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チャンネル桜を見ていたら、山村明義氏の新刊「神道と日本人」について紹介されていた。
やはり神道は日本人の心の故郷という感じがする。
神社を訪れ、参拝するとなんともいえない、すがすがしさを感じますね。
仏教寺院はまた独特の雰囲気があるのですが、これもまた、日本人の心を落ち着かせる場所になっている。
キャスターの高清水さんは、この本を絶賛されていて、日本人皆に読んでもらいたいと推薦されている。
この本は、旅のガイドブックとしても使えそうである。
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日本とは何か
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東京オリンピック 開会式入場行進 を見るたびに起こる感動は一体何なのだろうか。
林房雄さんの「大東亜戦争肯定論」なかの次の一節が、その原因の一つではないか、という思いがしてきます。
東京オリンピックの旗
たしかに日本は四つの島の中におしもどされた。
形は明治維新前そのままである。 だが、いかなる力も歴史そのものをおしもどすことはできない。 太平洋をとりまく島々と国々の姿は先に述べたとおり百年前とは全くちがっている。 敗戦条約調印後二十年を経た日本もすでに決して明治維新前の日本ではない。 はなはだ唐突に聞こえるかもしれぬが、この「おしもどし得ない歴史」の姿を、私は東京オリンピックの開会式と閉会式のテレビでまざまざと見た。
ここにひるがえった国旗は九十余、その三分の一近くは「大東亜戦争」後の新興国であり、これに中共、インドネシア、北ベトナム、北朝鮮の国旗を加えて考えれば、私の言いたいことは理解していただけるであろう。 これらの新興国のすべてを「大東亜戦争」の生んだ息子であるとは言わぬ。
それは後進諸民族のおのずからなるナショナリズムの成果であり、ソ連共産主義の反植民地主義政策も大いにこれを助けたであろう。 ただ無用な自己卑下をすてて言えば、あの「民族の祭典」においておどろくべき増加を示した新国旗は帝国主義と植民主義への弔旗であり、このことのために日本百年の苦闘が何物をも貢献しなかったとは、いやしくも歴史を読む者には言えないことだ。 民族の分化と独立、その再綜合はさらに続いてくりかえされるであろうが、この過程を通じてのみ、地球国家は徐々に形成されるのである。 ーーーーーーーーーーーーーーー
ところで、入場行進の後半でアメリカ選手団が入場してくるときに演奏されていたのが、有名な「旧友」ですね。
この行進曲もなかなかいいです。
この勇壮な行進曲を聞いていると、三島由紀夫さんの「暁の寺」の中の、次の一節を思い出します(笑い)。
日独伊三国同盟は、一部の日本主義者の人たちと、フランスかぶれやアングロ・マニヤを怒らせたはしたけれども、西洋好き、ヨーロッパ好きの大多数の人たちはもちろん、古風なアジア主義者たちからも喜ばれていた。
ヒットラーとではなくゲルマンの森と、ムッソリーニとではなくローマのパンテオンと結婚するのだ。
それはゲルマン神話とローマ神話と古事記との同盟であり、男らしく美しい東西の異教の神々の親交だったのだ。
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長渕剛の「昭和」、なかなかいいですね。
敗戦直後の焼け野原に立ち、七年間の占領下にあって、だれが今日の日本の「奇跡的復興」を予感し得たか?
私にはできなかった。 復活がもし可能だとしても、五十年百年の後だ。
罪なきわが子孫、わが国土のために、力の続くかぎり働こうと決心して、わずかに自分をなぐさめえただけであった。
そして、奇跡は起った。 占領軍撤退後十年を待たずに、日本は復活しはじめた。 これをアメリカの援助と朝鮮戦争のみに帰するのは短見である。 日本人は働き、抵抗した。 廃墟に生きて働くこと自体がすでに抵抗である。 日本人はそれぞれの立場と方法によって、四方八方に向かって抵抗した。 吉田首相も太田総評議長も、経営者も労働者も農民も、学者も教師も宗教家も文士も、警察官も自衛隊員も、すべての日本弱化政策に対して、働くことによって抵抗し応戦した。 林房雄著「大東亜戦争肯定論」より
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八月十五日が近付くと、歴史について考えたくなります。
イギリスの歴史家トインビーの歴史についての考え方を簡潔に述べている文章が、歴史の研究最終巻「歴史家の霊感」という巻にあります。
じっくりと味わいたいですね。
歴史家の視角
人びとは、なぜ歴史を研究するのか。
この問いを個人に即して言えば、本「研究」の筆者は何故、子供の時分から歴史を学び、今完結しようとしているこの本に三十年もの歳月を費やしたのか。 歴史家は天性のものなのか、それとも造られるものなのか。 歴史家はいずれも自己の経験に基付いてものを言うであろうから、この問いに対してそれぞれ独自の答えを持っているであろう。
「意見は十人十色」Quot homines, tot sententiae(テレンティウス「フォルミオ」第二幕第四場十四行)であって、各人が自分の意見を述べなければならない。 本「研究」の筆者個人の答えは、歴史家は、幸いに人生に一つの目標をもち得た他の人間と同じく、「神を追い求め、神を見いだすように」(「使徒行伝」第十七章第二七節)という神の呼びかけのうちに自己の使命を見出したのである、というのであった。 もしこの個人的な答えが読者に好意をもって迎えられるならば、それはまたおそらく、われわれが最初に掲げた問いのなかに暗に含まれているもう一つの問いに答える助けになるであろう。
われわれはいきなり、われわれは何故歴史を研究するのか、という問いから始めたが、まず歴史ということによって何を意味するか、ということを問うべきであったのである。やはり個人的経験から自分一個の意見を述べるにすぎないが、筆者は、歴史とは、誠実に神を追い求める魂の活動に於いて自己を顕示する神の姿ーーそれはおぼろげで、部分的なものではあるが、その限りに於いて紛れもなく真実の神の姿ーーを見ることであると答えたい。「神を見た者はまだひとりもいない(「ヨハネによる福音書」)」し、われわれの見るどんなに明瞭な姿も神の「断片的な光」にほかならないからにして、職業の数だけ異なった視角があり、歴史家の視角は、異なった才能と異なった経験をもつ魂が、「想像を絶して巨大なみわざ(ゲーテ「ファウスト」)」の異なった断片を通して見られる神の異なった部分的な姿を捉える、多くの異なった視角の一つにすぎない。歴史家の視角のほかに、天文学者の視角、物理学者の視角、数学者の視角、詩人の視角、神秘家の視角、預言者の視角、聖職者の視角、行政官の視角、法律家の視角、軍人の視角、船員の視角、漁夫の視角、猟師の視角、羊飼いの視角、農夫の視角、職人の視角、技術者の視角、医師の視角がある。このように列挙してゆけば何ページにも及ぶであろう。人間の職業は数多く、種々さまざまであり、そのおのおのが与える神の姿は狭く微かなものであるからである。歴史家の視角は、これら無数の視角のうちの一つにすぎないが、それは他の視角と同じように、人類の漸次的な実在認識に対して独自の貢献をする。 歴史の貢献は、人間の経験では六つの次元を示す枠のなかで進行する、神の創造活動のヴィジョンを与えることである。歴史的視角は、物理的宇宙が ”時間・空間” の四次元の枠のなかで遠心的に動き、地上の生命が "生命・時間・空間" の五次元の枠のなかで進化的に動き、さらに精神を賦与されて第六の次元に高められた人間の魂が、その精神的自由を宿命的に行使して、創造者に向かって、或いは創造者から離れて動いてゆくありさまを示す。
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The Liberty (ザ・リバティ) 2011年 09月号 のカバーストーリーは
「世界に誇る奇跡の日本史ーー亡国史観を斬るーー」です。
かつての愛国教団を亡国史観に侵された教団に変質させてしまった谷口雅宣氏への、大川氏からのメッセージとも受け取れますね(苦笑)。
雅宣総裁、少なくとも、宗教家を自認されるなら、歴史を現象的な面からだけでなく、霊的な視点から観なければダメでしょう、というようなメッセージが込められているのでは。
雅宣総裁の論理の詭弁性については、雅宣といふ字を見ると不快感を覚える者 さんが、詳細に分析してくれています。
それでは、大東亜戦争の本質とは何か?
幸福の科学の考えとして、「日米覇権戦争だった」と述べている。
なるほど、そういう一面もあったことは否めないだろう。
が、最も意識しなければならないのは、この特集のインタビューで、石平氏が指摘しているように、やはり、
「明らかに欧米の植民地支配者を追い出した戦争です。東南アジアの民族解放、独立につながった歴史的に大きな意味のある戦争です。」
という、意義だと私は思います。
この意義が抜けた歴史観は、この戦争の本質を捉え損なっていると思うのだ。
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