未公開小説(序章)

[ リスト | 詳細 ]


記事検索
検索

全1ページ

[1]

NEVER DANCING STORY /NO2
そんな小さなマーマンがトォルーマンに海に連れてってもらう時は、トォルーマンの大きな肩に乗り、ゆっくりと森の守り神に見つめられながら、トーテンポールの丘にある彼の魚場まで足を運ぶのでした。マーマンは誰よりも高く景色を見渡せるこの場所が大好きでした。そして、父親の肩の広さに誇りを持っていました。
”お父さんの肩は僕だけの物なんだ!”
と、周りの子供達にも自慢していましたから・・・マーマンにその事を言われた子供達は本当に羨ましそうでしたけれどもね。トォルーマンに「大きくなれよ〜〜」と、持上げられる時、どんな子供達もその高さに驚き、その持上げられた高さから見渡せる景色に心を奪われるのですから、しかし、どんな事があってもトォルーマンの肩に乗せて貰うなんて事は決してなありませんでした。だから、子供にとって、誰よりも高く見渡せるこの場所は特別な物だったのです。
そうそう、村の子供達と言えばみんなの遊び場”アンダーベル”、村の中心に置いてある大きな鐘。この鐘の存在を忘れる事は出来ません。モルテの村の守り神なのですからね。この鐘は宙吊りにされる事無く地面に置かれ、遠い遠い昔からモルテの地にある古代の鐘だそうだ。この鐘は村の男達が束になっても持上げる事が出来ず、今まで地から離れた事のない鐘として国中に伝わり、各土地一番の力持ちが自らの力を試したいと遠いこの土地に足を運ぶ程でした。まっあまりにも辺境の地と言う事で年に2・3人程度の来訪でしたが、それなりに名の知れた鐘だったのです。もちろん、トォルーマンも自慢の力を試してみましたが、この鐘の前ではモルテ一の大男の力であろうと、なんの役にも立ちませんでしたがね・・・。村の人々はこの鐘の音一度でも良いから聞きたいと願うのでしたが、村の長ジキルは言います。
「この鐘の音はいつも鳴っておろう。この鐘に集まってくる子供達の”笑い声”こそがアンダーベルの鐘の音じゃ、私が幼い時からそうだった。この鐘の周りにはいつも希望に満ち溢れた笑い声がある。素敵な鐘の音だと思わんか?」と・・・。
この鐘を持上げに来た国中の力持ちは、はるばる力を試しに来たのに、全く動かない鐘を目の前にして顔を下げて帰る人間はただ一人もいませんでした。いつもこの鐘の回りには子供達がいるからです。家族を大切にし、自分の村を愛し、モルテの景色を愛し、いつまでも笑顔でいる子供達を鐘よりも高く高く持上げると、鐘を持上げた気持ちになったからです。子供達は心から笑い、そして喜びました。
だから、国々の力持ちは自分達の村に帰ると、その国の人々に言うのです。
「アンダーベルは持上げる事は出来なかったが、素敵な鐘を持上げてきた」と、
その言葉を聞いて腑抜けになって帰ってきたとバカにする者もいましたが、心の響きを聞いた者にはその様なつまらない言葉は響かなかったのです。愛される素敵な鐘の音がこのモルテにはいつも響き渡っていました。

イメージ 1

NEVER DANCING STORY /NO1
クリックするとmusic[http://www.youtube.com/watch?v=GsgRjeNNSHs]

never dancing story
おとぎ話、それは美しい物を想像させるが、実際悲しい出来事だけで伝えきれない人の心が美しく伝えているだけ。自分は悪くないという他人事の様な気持ちが人に語り継がれて行くのであろう。それが伝説という者だ!
そして、みんなが知っている魔女の言い伝えもそんな人の心から生まれて来たのかもしれない。彼女を燃やした火は今心の奥底に消されてしまった。しかしその光景を造った人間の心が今悪とされている。
魔女が悪か人が悪か?
それは誰も気付いてくれない小さな所で永遠の課題となるだろう。
これは本当の様で本当でない話。
でも、それを決めるのもそれぞれの気持ち次第なんだろう。
どんな顔の心で聞くかは君次第、ただ笑い事だけでは済まされない岐路に今の文明が立たされている事は間違えない。今の文明がただのおとぎ話にならなければいいが・・・・。
「いつか問われるだろう。主よ、此の者達を導いてください。しかし、それでも解らない大馬鹿者は永遠の呪縛からも解き放たれる事のない罰をお与え下さい。」
ある若者の言葉通り、devilfish(デビルフィシュ・イトマキエイ)となり海の中を何も釣れない永遠の釣針として彷徨う事になった神父のおとぎ話はここモルテの村から始まった。
今でもモルテで大事に崇められている大きな森。この森があるとないとでは村の事情もかなり変わっていく、なぜなら森を超えるとその先にはフィヨルドで削られた深い崖とどこまでも続く海が広がってる。先祖代々から守られてきたこの森のお陰で海から運ばれる北の冷たい風にさらされる事のない生活が送られる。時には火を起こし村の人々を温め、家の材料として人々の新しい生活を祝福し、生活だけではなく家の高さはこの森の背丈より低く作らなければいけないという決まり事や、日の沈む方角の森をしっかりと見つめ一日の終わりを感謝するという習慣にまで影響を及ぼす存在になった。
中世、ここには笑いのないトーテンポールの丘がある。フィヨルドという偉大なる自然の力で偶然できた顔はどれも荒々しく、まるで目の前の海を象徴するかの様に長い年月が生み出した風化と浸食を顔のしわに刻んでいた。 4つの顔が見つめる海は荒れ狂う時もあれば波一つ立たない静かな表情を見せる時もある。しかし、ここ北アイルランド地方にはいつも冷たい風が運ばれている。海沿いに広がる苔の大地には何も生やさせまいとする大地の寒さに対する強情さを感じとり、少し厚着をした方が良いのではないかと心配になるほどだ。それでも、この何もない場所に来る男がいた。
その男は苔の大地を渡り深い森を越えた所にあるモルテという村から足を運ぶ漁師で、彼はモルテ1の名物トォルーマンという大男でした。トォルーマンは週に一度片道半日近くある海まで歩き魚を釣ってくるのです。森に住んでいる村人にとって魚は貴重なタンパク源であり、何よりも好きな大好物でした。トォルーマンは五歳になる息子のマーマンを何よりも愛し、ときには5歳になるマーマンを肩に乗せ半日かかる道をあるいていく程、息子と同じ時を過ごす事を選びました。マーマンも釣竿の作り方、魚の種類について、その他薪割りから何から何まで優しく力強く教えてくれる父親が大好きでした。妻のベリンゼも夫トォルーマンの事を誰よりも愛し、村の人々、神父様でさへ「大きくなったらトォルーマンの様になるのだぞ!」と言って、その日釣ってきた魚を誉め讃えます。
小さな小さなマーマンでも父親に対するみんなの気持ちを感じ、小さな小さなマーマンだったからこそ父親がとても大きな存在に見えたのでした。

A DUTY NO1

イメージ 1

picture nishijima ichiro ➚あっ!俺のスペル間違えた!まっ・・・どうでもいい事です!作品名「大罪」
クリックするとmusic[http://youtube.com/watch?v=FXo4dOwFd14]
私は序の章で言ったはずだ・・・。
「私の申しあげた事をなされば、死んだ私の父に誓って楽しいと思いますよ。もしそうでなかったら、私の頭を差し上げましょう!」
と・・・、殺し合った彼らは楽しんだはずです。
殺し合うまでの仮定こそが人の快楽であり、それを十分言い合ったのですから。
しかし、見つめなければいけない一筋の罠には掛からない人が多い様ですね。「殺し」は大罪には入らないという格言の罠に・・・。
「問題外」の領域だからです。
あまりにも抜けやすい罠には、時として掛かった方が良い時もある事を忘れないで欲しいものです、それが美しさを生むのですから・・・、
人の心は美しく在りたいですね。
御伽話・・・、
それは美しい物を想像させるが、実際は悲しい出来事だけでは伝えきれない人の心が美しく伝えているだけ・・・。
彼はそんな御伽話から人の悪を感じ取ったのかもしれません!
自分は悪くないという他人事の様な気持ちが人に語り継がれて行くのであろう・・・。
それが物語という者だ!
その精神は「ごう慢」(arrogant)の罪になるのです。
なぜなら、こうあって欲しいと言う気持ちが、「こうあるべきだ」という「詩人」の精神と同じ感情で働くのです。
「詩人」という者は、古人の感情をいかにも自分の考えの様にさらけだし、
その考え!又はその思考によって生まれた自らの作を半押しつける様に伝えるのです!
時には他人の精神にまで勝手に入りこもうとするだけでなく、その精神に影響を及ぼす!まさに
「ごう慢」(arrogant)の罪
に問われなければいけないのです。それが「詩人」の快楽なのですから。
しかし、彼は悪を伝える事によって彼が伝える事のできない最後の大罪がある事を印さなかった。
いや、記す事が出来なかったのでしょう。なので、私が軽く罠の様に話しておきましょう、
いつの時代でも罪を犯した人間を論ずる者がいる様ですが、安易な彼らは、それが・・・「殺しのやり方」を伝えているだけとはしらず、そこには「詩人」の感情とは別に「伝えたい」という
「貪欲」(greed)
と、「こうしたらもっと話が面白くなる」と言う
「詐欺」(swinding)
そう!嘘だけを追い求めてしまうのです!それは自らの考へとは別に世の中にあふれる野次馬に面白半分につたわり「商人」の感情で勝手に行動してしまうのです。
彼らのそれは「殺し」の仮定となる大罪の何者でもないのです。
その快楽の中で、チョーサーと言う人間が伝えきれなかった最後の罪!
それは、彼が物語の中で私を殺してしまった事から始まるのでしょう。それは彼のちょっとした美しき表現なのかもしれません・・・。
それは皆さんに対する「詐欺」(swinding)の罪に問われるのでしょう・・・。
「筆を持つ」という行為はいつもこの罪問われなければいけないのです。なぜなら、私は言ったはずなのです!
最後に生き延び
「人間は罪を犯す者だから、おのおのの罪を言い合って楽しかっただろう!」
と、いつの時代もまた同じく、殺されなければいけない「独裁」の罪を犯す者は、どこか影の中で支える人間がいるのでなかなか殺されない者なのです。彼ほど罪に対して意識を持った人間なら、
解っていたはずだ!
「独裁」の罪を試行する者は決して一人ではない事を!
そう!チョーサーは私の影の支持者のであり、その一人だったのかもしれませんね!

A DUTY NO2

イメージ 1

picture nishijima ichiro
これからの物語は「独裁」の罪を犯した者!その名声への憧れ、そこに私も入りたいという「貪欲」(greed)と「ごう慢」(arrogant)さ・・・そして「恨み」ならぬ、私が初めて持った
「後悔」(regret)
の話をしなければなりません・・・。それは
「怠惰」(idleness)
の罪を試行してきた私に対する、更なる罰なのかもしれない・・・
みんなが知っている魔女の言い伝えはそんな私の心から生まれて来たのかもしれない。
彼女を燃やした火は!今、心の奥底に消されてしまった。
しかし、今その光景を造った人間の心が、悪とされている。
魔女が悪か人が悪か?
それは誰もが気付いてくれない小さな所で永遠の課題となるだろう・・・。
「独裁」(dictatorship)
の罪を犯す人間が最も嫌う、くだらない罪!「詐欺」(swinding)の罪に問われない様に言っておきます。
これは本当の話ではない!
しかし!「最後の大罪」を犯す事をお許し下さい!
大罪の中でも、どんな事があろうと犯していけない罪
「憤怒」(angry)
によって皆さんが犯される事のない様になるべく気をつけて話したいと思います。
送達史の七つの罪でも書かれていましたからね・・・。
「怒りは七つの大罪のうちで大の罪だからね。天上の神も一番嫌われる事なんだ。怒りのために人を殺めた例が多いのだ。」
と・・・。しかし、どんな心の顔で聞くかはあなた次第。
ただ今の文明が笑い事だけでは済まされない岐路に立たされている事は間違えない。
「淫乱」(HONEY)
の大罪で構成されている今の文明がただのおとぎ話にならなければいいが・・・。
「いつか問われるだろう。主よ、此の者達を導いてください。しかし、それでも解らない大馬鹿者は永遠の呪縛からも解き放たれる事のない罰をお与え下さい。」
ある若者の言葉通り、devilfish(デビルフィシュ・イトマキエイ)となり海の中を何も釣れない永遠の釣針として彷徨う事になった神父のおとぎ話は
ここモルテの村から始まった。

開く トラックバック(1)

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事