流浪の旅

御無沙汰してます。元気ですよー。(2013.3.23記)

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(写真1) ウビン島 船着き場
(写真2)   パパイヤの木(?)
(写真3〜4)   ジャングル
(写真5)   昼食
(写真6) シンガポール中心部 楽屋裏の踊り子達?
(写真7)   大道芸人
(写真8)   デパート
(写真9)   夜のチャイナタウン


●最終日 シンガポールのウビン島

ホテルに朝食が付いておらず、近くのビル地下1Fのホーカーズ(集合屋台)でLAKSA(ラクサ、マレーシアのラーメンのようなもの)、白花蛇舌草水(どくだみ茶のようなもの)をいただく。

街歩きは少々辟易しており、足の調子も悪かったので、マレーシア国境に近いウビン島に渡ることにする。
セントーサ島に渡る者は多いだろうが、ウビン島に渡った日本人は皆無ではないだろうか。
それほど、無名な島である。

MRT(地下鉄)でタンピネス、バスでチャンギビレッジに行きボート乗り場を小一時間かけて探し出す。
ボートは、ウビン島行きの客が10人以上集まった時点で出発。
地元の高校生が多く、生活のために使っている思われる人も乗っていた。

ウビン島の港近くでは食堂とレンタバイク屋がたくさんある。
ママチャリを借りて島を巡ることとする。

走ってみると、ウビン島は自転車用の道のついたジャングルであった。
島にはヤシ、バナナ、パパイヤ、ジャックフルーツの木等が生い茂る熱帯雨林であり、新鮮である。
昔のマレー半島もこうだったと思わすに十分な景色を満喫出来る。

中国系の食堂で、シーフードチャーハン、ニガウリのスープ(これは絶品)、山猪の焼き肉、タイガービール等をいただく。
サイクリングの後のビールはうまい。

再度、見残しルートを回り、船着き場に戻る。
ウビン島もリゾート開発が進んでおり、数年後には大きく変化しているだろう。
今のうちに行っておいてよかったのではないか。


MRTでアウトラムパークに行く。
途中MRTの中で、私の持っているカメラに興味を引かれたシンガポールの女の子が声をかけてきた。
タレントの永作博美似の美人さんである。

ボーイフレンドと一緒であった。
女の子は日経ウィークリーのライターで、男は東急デパートに働いており、クラッシックカメラに興味があるのだそうだ。
キャノンとニコンと中国のシーガルを持っているという。

今日はその子の誕生日で、これからお祝いの食事に行くのだそうだ。
「へえ、それはおめでとう」と言って、女の子と握手すると。
恥ずかしそうにしていた。
とてもかわいい女の子でもう少し話していたかったが、日本に来ることがあれば案内するよ、と言って別れた。


ホテルに戻り、タクシーでチャンギ空港へ。
バスでは何時間もかかると脅かされたためである。

空港で食べたカレーはマイルドなものになっており、日本と変わらない。
もう、あの騒がしかった、東南アジアを脱してしまったかのようである。

マレー半島縦断1900kmの旅はこうして終わった。



●旅を終えて

久々のアジアは期待通りの面白さであった。

飯は美味いし、何もしなくとも向こうから関わりを求めて人がやってくる。
それを適当にいなしているうち一日が過ぎてしまう。
短い間ではあったが色々な人に出会うことができた。

バックパッカーたちと触れ合え、旅の考え方が少し違うのに気づかされた。
彼らは安さや、有名な観光地に行かないことを自慢する傾向にあり、旅を自ら狭めているような気がした。
ただ、彼らのように、もっと不自由な旅をしてみたいと考えている自分があることも事実である。

マレー鉄道の旅もよかった。
飛行機では味わえない旅情が味わえた。
日本ではまず乗ることの無い夜行列車が良かった。

バンコクは期待以上だった。
怪しいタイ人と触れあえて、本当に面白かった。
まだタイはほんの一部しか触れていない。
もう一度近いうちに訪れたいものである。

                                          (終わり)

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(写真1)   シンガポール行きの列車の中で
(写真2) シンガポール ズジャオセンター
(写真3)   ズジャオセンターのホーカーズで食事
(写真4)   原色の服の店
(写真5)   人力車
(写真6)   マーライオン
(写真7)   マーライオンの前と後


●第7日目 シンガポールへ

早朝、2等車でシンガポールへ向かう。
出国審査は車内で、入国審査はジョホールバルで一旦降りて行う。
ジョホールバルでマレーシアリンギを小銭ごとシンガポールドルに交換。

鉄道駅からタンジュンパーガーまでバスで移動し、MRT(地下鉄)でタンジュンパーガーからサマーセットへ移動する。
Hotel Phoenix Singapore 1528号室にチェックイン。
室内にNECのパソコンが置いてある。但し有料である。

バスでズジャオセンターへ行く。
ここは、今までで見た最大規模のホーカーズ(集合屋台)がある。
昼食に、黄色いキシメン(のようなもの)、薄揚げせんべい、ビールをいただく。

服屋の服がどぎつい色だ。

バスでリトルインディアからオーチャードへ移動。

香港並みにエスカレータが速い。

MRTでラッフルズシティへ。
マーライオンを見る。
6m位のかわいいものだ。

シンガポールは2階建てバスと、大きな広告板を屋根につけたタクシーが多い。

MRTとバスを乗り継ぎナイトサファリへ行く。
ナイトサファリでは乗り物と徒歩との両方で回る。
鉄格子無しに猛獣を飼える、そのしくみがわからない。
獣の泣き声が近くでするとさすがにぎょっとする。

バスでホテル近くに戻り、インド料理を食べる。
ナーンとマトンカレー。

今日は、何の事件も起こらなかった。平和な一日であった。

                                          (つづく)

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(写真1)   スターLRTという高架電車
(写真2)   チョーキットの屋台風の店
(写真3)   チャイナタウンからペトロナス・ツイン・タワー(双子のビル)を見る
(写真4)   ドライフルーツ(?)の店


食後、チャイナタウンにあるセントラルマーケットへ戻り、鉄道駅裏の国立回教寺院を見る。

ここで、寝台車で一緒になった20歳のOLにばったり会う。
遠目でも分かるX脚ですぐ分かった。
マレー半島縦断の旅をする者の行動パターンは、皆同じなのだろうか。
少し話をして、その場で別れる。

博物館等を見る。
このころ、足の裏が腫れ、アキレス腱が痛みを訴えていた。

鉄道駅の中のファーストフード店で休憩とする。
Sarsi(サーシ、湿布薬の匂いがする!)という飲み物を頼んだ。

すると隣のテーブルに座っていた太った女性が話し掛けてくる。
恐ろしくマレーシア訛り(?)の強い英語で、何を言っているのかなかなか理解出来ないのだが、おおよそ次のようなことを言っているようであった。

「私には日本人の娘がいる。
 父親は戦争で別れた(死んだ?)。
 君たちは日本人か。
 何歳だ。
 歳が近いな。兄弟だな。
 これから家に泊りに来ないか」

なんだか良く分からないが、そんなことのようだ。

年齢の近い日本人を兄弟という神経なので、娘というのも知り合いの娘という意味かもしれなかった。
面白そうだと思ったが、泊りに来ないかというのが気になった。

「ホテルに泊まるのか。
 そこはいくらだ。
 なに、100ドルもするのか。
 うちに来ればたったの8ドルだぞ」

何だ商売だったのか。
それにしても安い。

「君たち、日本語でなんかしゃべってみてよ。
 私は日本語が分かるよ。
 ははは」

本当だろうか。
何か我々がしゃべると「ははは」とうけてくれる。
意味のないことを言ったらどんな反応するのだろうか。

「たけやぶやけた」       「ははは」
「隣の客は良く柿食う客だ」  「ははは」

本当に理解しているだろうか。
本当はこういう話に乗ってみるのも旅の楽しみの一つだ。
危ない目にあう可能性もあるが、確実に想い出はできるだろうから。
しかし、もうホテルに金を払ってしまっている。
楽しませてくれた女性に礼を言って別れた。

バスでブキビンタンという繁華街へ行き、スターLRTという高架電車でサルタンイスマイルへ行く。
そこから歩いてチョーキットというマレー・インドネシア人街ともいわれる庶民の街へ行くが、高架工事で、あるはずの屋台は移動している。

晩飯を食べるが、どこにもビールを置いていない。
イスラムの不自由を感じつつ、MEE SOUP(中華そば)をオレンジジュースで食べる。

ホテルに戻り一風呂浴びた後、再びチャイナタウンへ。
夜店が並び、ここが、クアラルンプールの中で一番賑やかだ。

火を操る大道芸などがあり、楽しい。

中国料理屋に入り二度目の晩飯を食べる。
ここは、ビールが置いてあり、またカエル料理が置いてあった。
カエルは大好物である。
カエル料理と店の人の勧める料理を数品頼むが、来てみると大変な量で、カエルが土臭くおいしくない。
結局、大部分残す結果となってしまう。

                                          (つづく)

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(写真1)   裏路地
(写真2)   旧モスク(マスジッド・ジャメ)
(写真3)   旧モスク(マスジッド・ジャメ)
(写真4)   バツーケーブの猿
(写真5)   バツーケーブの外観
(写真6)   バツーケーブの内部
(写真7)   ツバメの巣のスープに見せかけたビール


●第6日目 クアラルンプール(マレーシア)へ


朝、品の無いロックで目が覚める。

誰だ、汽車にラジカセ持ち込んで、がんがん鳴らしているやつは。
我々の隣に陣取っている、白人バックパッカー集団がやっているものとばかり思っていた。
しかし、どうやら社内放送を使った目覚し放送だったようだ。
とても寝ていられない。

逆隣では、日本人グループがビデオ撮影。
アナウンサー付きと本格的。
どこかのテレビの取材かもしれない。

クアラルンプール駅に到着する。
明日のシンガポール行きの時刻を確認しておく。
日本で入手出来る時刻表から少し変更があった。


歩いてホテルへ向かう。
SWISS INN にチェックイン。322号室。

ホテル近くのチャイナタウンの屋台で朝食とする。
キシメン(のようなもの)にタマゴと魚のフライを乗せてもらって約200円。

セントラルマーケットで両替し、有料のトイレに入る。
町のトイレはすべてしゃがみこみ式で、トイレットペーパーは無く、別に付いた水道(シャワーになっているものが多い)で流すしくみ。
手で「大」を拭くらしいが、今でもやっているかは不明。

食堂でライチドリンクとスターフルーツのジュースを飲む。

旧モスク(マスジッド・ジャメ)を見る。
白大理石の床と幾何学的アーチが美しい。


バスでバツーケーブへ。

クアラルンプールでは最後までスマートにバスに乗れなかった。
どこかへ行こうとすると、バスを1時間ほども待たねばならず、非常に無駄が多かった。
また、お釣が出ないのでいつも損をしていた。

バツーケーブ行きがその始まりだった。
バツーケーブは洞窟のヒンズー寺院であり、200段以上の急な階段と猿がアクセントになっている。
そして、寺院が鍾乳洞の中にあるのが面白い。

昼食をとろうとするが、どこもビールを置いていない。
マレーシアはイスラムの国。
田舎に行くとアルコールは置いていないようなのだ。

ところが、ある店では、「ヌフフ、おぬしビールが欲しいのか」という風な目配せで、OKを出してくれた。

最初の1杯は、ジュースを入れる紙カップに入れて、出してくれた。
次の2杯目は、ツバメの巣のスープを入れる陶器のポットに入れて、出してくれた。
ひょっとすると、ものすごく悪いことをしているんだろうか。

                                          (つづく)

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(写真1)   バタフライファームにて
(写真2)   バタフライファームにて(クワガタだらけ)
(写真3)   昼食のMee Soup(中華そば)
(写真4)   コーンウォーリス要塞
(写真5)   売店
(写真6)   トライショー
(写真7)   ペナンの街
(写真8)   屋台
(写真9)   コムタタワーから見たペナンの夜景
(写真10)   コムタタワーから見たペナンの夜景 遠くに見えるのがペナンブリッジ


●第5日目 ペナン(マレーシア)観光

今日は、大事な用がある。

クアラルンプール行きの、寝台列車の切符を旅行会社に取りに行かなければならない。
場所が良く分からないため、タクシーを使って近くまで行く。
現地についても場所がわからなく、30分位うろついたが、結局、超美形のOLさんに教えてもらい、判明した。

こうして無事に切符を手にすることができた。
旅行会社の担当者は、日本人の上品なお姉さんだった。
旦那さんの仕事の都合で、ペナンに住んでいるとのこと。

「ところで、バターワースまでの寝台列車で2人組の男性旅行者を見ませんでしたか」。

聞けば、2人組はハジャイ (タイ)で別れて、一人は我々と同じ西回りの路線でパダン・ブサール(タイ−マレーシア国境)からマレーシアに入り、もう一人は東回りの路線でスンガイコーロクからマレーシアに入り、最後はシンガポールで落ち合うことにしていたらしい。
ところが、パスポートを互いに相手のものと間違って持ってしまい、マレーシアに入国出来なくなってしまったらしい。

一人からはこの旅行社に連絡が入って、事情が分かったのだが、もう片方との連絡が付かなく、どこで落ち合ってどうやってパスポートを交換したものか困っている、ということであった。

そういえば、我々の隣のベッドを使っていたのがその2人組(会社の先輩後輩という感じ)で、パダン・ブサールで「パスポートが替わっている!!」と言っていた若者が確かにいた。
しかし今となっては、どうすることもできない。
彼らはその後どうしたのだろうか。


ペナンといえばビーチ。
バスでバトゥーフェリンギの海岸へ行く。

時期的な問題であろうか、誰も泳いでいない。
リゾートホテルに付属しているプールで、白人と日本人が数人泳いでいる程度であった。
ビーチは思った以上に、きれいである。


バスでさらに西のバタフライファームへ。
バタフライファームは生きた蝶の博物館。
中は湿度がほぼ100%と、ウエットサウナのようだ。
蝶だけでなく、珍しい昆虫をたくさん見ることができた。

昼食はバタフライファーム近くの食堂で、Mee Soup(中華そば)、Kang Kong Sambalという野菜炒め、魚の甘酢煮、Anchorビールを注文する。
この旅では、ビールばかり飲んでいる。


バスでコムタ(街の中心)に戻る。

夕方、ジョージタウン海岸沿いのコーンウォーリス要塞へ。
ここはフランシス・ライト(旧東インド会社の船乗り)が18世紀末に初めて上陸して、街を建設した所である。
ペナン発祥の地というわけか。

隣のコタ・ラマ公園ではバスケットボールやセパタクロー(足だけを使うバレーボール)の練習している若者がいる。

夕日がきれいだ。


トライショー(自転車タクシー)を拾ってコムタに戻る。
乗るとき、5リンギを4リンギに値切る。
東南アジアでは値切らんとね、もったいないよ。


コムタタワー59階の中国料理屋で夕食とする。
マレーシア風ヤキソバ、マーボー豆腐、羅漢風ヤキソバ、羅漢風野菜炒め等を頼む。
羅漢風とはミックス野菜(トウモロコシ、ブロッコリー、にんじん、ピーマンなど)をメインとしたものであった。

ペナンブリッジを経由してバターワースに行けるはず。
そう思っていたが、そんなバスは出ていないという。
残念。

フェリーでバターワースへ戻り鉄道駅へ。

汽車に乗ると、又も寝台の上段であった。
今度は毛布も付いていない。
バターワースまでの寝台車に比べやや狭い感じ。
ただ、上段でも外が少し見えるのはありがたい。
朝の明かりで目が覚めるだろう。

                                          (つづく)

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