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4月24日(日)本日仙台塗装業組合員有志20名で、旧歌津町の被災者の皆様に突き立ての餅を100食分プレゼントしてまいりました。 9升のもち米をふかして、地元で摘んだよもぎをたっぷり入れた草餅、納豆餅、きなこ餅などををみんなで交代でついて食べてもらいました。 「まさか今ここでつきたての餅が食べられるとは・・・」と声を詰まらせる方も居て、おんちゃん久しぶりにジーンときたな。 軽トラックの荷台がテーブルだったけどみんなのニコニコ顔がたくさん見られてよかったよかった。 それにしても南三陸町、メチャクチャだな。津波の野郎!やりやがったな!覚えてやがれ、きっちり復興してやっからな。って感じだな。 今日はこれまで。
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ボランティア
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こう見えておんちゃんも『ボランティア』ってのをした事があるんだ。そんなボランティアの様子をちょっとだけ紹介しちゃうよ。
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昔々仙台市内をぐるぐる走っていたチンチン電車。仙台市電って言ったんだけど覚えてる人の方が少なくなったでしょうね。 おんちゃんは子供の時、泳ぐの大好きで友達と西公園の近くにあった仙台市民プールにしょっちゅう行ってたんだけどその時によく乗ったのよね。 今の仙台地下鉄北四番丁駅のところに二日町電停ってのがあって、そっから西公園まで確か子供料金は25円だったと思う。 その仙台市電が太白区富沢の地下鉄車両基地内にある仙台市電保存館ってところに2両展示してあって、昭和28年から廃止になる昭和51年までの23年間に渡って活躍したモハ100型と昭和38年製のモハ400型なんだけど仙台市民にはひじょーに馴染み深い電車なのよね。 話はちょっと飛ぶけどおんちゃんは宮城県塗装業組合青年部の「21世紀会」っていう組織に加盟していて、そのメンバーが市電保存館に見学に行ったんだけど、「何だか電車の色が違うんじゃないか?」ってことになったのよ。で、その21世紀会は毎年なんかかんかのボランティア活動をやっているんだけど、「今回はこの市電を元通りの色に復元してやろう」って事で話が決まったわけなの。もう10年も前の話だけどね。 早速交通局に申し込んだんだけど、どっから漏れたのかテレビだの新聞だのってマスコミ関係からの取材なんかが結構あって大騒ぎになっちゃったのよ。 H11年3月14日にいよいよその日が来たんだけど、いやいや、テレビの取材や新聞記者やら子供づれの見物人や、鉄道マニアなどなど、出店でも出そうかっていうくらいにぎわったのよ。 その時に新聞に載った記事がこれです。 終了後も反響が多くて、数日後再びNHKで生番組に出てくれ、なーんて言われて夕方のローカル放送でみんなで緊張しながら出演したことがありましたね。 苦労話としていうと、「色が違うっていうけど、昔塗装してあった色は、んじゃ何色?」って事で、各塗料メーカーに聞いたり市電のボディーの一部を削ってみたりと結構大変だったんだけど、結局はマニアの人が保管してた車両についている部品の一部の色がはっきりしていたので、「こっ、これだーっ」てことになったのよ。 調色って言う作業なんだけど白やら黒、赤、黄、青、等を当日その場でおんちゃんが混ぜて作ったのよね。 ウレタンっていう塗料でみんなでワイワイやりながら朝から夕方までかかって楽しくやりました。 電車好きな人や久しぶりに見てみたいって人は行ってみてね。 |
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