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<キンツバを頬張った頬ぺたを牡丹餅(ぼたもち)で叩(たた)かれたような>。思い浮かべて笑ってしまう▼和菓子のキンツバをむしゃむしゃと食べているところを牡丹餅だろうと叩かれれば痛いが、うれしさや楽しさを表現する例えである。劇作家の井上ひさしさんの『国語事件殺人辞典』の中に出てくる▼叩かれても幸せということがあれば、なでられてもかえって悲しい、苦しいということもある。がんばれ。そんな声をかけられても、もう十分にがんばっている人、どうがんばればいいのかと悩む人には痛みにもなる▼「俺はこの目で見たものを覚えてることができるし、忘れることができるんだ」。劇作家の飴屋法水(あめやのりみず)さんの『ブルーシート』(白水社・四月刊)。福島県立いわき総合高校の生徒によって同校で上演された。被災者の心の奥底に切り込んだ作品は今年の岸田国士戯曲賞を受賞した▼「忘れることができるんだ」にはっとさせられる。被災者、被災地を忘れてはならないが、被災者の中には覚えていたくないこと、触れられたくないこともあるだろう。被災者ではない人からの「忘れないよ」という言葉は時に空虚に聞こえているのかもしれない▼ブルーシートは昔、オレンジ色だった。一九六〇年代前半、業界内の話し合いでブルーにしたそうだ。空の色。さわやかな色。それでも被災地では冷たく見えてしまうことがある。
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