲文字 20% 交流会 150%?!)^^
やっばり、king,s愛娘様の作文は最高です。
これで、ご勘弁を!
旧清里村立櫛池小学校六年 武田 あかね
「遊び心ではじめた稲文字?」
友達はふしぎそうな顔をして言う。
私の父さんは「稲文字」という農業をやっている。稲文字とは、手作業で自分の好きな文字や絵を稲でえがく農業だ。最初の稲文字は、「くしいけ」という池地域の名前をつかった。本当に最初は余った苗で遊び心ではじめたのだ。そのことは私も知っている。私も遊んでいるつもりで最初の稲文字を体験した。ふつうの田植えより何倍も楽しかった。
私は、稲文字についてふしぎに思うことがある。今、稲文字は、新聞にもでるし、テレビにもでたことがある。なぜだろう。遊び心ではじめたのに、なぜこんなに大きくなったのだろう。大きくなったというより、父さんはなぜ大きくしたのだろう。これはずっと前から気になっていたことだ。父さんにわけを聞いてみた。父さんは、
「稲文字は、たくさんの人から、おもしろいとか、やってみたいとか興味をもたれただろう。だから、稲文字はやっていったほうがいいと思った。今は、機械化している農業だけど、手作業をなくすなんてことはできない。稲文字ならなくさないでいける。だから大きくしたんだ。」
と父さんは答えてくれた。わたしは、この父さんの考え方に正直おどろいたし、すごいなあと思った。
父さんの稲文字は、一村一価値アイデア提案というコンクールで大賞をとったことがある。たぶん、大賞をとったことでも稲文字を続けようと考えたのではないかと私は思った。
三年目の今年の稲文字「お米にかんぱい」という田植えは、櫛池小学校の私の学級の六年生全員も参加してくれた。どろだらけになりながら楽しそうに稲文字を体験してくれた。植えるのがむずかしそうだったけど、一生けんめいに植えてくれた。オランダ人も、来てくれて、稲文字に参加してくれた。たくさんの人の稲文字体験、たくさんの人の楽しかった、おもしろかったという言葉、たぶんこれも、父さんの稲文字を続けようというきっかけになったと思う。
稲文字ができてから、草文字というものも始まった。稲文字も草文字もすべてが手作業で、農薬はつかわずに今も続けている。だから、父さんも母さんも草とりとかですごく大変そうだ。私も手伝えることは手伝いたい。父さんは、役場の仕事をし、家の米作りもしながら稲文字に取り組んでいる。自分のめざす仕事にものすごく一生けん命なのだ。
稲文字は、手作業の農業をなくさずにできる最高の方法だと思う。ふつうの田植えにはない楽しさをたくさんもっているし、棚田だからこそキャンパスとなるから、棚田を守ることにもつながる。
これからも、稲文字が大きくなることが、父さんの夢であり、家族の夢でもあるのだ。
やっぱり、あかねちゃんには頭が下がる inamojiman達です。
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