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各地方から大坂へ。大坂から都市圏へ。
この物資の流れ、「流通」を請け負ったのが商人達であった。
商人達は現金という「資本」を元手にこの国に流通経済を加速させ、
国そのものを「一つの商業圏」へと変化させたのである。
だが、これは江戸幕府が全く予想していなかった流れであった。
江戸幕府が政権を担当して80年程経つと、「バブル」とも
いうべき現象がこの国で起こっている。元禄文化である。
学問や文化の発展が著しかったこの頃に、幕藩体制下の商業形態は
ほぼ出来上がったといっていい。
この商人を介して作られた流通体制はやがてある現象を引き起こす。
貧富の差、現代でいう「格差社会」が生まれたのである。
元禄の時代に、農村部にまで貨幣経済は浸透していったという。
農村部に、米以外で収入を得るという概念が根付いていた事を
意味するが、彼らは「商売」のプロフェッショナルではない。
それは武家も同じであった。
武家や農民達が現金を得ても、それを100%使い切る手段を
持ち得なかった。「重農主義」が彼らの概念であったからである。
対して、商人達はその重農主義から脱却し、物流経済を下地として
商業を展開していた。
商人達は、全国から集まった品々を都市部で高く売りつける方策を
身に付ける。言い方を変えるなら、如何に安く品々を農村部から
買い付けるか、という事であった。
毎日刀を差して歩く武家、毎日田畑を耕す農民が、毎日算盤を弾く
商人達に商売で敵うわけが無い。この国の経済は少しずつではあったが、
商人達が実質的な「主役」となっていった。 続く。
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