never dancing story
| おとぎ話、それは美しい物を想像させるが、実際悲しい出来事だけで伝えきれない人の心が美しく伝えているだけ。自分は悪くないという他人事の様な気持ちが人に語り継がれて行くのであろう。それが伝説という者だ! |
| そして、みんなが知っている魔女の言い伝えもそんな人の心から生まれて来たのかもしれない。彼女を燃やした火は今心の奥底に消されてしまった。しかしその光景を造った人間の心が今悪とされている。 |
| 魔女が悪か人が悪か? |
| それは誰も気付いてくれない小さな所で永遠の課題となるだろう。 |
| これは本当の様で本当でない話。 |
| でも、それを決めるのもそれぞれの気持ち次第なんだろう。 |
| どんな顔の心で聞くかは君次第、ただ笑い事だけでは済まされない岐路に今の文明が立たされている事は間違えない。今の文明がただのおとぎ話にならなければいいが・・・・。 |
| 「いつか問われるだろう。主よ、此の者達を導いてください。しかし、それでも解らない大馬鹿者は永遠の呪縛からも解き放たれる事のない罰をお与え下さい。」 |
| ある若者の言葉通り、devilfish(デビルフィシュ・イトマキエイ)となり海の中を何も釣れない永遠の釣針として彷徨う事になった神父のおとぎ話はここモルテの村から始まった。 |
| 今でもモルテで大事に崇められている大きな森。この森があるとないとでは村の事情もかなり変わっていく、なぜなら森を超えるとその先にはフィヨルドで削られた深い崖とどこまでも続く海が広がってる。先祖代々から守られてきたこの森のお陰で海から運ばれる北の冷たい風にさらされる事のない生活が送られる。時には火を起こし村の人々を温め、家の材料として人々の新しい生活を祝福し、生活だけではなく家の高さはこの森の背丈より低く作らなければいけないという決まり事や、日の沈む方角の森をしっかりと見つめ一日の終わりを感謝するという習慣にまで影響を及ぼす存在になった。 |
| 中世、ここには笑いのないトーテンポールの丘がある。フィヨルドという偉大なる自然の力で偶然できた顔はどれも荒々しく、まるで目の前の海を象徴するかの様に長い年月が生み出した風化と浸食を顔のしわに刻んでいた。 4つの顔が見つめる海は荒れ狂う時もあれば波一つ立たない静かな表情を見せる時もある。しかし、ここ北アイルランド地方にはいつも冷たい風が運ばれている。海沿いに広がる苔の大地には何も生やさせまいとする大地の寒さに対する強情さを感じとり、少し厚着をした方が良いのではないかと心配になるほどだ。それでも、この何もない場所に来る男がいた。 |
| その男は苔の大地を渡り深い森を越えた所にあるモルテという村から足を運ぶ漁師で、彼はモルテ1の名物トォルーマンという大男でした。トォルーマンは週に一度片道半日近くある海まで歩き魚を釣ってくるのです。森に住んでいる村人にとって魚は貴重なタンパク源であり、何よりも好きな大好物でした。トォルーマンは五歳になる息子のマーマンを何よりも愛し、ときには5歳になるマーマンを肩に乗せ半日かかる道をあるいていく程、息子と同じ時を過ごす事を選びました。マーマンも釣竿の作り方、魚の種類について、その他薪割りから何から何まで優しく力強く教えてくれる父親が大好きでした。妻のベリンゼも夫トォルーマンの事を誰よりも愛し、村の人々、神父様でさへ「大きくなったらトォルーマンの様になるのだぞ!」と言って、その日釣ってきた魚を誉め讃えます。 |
| 小さな小さなマーマンでも父親に対するみんなの気持ちを感じ、小さな小さなマーマンだったからこそ父親がとても大きな存在に見えたのでした。 |
|