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西尾幹二氏が、三島由紀夫の檄文を分析しておられる。
三島由紀夫が日本人に訴えようとしたのは、憲法改正はもちろんであるが、さらに、核を持つ覚悟を持て、ということだ、というのだ。
私は、西尾氏のWILLの論文を読んで、なるほど、そういう読み方もあるのか、といろいろと考えさせられた。果たして、三島は日本の核武装を求めていたのだろうか。
宮台氏は三島は日本の核武装など求めていなかったと分析しているが、これは、コメント欄で批判されている。確かに、この宮台氏の考えは非常に決め付けが激しい。核武装については、もっと柔軟な考え方をしていたと思う。勿論、国防には武器だけでは駄目で、より重要なのは、国民の国防に対する考え方であり、精神であろう。この国を守るという確固とした決意がなければ、いくら高度な武装をしたとしても、それだけでは国は守れないだろう。
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諸悪の因 現憲法
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新年あけましておめでとうございます。
I hope 2011 will be the best year for you
チャンネル桜の新年討論会で日本の核武装が論じられました。
この中での、石平さんの話はなかなか衝撃的で、こんな話を聞かされたら、とてもではないがゆっくりと夜やすらかに眠ることもできません。
かつて麻原が第三次世界大戦が起り日本がアメリカを中心とする連合国の核で焼け野原にされてしまうと予言したが、なんだか、この予言が、石平さんの話を聞いていると、実現してもおかしくはないのではないか、と思えてしまう。それほど、不気味なのだ。ぜひ、石さんの話を聞いてほしい。
中国人の深層意識には、日本を消滅させてしまいたい妄想が渦巻いているらしいのだ。
日本核武装論に関連して、宮崎正弘さんのメルマガに非常に興味深い投稿がありました。
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読者の声 DOKUSHA―NO―KOE ドクシャノコエ どくしゃのこえ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ♪ (読者の声1)平成22年の憂国忌での西尾先生のご発言で謎が解けました。非常に信頼できる方から聴いたことではありましたがなぜか腹の底に落ちない、どこか違うという思いが頭から放れませんでした。 衝撃的な話ではありますが、話の主は誠実無比、頭脳明晰な方です。直接の関係者がすべてなくなった今、その意味することを残った我々が真摯に探究できるのでしょう。否、結論をださざるを得ない時がすぐそこにきています。 宮中では長年の習わしで、どんな方でも80歳を超えるとお勤めをやめることになっています。その例外として、真崎秀樹氏は昭和天皇の通訳を80歳を超えてからも、陛下のたってのご希望でお勤めになられていました。 ある日、部屋に陛下と真崎氏のみがいたとき、陛下は窓の方をみながら、「私がおまえをその歳になっても使っているのは、真崎大将の長男だからだ。私は今までに二つ間違ったことをした」とおっしゃられました。 私がその話を聴いたのは、真崎氏と親しい仲であり、その方自身陛下から非常に信頼された方からです。昭和40年ころ宮内庁の職員組合が宮中祭祀は公務ではないので手伝わないという決定をしたとき、民間人で手伝う人を選定することを委嘱された方です。どの程度、陛下がご信頼なさっていた方かわかると思います。 その方は、「二つの間違いの内の一つは、二・二六事件での処置である事は、陛下のお言葉から明らかである。もう一つは確かにはわからない。私はポツダム宣言を受け入れたことであると思う」といわれました。 私は、「大東亜戦争を開戦したことではありませんか」と言ったところ、「あの時は政府が既に開戦することを決めていた。政府が決めて了解を求めてきたら陛下は承認するしかなかった」とのお考えでした。 陛下を私などとは比べ物にならないほどご存知の方のいわれたことなので、ひとかけらの疑念はありましたが、そうなのであろうと思っていました。 しかし、西尾氏の発言でそうではないことに気づきました。 それは日本陸軍が研究していた原子爆弾の開発を禁止したことです。 結局、原子爆弾の惨禍にあったのは日本人だけだ。相互抑止が働いて、日本が爆撃されただけでそれ以降は使われなかった。それなら、日本が先に開発して実験だけすれば、だけも傷付かずに、あれほどの惨禍を日本人にもたらさずに終戦に持ち込めたはずだ。その想いが陛下をさいなみ続けていたのでしょう。 昭和19年の夏か秋ごろ、参謀総長が参内して陛下に「原子爆弾開発の目処がつきました」とご報告したところ、「お前たちはまだそんなものをやっていたのか」ときつくお叱りになり、開発中止となったという話が巷間にも伝わっています。 しかし一般にはそれは旧陸軍の人たちが自虐的に心の慰めのために作った嘘話であると信じられています。あの当時の日本の工業力では高純度のウラン235やプルトニウムを充分な量確保することは不可能であった、起爆装置の開発も無理だった、それに、開発した痕跡が残っていないというのが一般の認識です。 しかし私は、あの時点で日本の原爆開発は完成間近まで行っていたと確信いたしております。一つには、当時陸軍の参謀で陸軍大学優等卒業の方から以前、「昭和19年の夏に参謀長から新型爆弾が完成したので、これで戦争に勝てると聴いたが、12月にあれは陛下が使うなとおっしゃられたので使えなくなってしまった」と聴いたからです。 陸軍内のエリート人脈に属したその人には極秘情報が通常のチャネル以外から入ってくる。しかもその人は妄想や嘘話とは対極にある冷静かつ論理的な方です。 もう一つは、現在知られている2タイプの原子爆弾とは全く違うデザインの原子爆弾を作ることが可能であると私は考えています。そのデザイン自体は口外できませんが、当時の日本の工業水準でも十分開発可能であり、遥かに少ない量の純度のそれほど高くないウラン235を使って超小型の原子爆弾を作ることが可能なはずです。大規模な設備は不要なので、昭和19年の12月に開発中止になったのなら設備の痕跡を消すことは簡単であったことでしょう。 その方は、現行のウラン型原子爆弾を前提としてドイツから原子爆弾開発に十分な量のウラン235の提供を受けていたはずであると言われましたが、私は別のデザインのものであった可能性のほうが高いと考えます。 西尾さんもご指摘になられたように昭和39年の中国の原子爆弾実験後、日本政府の中でも原子爆弾開発の動きがあり、ドイツとの共同開発の協議があったことが明らかになっています。 私は、佐藤内閣の非核三原則は米国政府から強要されたものであると考えます。特に「持込ませない」は、米国政府からの、ドイツに提供するような核兵器を現実に配備しての防衛体制は日本に対してはとらないという、「防衛無責任体制」の宣言であり、米国政府から日本政府、日本国民への負の宣告です。 原潜等に積み込まないなどという幼稚な約束ではありません。そんなことはそもそも日本政府に検証不可能だからです。 佐藤総理はその意味を正確に理解していたからこそノーベル平和賞受賞演説の中で米国政府の反対を押切って「全世界の核廃絶」訴えたのでしょう。三島由紀夫もそのことを理解していた。そして佐藤首相は三島ならわかっていると知っていたからこそ、三島の自決を聞いて、「狂ったか」と叫んだのだと確信します。 昭和天皇、三島由紀夫、佐藤栄作、この三人は核拡散防止条約の持つ危険性を理解し、おそらく、この三人だけは理解していることをお互いに感じ取っていたのでしょう。当時表立って話すことのできないこのことを。 陛下は、昭和19年に開発を禁じたことを間違いであったとおもわれたのでしょうが、戦後にあるいは現時点で再度解発することを望まれていたとは私は言いません。しかし、この「昭和遺言」を知った以上なすべきことがあります。 それは昭和19年の時点でそれを使えば戦争に勝てる可能性が高いにもかかわらず、使わなければどのような惨禍が待ち受けていたかを知った上で敢えて核兵器開発を禁じたお方がいられたということです。 そしてそのお言葉を慫慂として受け入れた軍人がいたということです。日本がこれから軍備をどのようにしていくにしても、このことを核兵器を既に持っている国の国民と指導者、現在、開発中の国の国民と指導者、そして誰よりも日本国民自体が知り、心に刻み込まねばなりません。 それができない人間に平和を語る資格はありません。 (ST生、千葉) (宮崎正弘のコメント)驚き桃の木のお話でした。真実であるとすれば、有力雑誌のトップ記事ではありませんか。 さて今月の『WILL』の西尾幹二さんの論文は「三島由紀夫と核武装」です。これは憂国忌での西尾さんの発言をもとに大幅に加筆されたものです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー いかがでしたでしょうか。
この昭和天皇のご決断(?)についての紹介が、レコンキスタの鈴木邦男さんの憲法改正についての連載記事の中でされたことがありました。
鈴木さんはこの記事の中で、最後に次のように締めくくっておられた。
「僕も断言できないが、あってもおかしくない話だと思う。又、平和を祈念される天皇陛下の御意思はいつも変わらないと思う。開戦に至るまでも最後まで戦争に反対された。そのお気持ちは戦中も、戦後も同じだろう。
今の世界は確かに軍備によって平和が守られているだろう。だから九条を改正し、自衛隊を正式な国防軍にする必要があるかもしれない。ただ、そこに止まっていてはならない。さらにそれを経過点としながらも、将来の世界平和、軍備無き世の中について(今は夢想と言われようと)構想する必要はあると思う。
それが世界の平和を日々祈っておられる陛下の御心に応えることでもある。」
鈴木さんらしい理想主義が表れている文章ですね。
鈴木邦男さんのこのような理想主義、私が好きなところです。
それで、ST生さんの投稿がもし本当のことだとしたら、昭和天皇はご自身の原爆開発中止のご決断を最後に後悔されたということですが、真相はともかくとして、今、日本が目指すべきは、核を持つべきか否か、という議論を経て、いかにして核武装を実現させるか、ということでしょう。
私は、今回のハイレベルの討論会を聞いて、それを痛切に感じています。
谷口雅春先生は、軍備の必要性について次のように説かれている。
「私たちは、現象と実相とを混同してはならない。実相の世界は「既に御心の天に成れる世界」であって平和であり、そこには戦いは既に無いし、軍備も不要である。その「天に成れる平和」なる世界が地上に出現する過程においては、”虚無”又は”ニセモノ”のあらわれである無秩序を打ち倒して実相の完全さをあらわすための戦いが展開される。それを、実相哲学では”虚無”そのものの自壊作用といっている。聖書にも、仏典にも、その自壊作用としての戦争や転変地変や、人心のすさみ行く有様が預言されている。戦争が”虚無”の自壊作用として起るならばそれに対抗する準備も現象的には一応備えておかなければならないのである。」
「我ら日本人として」(111pより) |
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三島由紀夫氏を通して日本を考えようというテーマの憂国忌、主に森田必勝氏の志の継承ということが趣旨の野分祭が行われました。
私も、この時期になると、日本について考えることが多くなります。
このブログにも、宮崎さんのメルマがと、野分祭についての動画のURLを転載させてもらいます。
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 平成22年(2010)11月26日(金曜日) 通巻3146号 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 (本号は臨時増刊、明日から小誌、12月2日まで休刊です) *************************************** 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ♪ (ご報告)三島由紀夫没後四十年、「憂国忌」に1300名! 三島、森田両烈士の御霊安かれ、と厳粛な式典とシンポジウム **************************** 11月25日、九段会館大ホールにおいて第四十回追悼会「憂国忌」が開催され、全国から1300名が集った。開場の四時前にはやくも長蛇の列がつづき、受付は混乱をきたしたが、粛々と参加者はロビィの祭壇におまいりをすませ、また廊下に展示された珍しい写真パネルなどに見入った。 第一部鎮魂祭は、森田必勝烈士の実兄から寄せられたメーッセージ朗読から始まり、乃木神社神職による厳粛なる式典が進行、辞世吟詠につづき参加した発起人が玉串奉奠を行った。祭主は松本徹(三島文学館館長)、祭文を朗読した。その後、シンポジウム発言者、女優の村松英子さん、イタリアから駆けつけてロマノ・ヴィルピッタ氏、韓国から池東旭氏ら二十名近く、最後に全員を代表して九州から駆けつけた清水九大名誉教授とともに、参加者全員が起立、奉奠にあわせた。 第二部は「あれから四十年、日本はいかに堕落したか」と題したシンポジウム。井尻千男、遠藤浩一、桶谷秀昭、西尾幹二の各氏が登壇、司会は宮崎が担当した。議論は盛りあがり、時間切れとなったが、この模様は後日、雑誌に纏められる。また桜チャンネルで後日、放送される。またDVDが作成され、希望者に配られる予定。 閉会の辞は直木賞作家の中村彰彦氏。最後に全員が起立して「海ゆかば」を合唱した。 参加者は「心が落ち着いた、良い式典だった」「シンポジウムも中味が濃くて参考になった」「来年も参加したい」など思い思いを秘め、帰路についた。 ◎◎ ◎ ◎◎ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「憂国忌」DVDの予約を開始しました 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ♪♪ 憂国忌録DVD(二枚組)を実費頒布します @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 超満員となった「三島由紀夫氏没後四十年 憂国忌」の映像記録です。 DVD二枚組み 鎮魂祭(50分)の模様 シンポジウム(二時間)の全記録です! 代金は品物到着後、お振り込みでOKです。 ご希望の方は下記のメールアドレスに「憂国忌ビデオ」と入力の上、 m-asano@fujiya-camera.co.jp ・お名前 ・〒番号 ・ご住所 ・録画方式(下記参照)をお知らせ下さい。 今回のDVDには録画方式が二種類あります。 1.ノーマルDVD (一般的なDVDプレイヤーやパソコンで再生することができます) 2.フルハイビジョンDVD (ブルーレイ対応のDVDプレイヤーのみ再生可能です) ご注文の際には、ノーマルかブルーレイのどちらかをご指定下さい。特にご指定のない場合には、ノーマルDVDを送ります。 頒価は二枚セットでノーマルDVDが1,500円、ブルーレイが2,000円となります。 郵送料と振り込み手数料は弊会が負担します。到着後、同封されている郵便振込用紙にてお支払い下さい。なお、発送までに一ヶ月ほどかかります。 特記(1)このDVDは限定頒布ですので12月3日に締め切ります。以後の増刷はありません。 特記(2)「憂国忌」賛助会員の方で五口以上の御賛助をいただいた方には贈呈させていただきますので、お申し込みの必要はありません。 (メッセージ) 森田治
あの衝撃の日から四十年を迎えて、過ぎ去った日々が走馬燈のように瞼に点滅します。 弟が三島由紀夫先生と行動を共にして、自らいのちを絶って以来の日本はますます国の形を失っていくかのようです。 毎年、弟が憂国忌で祭られ、身内として感謝の言葉を述べたいところです。粛々として盛大なる会の成功を祈ります。 森田治 (もりたおさむ氏は元三重県議会副議長。勲四等。現在80歳、四日市のお宅に庭には森田必勝記念碑と銅像が建てられております)。 【野分祭】三島・森田両烈士の遺した憂国の情[桜H22/11/25]
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西尾先生がチャンネル桜で語っておられます。
西尾先生が解説文を書かれた仲小路彰(なかしょうじ あきら)の『太平洋侵略史』については西尾先生のブログで紹介されています。
まだまだ、大東亜戦争は日本の侵略戦争だという空気が支配的なのですが、このような本が復刻出版されることは喜ばしいことです。
私も、これからこの本を読んでみたいですね。
それにしても、西尾先生は良い仕事をされていますねえ。
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宮崎正弘さんのメルマガに次のようなお知らせがありました。
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松本徹先生『三島由紀夫を読み解く』がNHKテキストに
ラジオ第二放送で7月から9月放送のテキストです **************************************** NHKカルチャーラジオ『文学の世界』は、七月から九月が松本徹(文藝評論家、三島文学館館長、憂国忌発起人)が語りおろす「三島由紀夫を読み解く」です。 放送日は七月から九月 木曜日 午後八時半から九時 再放送は金曜日 午前1015−1045 なお写真十数葉を配した、松本先生執筆のテキストはNHKから出版されており、書店で買い求めることができます。 NHKカルチャーラジオ 松本徹 『三島由紀夫を読み解く』(857円) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
これはテキストだけでも買いたいですね。
生長の家との関連でいえば、↓の動画の中に、荒俣芳樹さんが出ていますね。
貴重な映像です。
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