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私は相撲ファンだったりする。 |

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こんにちは、ゲストさん
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私は相撲ファンだったりする。 |
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ご飯にふりかけをかけて食べる。 |
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敗戦直後、米軍GIたちの娼婦だったという女性である。 その詳細は私はよく知らない。 10年ちょっと前まで白塗りの化粧で街灯に立ち続けた。 マスコミにも何度か取り上げられているので、それなりに知られている女性だ。 その「メリーさん」に私は一本の傘をお貸しした事がある。12年ほど前の事だ。 少々長い―それも駄文ではあるが―「メリーさん」との思い出を以下に綴りたい。 「メリーさん」はJR桜木町〜関内周辺や伊勢佐木町通り、馬車道界隈とその周辺の街々に現れた。 私は小学生に上がった頃から2年ほど前まで、その伊勢佐木町通りの一本裏の通りに 住んでいた。子供の頃から「メリーさん」を自宅周辺でよく見かけたのである。 いや、「メリーさん」の行動範囲内に自宅があったというべきか。 初めて「メリーさん」を見たのは小学生高学年の時だったであろうか。 白塗りのおばあさんを友人たちと見た。夕暮れ、遊びに出かけた帰りのことだ。 「うわっ、妖怪だ!!」と、皆で走って逃げた。本当に怖かった。 家に帰り母に話をすると、「メリーさんだね」と言う。 「そんなお化けみたいだなんて言っちゃダメよ」とたしなめられた。 「何で?」と聞く私に母は明確な答えをくれなかった。 やがて今の会社で働きだすようになって、だんだん「メリーさん」を 見かける機会が増えていった。それも帰宅時間が遅くなる夜にである。 学生時代は夕方に見かける事が多かったので「結構、遅くまで外にいるんだな」 と思ったぐらいだった。 私が23〜4ぐらいの時である。JR関内駅前の交差点。 その日も帰宅は遅い時間だったと記憶している。 その交差点で信号待ちをしていると「お兄さん」と声をかけられた。 声の方向に振り返る。と、そこに「メリーさん」がいた。 声を上げそうになる位驚いた。まさか、「メリーさん」から話しかけられるとは、 夢にも考えなかった。「何ですか?」と引き気味に問う私に「メリーさん」はこう言った。 「火、持ってないかい? マッチでもいいんだけど・・・」 私はタバコを吸わない。だからライターやマッチの類は持ち歩かない。 そう答えると「ああ、そうかい。ゴメンねえ悪かったね」そう言うと逆の方向へ 歩いて行った。何故か心臓がドキドキ波打っていた。 ところがその日から後、度々「メリーさん」と一言二言、言葉を交わす機会を持った。 私の自宅は前述したように繁華街の中である。「夜の商売」の店が並ぶ通りが 「通勤路」となる。そんな通り同士を繋ぐ細い路地。それらも私にとっては通勤路だ。 そんな路地に「メリーさん」はよく一人でたたずんでいた。大きなカバンを持って。 通りでふっと視線が合うことが度々。すると「何だか今日は暑いね」とか、 「荷物が今日は多くてね」など言ってくるのである。 最初私は無視した。子供の頃からの印象があるからか、20代半ばになっても 「メリーさん」が怖かったのである。いつも無表情であった事と 「一度声をかけた相手」とメリーさんが私を認識しているのかが分からなかった事も 理由の一つだった。 さらに数ヵ月の後。私は仕事で必要な資料を探すため色々と図書館巡りをしていた。 自宅から歩いて15分ほどの場所にある図書館へも行った。 その図書館は「野毛坂」と呼ばれる坂道の中ほどにある。 図書館のあたりで大きく左に蛇行し「野毛山動物園」へと続く坂道である。 その図書館では目ぼしい資料はなく、会社へ向かうため坂道を降りて行った。 仕事の事を考えながら道を下っていくと、なんと下から「メリーさん」が上がってくる。 大きなバッグを2つ両手で持って。すれ違う時に「メリーさん」と視線が合った。 「荷物が重くて嫌になっちゃうよ」 「メリーさん」はそう言った。いつもとは違い、はちきれんばかりの笑顔で。 「大丈夫?」思わず私は問いかけた。 「ああ、何とかなるよ」「頑張って」 白塗りの化粧に隠されたその素顔、初めて垣間見たような気がした。 それからしばらくの間「メリーさん」と会うことはなかったように思う。 その坂道で声を交わしてから随分と経った雨の夜のこと。 その日、日が落ちてきてから雨が振り出した。 「今夕から降る雨は明日の朝まで激しく降り・・・・」というラジオの天気予報は 珍しく当たり、会社から最寄りの駅までの間にジーパンはずぶ濡れになっていた。 関内駅で降り自宅へ。私の住んでいた家はビルの5階。階段で上がる。 その入り口は通りに面している。そこに「メリーさん」がいた。 階段脇の自転車置き場。そこにいつものように大きなバッグを持って立っていた。 「メリーさん」は私に「雨が止むのを待っていてね・・・」と言う。 だが今日の雨は明日まで止む事はない。このまま朝まで激しく降るはずだ。 「メリーさん、この雨は明日の朝まで止まないよ。ずっとこのままらしいよ」 「本当?困ったね」 よく見ると服は塗れていた。 「・・・メリーさん、この傘使う?」私は切り出した。 実は当時使っていた傘、そのほとんどが自分の物ではなかった。 母が経営している居酒屋。その店のお客さん達の忘れもの。 それが私の使っていた傘の正体であった。持ち主が現れない傘は母の手で 一定期間を経て我が家にやってきた。 その時に持っていた傘もそんな傘の一本だったのである。 だから、というわけではないが戻ってこなかったとしても別に構わなかった。 「いいのかい?」 「うん、俺はもう上に上がるだけだから。ちょっと大きいけどね」 「わるいね」 傘を渡すと、「メリーさん」は「もう少し待ってから行く」というので、 「気をつけて」と言い、私は階段を上がっていった。 その後、数回「メリーさん」を見かけたが話すまでには至らなかった。 それからどれくらい経ってからだろうか。 「メリーさんの行方が分からなくなっている」という噂を耳にした。 この数ヶ月どこにも見当たらないというのである。 新聞にも記事が掲載されたし、張り紙のようなものを見たような記憶もある。 以降、「メリーさん」は本当にどこにも姿を見せなくなった。 それから10年とちょっと。もうすっかり忘れていた「メリーさん」の事を 思い出させてくれたのは会社でつけているラジオから流れた声。 「ヨコハマメリーさんをみなさんは御存知ですか?彼女の映画が近々公開・・・」 「メリーさん、映画になるんだ・・・」 仕事をこなしながらラジオから流れる声に耳を傾ける。 あの頃、漠然と思っていたことが再び頭の中をよぎった。 「メリーさん、俺の事を知っていたのかな?」という疑問である。 「メリーさん」と話したのは数回、それも片手では数え切れないが 両手を使うほどではない程度の回数でしかない。 それも、一方的にメリーさんから話しかけてくることばかりで、 そこに前に会ったときから続く連続性のある会話はなかった。 「前にどこかで会ったね」 そんな事は互いに一度も言わなかった。 だが、あの雨の夜の後、道ですれ違う時に「この間は大丈夫だった?」と、 自分から問いかける事が出来たのだろうか? それは今もって分からない。
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「いらっしゃいませ、お待たせいたしました」 ピッ。 「お客様、こちらはお暖めいたしますか?」 「いえ、いいです」 「恐れいります」 ピッ。 「こちらの方のお暖めはどういたしますか?」 「いえ、いいです」 「恐れいります」 ピッ。 「お客様、こちらのサラダのドレッシングは別売りで、あちらの棚にございますが?」 「いえ、いいです」 「失礼いたしました」 ピッ。 「こちらのお豆腐はビニールにお入れいたしますか?」 「いえ、いいです」 「恐れいります」 ピッ。 「ビールは別の袋にいたしますか」
「いっしょでいいです」 「ありがとうございます」 ピッ。 「合計で○○○○円でございます」 「はい」 「お客様、5円ございますか?」 「ありません」 「失礼いたしました」 ゴソゴソ・・・。 「お箸は何膳にいたしましょう?」 「1本でいいです」 「恐れいります」 「お待たせいたしました、ありがとうございます。またお越しくださいませ」 便利なんすかね、コンビニ・・・。 |
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昨年より開設した「注型室日誌」を、現在展開している
ミクシイと併用します。 それに伴い、仕事関連の記事をミクシイへ、 それ以外の記事をこちらにします。 私のミクシイはこちらから入れます。→ http://mixi.jp/home.pl 少々時間がかかるかもしれませんが、よろしくお願い致します。 |
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