南無南無・ニ拍手

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改めてお正月らしく

焼津市和田浜からの初日の出です。
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海面に群れ飛んでいるのは
カメラの異常ではなく
 
鵜の大群です。
鰯の群れでも泳いでいるのか
たくさん集まってました。
 
イメージ 2浜では、いくつものグループが
たくさんの大きな焚き火を焚いて
まだ暗い水平線を眺めて
初日の出を待ちます。
 
野球のスポーツ少年団の子供たちと
その保護者の皆さんは
カセットコンロにおなべをかけて
子供たちに豚汁を分けてました。
 
 
 
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中学生の中には、こんなつわもの達も居ました。
最初に入ってたのは、女の子たち。
男の子たちは、ビール片手のおじさんたちに
はやし立てられて、恐る恐る・・・。
でも、おしまいには泳いでましたけどね。
 
この後、焚き火で乾かしてたけど風邪ひかなかったかなあ?
 
イメージ 5
やっぱり、一応、
 
富士山?
 
少しかすんでたけど
ちゃんと形は見えました。
 
伊豆半島も見えたんですよ。
 
天気予報が外れて
ラッキーでした。
 
イメージ 6帰りには初詣に
 
焼津神社に寄りました。
 
御祭神は日本武尊
 
8月12日・13日の荒祭りは
にぎやかですよ。
 
 
 
この後、家に戻り
 
御節を並べ、お雑煮を作っているところに
中学時代の同級生たちと
年越しをして、初詣を済ませた姫が戻ってきて
若もたたき起こして(こちらは朝までPCで友達と話してた)
家族四人で、元旦の食事を囲みました。

抜けていくんです

昨日は旦那がお休みで
このところとことん元気をなくしていた私に
ドライブに行こうと言いました。
 
ただ、私は8時ころまで寝ていたし
それから朝食の支度や洗濯もしたので
時間的にそれほど遠くには行けない。
 
旦那が、豊川稲荷にしようと言い出した。
 
 
丁度12時ころに着いたので
食事の時間は空いてからにしようと
先にお参りをした。
 
本殿の前にも、大勢の人が並んでいる。
ざっと100人は居るんじゃなかろうか?
とにかく並んで、賽銭箱の前にたどり着いたところで
 
二礼二拍手一礼
 
そのあとは奥の院へ回り
霊狐塚に、以前借りて行った福銭を返して
賽銭を納め、新しい銭を借りてきた。
 
 
ところで、
境内に入ったところで
私に憑いている(と、私が思っている)キツネに
 
「清めてもらっておいで」
 
と言って、離れさせておいたのだけれど
境内に居る間は、肩と背が軽かった。
 
このまま置いて帰ったら楽になるのかと思ったけど
 
境内を出るときに、一応
 
「帰るよ」
 
と、声を掛けた。
 
 
そこから、ずっと、すごかった。
 
 
足の裏がむずむずして、
そこからリンパの流れに沿って
上に向かって何かが噴出していくんです。
 
そして、頭頂部からまるで磁界を描くように
広がっていくんです。
 
しばらくして、それが少しずつ静まってきたら
今度は、体中の所謂『ツボ』?
経絡とか、チャクラとか
いろいろな呼び方をするけど
そういう部分から
 
なんだか霧のようなものが抜けていきます。
 
信じがたいことでしょうね。
でも、夜お布団に入っても
その感じは消えなかったんです。
 
昨日家に帰ってから
夕食の支度をして片付けもして
お風呂の掃除もして
旦那のYシャツも6枚もアイロンかけをして
 
いつもなら疲れきってしまうだろうのに
なんともなく過ぎてしまいました。
 
で、今日は
とても体が軽くなっています。
頭もかなりすっきりしています。
 
 
キツネを置いてきてしまったのか?
それとも、聖域で清められてきれいなキツネが憑いているのか?
私自身が清められたのか?
 
とにかく、気分も体もとても軽くなっています。
 
 
 
ただし・・・・・
 
 
夕べ計ったところでは
体重は減っておりませんでした。
 
ちょっと残念です。
 
 
 
 
 
 

浄土真宗大谷派

旦那の実家の宗派です。
本家の座を義長兄夫婦に譲って
実家を出てしまったので
我が家にはご先祖の仏様は居ません。
 
でも、たびたび記事に出てくるように
本家が当てにならない!
 
そして、私の実家は
本来、分家で仏様は居ないはずなのに
事情があって、母方の位牌があり
当然仏壇に祀られていた。
 
だから私は、
毎朝、お茶とご飯を
仏前に供えるのが
当然の育ち方をしており
 
旦那のご先祖様の仏壇が
どんな扱いを受けているのかが気になって仕方がない。
 
とはいえ、実家を受け継いだわけでもなし
寺との付き合いまでやる義理もなし
 
せめてご本尊である
 
「阿弥陀如来立像」
 
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もちろん私のことですから
仏具屋さんなんかには行きゃしない。
 
骨董市にいつも仏像を持ってくるお兄さんに
阿弥陀様の立像で
このぐらいの大きさで
いくらいくらぐらいのものを
探して頂戴と頼んでおいて
2ヶ月目に気に入ったお顔の仏様に出会いました。
(その間に骨董市は5回ぐらい有ったんですよ)
 
 
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そんでもって仏壇も厨子もないから
花台に乗せて、同じく骨董市で見つけてきた木の台に
お茶とご飯を供えて(実はぐい飲みと猪口だったりする)
お花も飾って、お線香も立てて
 
南無阿弥陀仏
 
教義を知ってるわけではないし
浄土真宗にはもともとお経らしきものもない。
ただただ手を合わせて念仏を唱えている。
 
 
それでも、
歯医者さんでもらった薬を飲んでいるので
一応重なってもいいものだとは言え
たくさんの薬を飲みたくないので
坑鬱剤を控えている今の私には
 
ほんの少しだけど
救いになるんです。
 
 

53年ぶりのご開帳

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昨日、寒さを押して連れて行かれたのは

島田市の

天台宗 千葉山 智満寺



奈良時代から続く
由緒の有るお寺です。

開基は廣智菩薩
かの鑑真和上の法孫(孫弟子)に当たる方です。

その古さがお分かりでしょうか?


諸国を巡っていた廣智和尚
この山に瑞雲たなびくのに誘われて登山。
霊気の中で千手観音を感得します。

そのお告げによって
光仁天皇から行基作と言われる等身大の千手観音を賜り
この地に御祀りしました。


鎌倉時代以前
まだ伊豆に配流されていた源頼朝が
逃げ出してこの地に隠れていたことがあったとか。

将軍となってから諸堂を再建させます。
そのときの普請奉行千葉常胤の名から
千葉山と呼ばれるようになりました。

さらに時代は過ぎ

室町時代は駿河国守護今川氏が
その後は徳川氏が帰依し

現存の本堂は
徳川家康が寄贈したものだと言うことです。


今回は、本堂や仏像の回収費用を目的とした
特別なご開帳です。

千手観音像
弁才天像
不動明王像

いずれも重要文化財級の仏様ばかり。


本堂外の宝物庫には

一休禅師の書もありますし
義経の笛なんぞも・・・。

なかなか興味深いものが見られますよ。


2月3日までは毎日。
2月5日からは土、日、祝日。

島田駅からシャトルバスも出るようですので
お近くの方はぜひ行ってみてください。

餅撒き

初午祭りの餅撒きに行って来ました。

縁起物だから
ひとつでも拾えれば良いという私。

でも、世の中そんな人ばかりじゃない。
修羅の世界をのぞいてきました。

足元に落ちたものだけを拾っていたら
私の手の上に、横の人の足が伸びてきました。

思わず

「足かよっ?!」

叫んでましたね。


もちろん避けるついでに
お餅はゲットしましたけど。(笑)


収穫は4個。


帰り際に
知らないお年寄りに声を掛けられ
何個拾ったかと聞かれたので
4個だと答えたら

「数が良くないで一個やるよ。」

と、もらったので
5個になりました。

これって・・・人格?
それとも神仏のご加護?


神仏の下され物に足を出す人。
福を分けてくれる人。


世の中いろいろですね。

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