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ポカラはここまで。 ポカラから、カトマンズへ飛ぶ。 丁度、翼の真横の席で、プロペラの音がうるさい。 窓側の席で、外を眺めていると、あの、日本人が初登頂に成功したマナスル(8156m)が見える。 ラッキーである。 1時間30分のフライトを終え、カトマンズに到着した。 初日に泊まったホテルヒマラヤに荷物を預ける。 今日でこの旅も終わりなのである。 半日、カトマンズでどこに行こうか。 パシュパティナートへ行こう。 パシュパティナートはネパール最大のヒンドゥー教寺院である。 インドのバナラシ、ガンガー(ガンジス川)流域のガート(沐浴場)では、火葬が見られる。 遺体を薪で燃やす儀式である。 それと同じ光景を、パシュパティナートでも見られるという。 バナラシでは禁じられている(らしい)、写真撮影も、ここでは許されているという。 タクシーを拾って、向かうこととする。 途中、野良牛が道路に横たわっているのを見た。 インド同様、ここでも牛は聖なる動物。 街中を多数の野良牛が徘徊しているのである。 パシュパティナートは小さなバグマティ川の傍らにあった。 このあたりには、いくつかの寺院が集合している。 バグマティ川に掛かる橋の両脇に火葬ガートがあり、火が焚かれている。 薪はまだ燃え始めたばかりであり、その上に燃やす対象の物体が置かれている。 遺体だろうか。 同行のT氏がつぶやいた。 「足が見える」 私には見えなかった。 やはり遺体のようである。 その近くで、遺族の人であろうか、十数人の人が燃え尽きるのを見守っている。 人が燃える瞬間を見ているにもかかわらず、実に淡々としている。 人の生死には大きな意味など無いのかも知れない、この大きな地球の中では。 人も単なる物体の一つに過ぎない。 この意外と日常的な光景を見ていると、そんな思いにとらわれてしまう。 しばらく、火葬場を見ていたが、大きな変化が無いために、いくつか周辺の寺院を回る。 (パシュパティナート寺院には、異教徒は入れない) 見せるための寺院ではない。 信仰のための寺院だな、と感じた。 再び火葬場に戻ると、火は消えかけていた。
すでに骨は取り去られた後なのだろうか。 灰は、バグマティ川に流すという。 (つづく) |
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(写真3)←シービーさんがいるのかとおもったら、牛だったわ・・・(大笑)
こんな風に火葬するんですね・・・・・・・。
2008/2/14(木) 午後 10:17
まきの上に遺体を置くってなんか、映画などの話かと思えるから、不思議です。
2008/2/15(金) 午前 9:14 [ mas ]
火葬には3回しか行ってないけど、いよいよ焼かれる時に本当にお別れだなぁ・・・って悲しくなって、お骨を見た時にあきらめ感があったなぁ・・・
2008/2/15(金) 午後 3:05
さゆっぺさん。
我が物顔、マイペース、周りを冷や冷や(寒ーく)させるところが似てますね。
そうなんです、薪で焼くのです。
人間も、自然の一部なのですね。
2008/2/16(土) 午前 0:17
マースマスさん。
素朴ですね。人の死というのがとても身近に感じられます。
そして灰を川に流すことによって、自然と一体化できるような気がします。
2008/2/16(土) 午前 0:22
さくらさん。
恐がりなので、人を焼くところは見たくないし、残った骨も見たくはありません。
他人の骨は別ですが。
2008/2/16(土) 午前 0:24
従姉も見たと言ってました。
日本のお葬式で見る湿っぽさは一切ないと言っておりましたねぇ。
2008/2/16(土) 午前 5:48
さゆっぺさん、インゲンさんお二人で盛り上がってまちゅね。
私は、可愛いクマさんですからね。野良牛君より威厳がありませんが。威厳ですよ、インゲンではありませぬ。
ヒマルツリ、ヒナマツリかと思っちゃいました。
2008/2/16(土) 午後 9:21
シンディさん。
そうなんです。普通にたき火を見ているような感じなんです。
関係ない私が、遺体が見えたらどうしようと、ドキドキしていたのと良い対照でした。
慣れているのでしょうかね。それとも死生観の違い?
2008/2/16(土) 午後 10:21
シービーさん。
すみません。お忙しいのに、陰で悪口三昧でした。
クマが道に横たわっていたら、車はかまわず尻尾を踏みつけて通ることでしょう。
ニャロメの友達のケムンパスもいます。
2008/2/16(土) 午後 10:22