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今から、12年前の’94年夏。
その時、私は九州の博物館に展示される模型の
屋根瓦のパーツの複製作業を行っていた。
その前に弊社作業場について。
現在、アトリエと呼ばれる造型を担当する
部署は、神奈川県川崎市麻生区にある。
アトリエと呼ばれはするが非常に汚い。目茶苦茶汚い。
その汚さは言語に絶する。場合によっては床が認識できない、
室内関東ローム層と化す。
人として、これは如何なものか、とは思うが
それだけ仕事熱心だと、好意的に受け止めて頂きたい。
当時は二つの建物があった。一つは映画・CMなどを
主として担当する第1アトリエ。
もう一つは博物館の展示模型などを担当する第2アトリエ。
’97年にアトリエを統合して、東京都世田谷区の二子玉川に
移転。一昨年、諸般の事情より再び麻生区へ戻ってきた。
いつの頃からか「柿生アトリエ」と呼ばれるようになった。
が、実際一番近い駅は小田急栗平駅である。
徒歩15分。さらに住所は麻生区片平。柿生駅は車でも
5分ほど、歩けば25分ぐらいかかる。なのに「柿生アトリエ」。
何故こうなったのか、真偽の程は定かでない。
その第2アトリエに「注型室」と呼ばれる、
型取り・成型専用の小さい部屋があった。私の作業場所である。
現在の柿生アトリエは、室内改装されて当時の面影は
ほとんどない。注型室も同様だ。今も昔も同じなのは、
エイリアンのヨダレのような汚さのみである。
その部屋でいつものように作業していると、内線がかかってきた。
第1アトリエ、映像セクションの部長だったY氏からである。
Y部長は私に「CMの仕事で一つお願いしたいことがあるんだけれど、忙しいかな?」と言う。
「はい、忙しいです」と言ったところで、その仕事がなくなるわけでない。
「何でしょう?」と答えた私にY部長はこう言った。
「プルプルするダニを作りたいんだけど、出来る?」 続く。
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