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15年前 朝6時に起きた私が TVをつけて一番に聞いたニュースが 「兵庫県で大きな地震があった模様です」 その少し前に 東北地方で地震が続いていて 東海地震が来ると10年以上 脅かされ続けていた静岡県民の私。 「お父さん、自身が通りすぎてっちゃったよ。」 なんて馬鹿な事を言って 旦那を起こした覚えがあります。 今朝は5時半に起きたので 6時46分から、 追悼集会のTV放送にあわせて 黙祷をささげました。 最近、我が家でも 家具を固定したり 窓ガラスに飛散防止シートを張ったりしている。 果たして私が生きている間に 東海地震が来るのかどうかも分からないけど 一応の備えはしています。
もう15年も経つのですね。そのころ大阪に友人が大学に通っていたので無事かどうか電話したのを今でも覚えています。ご冥福を祈りつつこの平穏な日々に感謝したいと思います。
2010/1/17(日) 午前 9:40 [ ほろり ]
今朝の新聞で今日がどんな日なのかを思い出しました。大変な経験をされた方の気持ちを思うと心が痛みます。そして同じような経験をすることになるであろう静岡県民にとっては忘れてはいけない出来事だと思います。
2010/1/17(日) 午前 9:46
ほろちゃん 中学生以下の子供たちは震災を知らずに育ってるんですよね。 大人だった私は燃えている町を忘れられません。 静岡県民には他人事ではないのです。
2010/1/17(日) 午前 10:19
あおさん 本当に震災は忘れられませんね。 東海地震が来れば、私たちもあんな体験をするのだと思うと恐ろしくなります。 せめて震災後に備えての準備だけはしておこうと思います。
2010/1/17(日) 午前 10:20
ちょうどあの時、僕は京都の実家で寝てました。 なんと姉がその日に結婚式だったので、ホントバタバタしてたのを強烈に覚えてるなぁ〜。 地震は本当に怖いですね〜。
2010/1/17(日) 午前 11:49
震度7、5の一番揺れた所に当時も今も住んでます。あちこちで火の手が上がり、近所の家も崩壊。日本沈没かと思いました。我が家は、家具が倒れ熱帯魚の大型水槽が壊れて、壁には穴が開きました。今同じマンションに住んでます。地震の備えは今してません。非常持ち出し袋なんて笑っちゃいます。まず、動けません。自分の身一つ守れたら万々歳です。寝室には大型家具置かないくらいの注意で十分でしょう!
2010/1/17(日) 午後 2:36
日々是さん 京都でもかなりゆれたのでしょうか?
2010/1/17(日) 午後 2:50
おかあまさん そういえばおかあまさんは神戸でしたね。 さぞ怖い思いをしたことだと思います。 動けないんですね。 自分のみ一つ護るために、寝室には家具を置かないことにします。 でも、家の外に居たらどうなるんだろう? 30年も脅され続けていると、危機感が麻痺してる半面とても怖いと思うことがあります。
2010/1/17(日) 午後 2:52
もう15年になるんですね。 当時は小学6年生でした。 珍しく明け方に目が覚めて、寝れないでいるとすごく揺れて。 滋賀も結構揺れたので。 その日は1日中、学校のテレビがついていて、どんどん災害の凄まじさが伝わってきたのを思い出します。 初めて見る、神戸の街はまるで空襲を受けたようでした。 伊丹の高速道路が折れた直近に従兄弟たちが住んでいたので、家族全員でリュックに食料を詰めて持って行きました。
2010/1/17(日) 午後 3:23
ピグちゃん 滋賀もゆれたんですね。 私も一日中TV見てました。 どんどん被害の報道が大きくなっていくのが恐ろしかったのを覚えています。
2010/1/17(日) 午後 3:36
余談ですが、当時、被災した聾者はかなり苦労したと聞きます。 まず、ラジオは聞こえない。 救急車、消防車の音も聞こえない。 何が起こったのかもわからず、3日間生き埋めになった知りあいもいます。 被災地では潰れた家の外側からレスキュー隊員が声をかけて、返事が返ってきた所から救助活動をするのだそうです。 生きてる者優先って事ですね。 ところが、聾者は外側から声をかけられてもわかりません。 当然、返事もできません。 それで救助がかなり遅くなったようです。 また、その後も震災のニュースに字幕がつかず。 余震の続く中、ラジオもテレビも放送もわからず、情報がかなり遮断されたと。 全国の聾者から「せめてNHKのニュースだけでも字幕を」と要請がありましたが、NHKの回答は「今は健常者でさえも大変な状況、障害者の事まではできません」と。 つまり障害者はかまってられないと切り捨てられたわけです。 まだ日本は福祉後進国である事が、あの地震で浮き彫りになりました。
2010/1/17(日) 午後 3:54
ピグちゃん 静岡でも、防災の日(9・1)や阪神震災(1・17)が近くなると、防災関係の報道が増えます。 障害者の避難所での暮らしなども、考えられては居るようですが本当にうまく出来るのかは分かりませんね。 そもそもの生存確認から難しいと言う話は考えさせられます。 機会を見つけて地域防災の担当者にも話してみたいと思います。
2010/1/17(日) 午後 4:10
阪神大震災と聾者の問題を私なりに記事にしてみました。 ぜひ読んで下さい。 トラバさせて頂きます^^
2010/1/17(日) 午後 6:01
ピグちゃん なるべくたくさんの人の目に留まればと、記事を転載させてもらいました。 静岡は東海地震に備えて阪神の教訓を無駄にしてはならないと思います。 ありがとうございました。
2010/1/17(日) 午後 10:48
あれからもう15年もたつのですね。 時の流れと言うのは早いものです。 あの日、私は小学校6年生でした。 明け方に目が覚めて、何故か寝つけずにいました。 すると、地面から突き上げるような縦揺れ、その後は激しい横揺れ。 「地震だ!!」 身を守る術など知りません。 とっさに布団にもぐるのが精いっぱいでした。 学校では1日中テレビがついていて 災害の凄まじさを伝えていました。 初めて見る神戸の街は、まるで空襲を受けたみたいでした。 あの日、神戸の街で
2010/1/17(日) 午後 6:02 [ ピグさんは猫である ]
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もう15年も経つのですね。そのころ大阪に友人が大学に通っていたので無事かどうか電話したのを今でも覚えています。ご冥福を祈りつつこの平穏な日々に感謝したいと思います。
2010/1/17(日) 午前 9:40 [ ほろり ]
今朝の新聞で今日がどんな日なのかを思い出しました。大変な経験をされた方の気持ちを思うと心が痛みます。そして同じような経験をすることになるであろう静岡県民にとっては忘れてはいけない出来事だと思います。
2010/1/17(日) 午前 9:46
ほろちゃん
中学生以下の子供たちは震災を知らずに育ってるんですよね。
大人だった私は燃えている町を忘れられません。
静岡県民には他人事ではないのです。
2010/1/17(日) 午前 10:19
あおさん
本当に震災は忘れられませんね。
東海地震が来れば、私たちもあんな体験をするのだと思うと恐ろしくなります。
せめて震災後に備えての準備だけはしておこうと思います。
2010/1/17(日) 午前 10:20
ちょうどあの時、僕は京都の実家で寝てました。
なんと姉がその日に結婚式だったので、ホントバタバタしてたのを強烈に覚えてるなぁ〜。
地震は本当に怖いですね〜。
2010/1/17(日) 午前 11:49
震度7、5の一番揺れた所に当時も今も住んでます。あちこちで火の手が上がり、近所の家も崩壊。日本沈没かと思いました。我が家は、家具が倒れ熱帯魚の大型水槽が壊れて、壁には穴が開きました。今同じマンションに住んでます。地震の備えは今してません。非常持ち出し袋なんて笑っちゃいます。まず、動けません。自分の身一つ守れたら万々歳です。寝室には大型家具置かないくらいの注意で十分でしょう!
2010/1/17(日) 午後 2:36
日々是さん
京都でもかなりゆれたのでしょうか?
2010/1/17(日) 午後 2:50
おかあまさん
そういえばおかあまさんは神戸でしたね。
さぞ怖い思いをしたことだと思います。
動けないんですね。
自分のみ一つ護るために、寝室には家具を置かないことにします。
でも、家の外に居たらどうなるんだろう?
30年も脅され続けていると、危機感が麻痺してる半面とても怖いと思うことがあります。
2010/1/17(日) 午後 2:52
もう15年になるんですね。
当時は小学6年生でした。
珍しく明け方に目が覚めて、寝れないでいるとすごく揺れて。
滋賀も結構揺れたので。
その日は1日中、学校のテレビがついていて、どんどん災害の凄まじさが伝わってきたのを思い出します。
初めて見る、神戸の街はまるで空襲を受けたようでした。
伊丹の高速道路が折れた直近に従兄弟たちが住んでいたので、家族全員でリュックに食料を詰めて持って行きました。
2010/1/17(日) 午後 3:23
ピグちゃん
滋賀もゆれたんですね。
私も一日中TV見てました。
どんどん被害の報道が大きくなっていくのが恐ろしかったのを覚えています。
2010/1/17(日) 午後 3:36
余談ですが、当時、被災した聾者はかなり苦労したと聞きます。
まず、ラジオは聞こえない。
救急車、消防車の音も聞こえない。
何が起こったのかもわからず、3日間生き埋めになった知りあいもいます。
被災地では潰れた家の外側からレスキュー隊員が声をかけて、返事が返ってきた所から救助活動をするのだそうです。
生きてる者優先って事ですね。
ところが、聾者は外側から声をかけられてもわかりません。
当然、返事もできません。
それで救助がかなり遅くなったようです。
また、その後も震災のニュースに字幕がつかず。
余震の続く中、ラジオもテレビも放送もわからず、情報がかなり遮断されたと。
全国の聾者から「せめてNHKのニュースだけでも字幕を」と要請がありましたが、NHKの回答は「今は健常者でさえも大変な状況、障害者の事まではできません」と。
つまり障害者はかまってられないと切り捨てられたわけです。
まだ日本は福祉後進国である事が、あの地震で浮き彫りになりました。
2010/1/17(日) 午後 3:54
ピグちゃん
静岡でも、防災の日(9・1)や阪神震災(1・17)が近くなると、防災関係の報道が増えます。
障害者の避難所での暮らしなども、考えられては居るようですが本当にうまく出来るのかは分かりませんね。
そもそもの生存確認から難しいと言う話は考えさせられます。
機会を見つけて地域防災の担当者にも話してみたいと思います。
2010/1/17(日) 午後 4:10
阪神大震災と聾者の問題を私なりに記事にしてみました。
ぜひ読んで下さい。
トラバさせて頂きます^^
2010/1/17(日) 午後 6:01
ピグちゃん
なるべくたくさんの人の目に留まればと、記事を転載させてもらいました。
静岡は東海地震に備えて阪神の教訓を無駄にしてはならないと思います。
ありがとうございました。
2010/1/17(日) 午後 10:48