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(写真1) おみやげ カリンバ (写真2) サンバのCD 搭乗まで時間がない。 買い物もそこそこに搭乗ゲートに向かうが、そこはCloseになっており入れない。 時間を間違えたか、ゲートを間違えたか? 近くの女性職員に聞くと、英語が出来るかと逆に聞かれる。 「少し」と答えると。 あれを見ろと言い、モニターを示すだけで、何の説明もない。 そうして、女性職員は4人で集まって元の話で盛り上がっている。 感じが悪いなと思いながらも、モニターを見ると確かにゲートが変更になっている。 今度はゲートの場所がわからない。 別の職員に聞くと、君は英語が出来るか、ならあれを見ろと言うことで、同じモニターを示される。 ここはこういうやり方なのか。 どうやら一度上のフロアーに出てからまた下に降りて...というややこしいコースらしいことがわかった頃は、もう出発時間が迫っていた。 ひょっとすると呼び出しのアナウンスが入るかもしれないな。 と、そのとき女性職員が、帰りの飛行機**便に乗る予定の人いませんかと、回ってくる。 あ、私そうです。 そしてそれは私たちだけではなかった。 私も私もと、10人ほどが名乗りを上げたのだ。 職員の先導で裏道を通って目的ゲートまでショートカットする。 これでなんとか間に合った。 着いたゲートにはまだ飛行機MD−11は来ていない。 遅れているようだ。 待つこと30分。やっと飛行機がゲートに横付けされる。 飛行機に乗り込んでみると、我々の席は女性2人によってすでに占拠されていた。 チケットを見せてもらうと。 確かに我々の席と同じ番号だ。 スチュワーデス(キャビンアテンダント)に申し出ると、ちょっと待っているように言われる。 機内のじゃまにならないところで、じっと立って待つ。 ひょっとすると、ビジネスクラスの席が空いていますからそちらへどうぞ、なんて言われるのではないだろうか? 楽しみである。 再び待つこと約30分。 スチュワーデスはエコノミーのある乗客に話しかけている、乗客は立ち上がり荷物を持って前へ。 こうやって2人分の空席を作り、ここへどうぞと言う。 彼らはどこへ?疑問を残しつつ確保された席は、5人掛けの真ん中と最悪の席。 ビジネスクラスは夢と消える。 オーバーブッキング(キャンセルを見越して多めに予約を受けつけた結果、席がない事)は何度か経験したことがあるが、ダブルブッキング(一つの席に2人の乗客が割り当てられる事)は初めてだ。 リオ発、ロス行きの飛行機であるが、まずサンパウロに停まり、ここで全員降ろされる。サンパウロではもう日が変わっていた。 ●第10日目(1月5日) まだ飛行機内 サンパウロを発ったのは1時間遅れくらいだっただろうか。 同じ飛行機の同じ席に戻り、窮屈な思いをしてロスへ向かう。 トランジットのため、ロスでもいったん降り待合室で待つ。 しかし、ここでも遅れが発生した。 原因は分からない。 あまりに遅れたため、航空会社から空港で待つ乗客に軽食が出る。 このとき食べる元気もなかった。 ロスの空港では 「空港内での募金は、空港とは全く関係ありません」 「募金をする必要は全くありません」という放送が頻繁に流れている。 その声質や場内のエコーが、ものすごく未来的な感じを醸し出しており、まるで、映画「ブレードランナー」や「トータルリコール」の世界のようであった。 さらに遅れること3時間。 ようやく日本に飛んだ。 今度は、席ががらがらであり、自由に席が選べるようになっていた。 ●第11日目(1月6日) 帰還 ようやく関空に戻る。4時間遅れ。 ●旅を終えて 初めての南米は、24時間も飛行機に乗らねばならないほど最果ての地であった。 それにも関わらず、当然ながら現地の人間にとってはしっかりとした生活の場であった。 いつも気になるのは、その国の人はどんな表情をして暮らしているのだろうかということだ。 日本は暗い。 他の国はどうなのだろうかということだ。 乱暴に言えば、経済的に貧しい国ほど明るく楽しそうに見えるのである。 ブラジルは楽しそうである。 そしてそれ以上にパラグアイは明るい顔が多かった。 大自然の神秘シリーズにイグアスの滝を加えることが出来た。
次は、エベレストかグランドキャニオンか。 旅は続く。 終わり |
>ブラジル・イグアス
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(写真1) リオデジャネイロ カーニバル会場(ここでリオのカーニバルが行われる) (写真2) マラカーニャスタジアム (写真3) 街 (写真4) サックス奏者 ●第9日目(1月4日) リオの見納め バスでcentroに向かう。 快速バスで途中はノンストップだ。 胃から朝飯が出そうなほど荒っぽい運転。 そこからマラカーニャに向かう。 マラカーニャは世界一大きいサッカー場、マラカーニャスタジアムを持つ。 収容人数10万人。 当日、サッカーはやっておらず、入り口がわからない。 スタジアムの外から中をのぞき込もうとすると、見知らぬおばさんが入り口を教えてくれる。 有料で中を見学できた。 スタジアムの客席、ロッカールーム、シャワー室、選手が会場に入る前に待機する控え室などが見られる。 メトロでセントロに戻り、下町商店街を歩く。 こじんまりとして白壁と木のドアの、味のあるかまえのレストランに入る。 ”DAMASCO”というその店は今までとは違ったメニューでよくわからない。 適当に注文する。 KIBE labanie これは発酵を途中で止めたチーズ。 ものすごく酸っぱいヨーグルトといったところで、とても飲めない。 Bohemia cerveja pilsen これは読んで字のごとくピルスナータイプのビール。 Beringla recheada これはマンゴかジャックフルーツの皮にミンチ肉、野菜の煮込みを入れたもの。 ドリンクはlata単位。これは缶と言う意味らしい。つまり一缶、二缶ということ。 これ以外にもインドのナンのようなものと、味付け用の正体不明のペーストと青ネギのようなものが主食として出される。 ”DAMASCO”という名前から推測できるように、これはシリア料理のようであった。 カンデラリア教会の方へ歩いているとチンドン屋が歩いている。 スピード写真店の開店のお知らせらしい。 歩き疲れたため歩行者天国のベンチで休んでいると、さっきのチンドン屋がやってきて、サックス奏者が私の隣に座る。 私に聞かそうというのか。 黒人の彼は異常に体格が大きく圧倒される。 テナーの生の演奏は、私を元気付けてくれた。 カンデリア教会を横目で見て港へ向かう。 リオの港では追いかけっこが始まっていた。 よく見ると、犯人とそれを追う警官のようである。 捕まった犯人の顔が笑っているところを見ると訓練だったのかもしれない。 港には客船、遊覧船が入っている。 船でここから日本までどれくらいかかるのだろう? 少し歩くとアメ横のような路地商店街に出る。 すごい人だ。 電気屋をついついのぞいてしまう。 屋台で偽ロッレクスを買う。800円。一目でニセモノとわかるちゃちなモノだ。 シネランディア駅からメトロでオンゼ広場へ、オンゼ広場からアルコヴェルデへ行く。 メトロの乗降のやり方は日本と違っている。 ドアが日本の1.5倍ほど広く、乗り降りが同時に出来るようになっている。 ただし、右側ドアから乗る/降りるというルールがあるため混乱は起きない。 これはなかなか良い方法ではないか。 リオは600万人都市らしいが、これだけの街の割にチャイナタウンが無い。 中国人もここまではこれなったか。 バスでホテルまで戻り、荷物を引き取り、タクシーで空港まで向かう。 空港カウンターでチェックイン。 空港でブラジルの酒、サトウキビで出来たピンガを、後輩のおみやげに買う。 今回は2時間以上前に空港に着き、余裕がある。 少し早いが出国審査もやっておくか。 ところが同行するKがなかなか審査をパスしない。 どうやら出国カードを無くしたようだ。 少しして審査官に、管理局の部屋につれて行かれる。 私もついていく。 君はいいよ、と言われるが、He is my friend. と言い、ついていく。 部屋には、何らかのトラブルを抱えた何人かが話を聞かれている。 順番待ち状態。 Kの番がくるが、係官一人で3組くらいを相手にしている。 そうしている間にも、次から次に何かトラブルを抱えた輩が入ってくるし、電話の応対もしている。 聴取は遅々として進まない。 途中で対応は2人になり、やっとKの聴取が始まる。 出国カードを無くしたのか、落としたのか、盗まれたのか?パスポートは持っているか?どこからきた?どこへ行く?どこに泊まった?親の名前は何だ?などと言うことを聞かれたあげく名前を書かされ、Oh!K**、ハハハ、と笑われる。 名前が、偶然にもポルトガル語で意味のある言葉のようだ。 ファーストネームの方も意味のある言葉だったようで、さらに笑われていた。 書類ができあがると、無罪放免。 (つづく)
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(写真1) リオデジャネイロ サンバショーオープニング (写真2) サンバショー (写真3) 踊り子 (写真4) 日曜市の人混み (写真5) 日曜市 バスでイパネマに戻る。 イパネマのジェネラル・オジーリオ広場で日曜市をやっている。 ここには時計、服、靴、貴金属などが売られている。 日本のコンビニで売っているような目覚し時計が、200円程度で売っている。 アフリカの楽器カリンバを買う。 夕食はイパネマ海岸向かいの”BARRIL1800”というレストラン(正確にはpizzalia)でこの旅2度目のCosteletas de porco(豚肉のステーキ)を食す。 生ビールの白、黒も飲む。 コーラも頼んだのだが、ココナッツジュースが出てきた。 夜、サンバショーに行く。 ”PLATAFOLMA”というところだ。 1000人以上は入りそうなホールで、中央が丸く出っ張りのあるステージだ(まるでストリップ小屋のようだ)。 オープニングの前、小さな小学生くらいの女の子がサッカーのユニホームで、サッカーボールをリフティングする。 それも延々と。 さすがブラジル。 みんな息を飲んで見ている。 いよいよオープニング。 派手な格好でサンバが踊られる。 どこかで見たような光景だ。 そうだ、かつての日劇(日本劇場)のショーに似ている。 露出度の点で、日劇はこの足元にも及ばない。 ここでは男性ダンサーも多い。 各国のツアー客がコールされる。 一番目は日本で20人ほど、台湾30人くらい、アメリカ、カナダ、コロンビアなど。 日本の紹介には、名曲「スキヤキ」がかかる。 コンビニで食料を買い込み、ホテルに戻る。 K曰く。 「1年間分遊んだ気分だ」 確かに長い一日であった。 (つづく)
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(写真1) リオデジャネイロ イパネマ海岸 (写真2) コパカバーナ (写真3) ポン・ジ・アスーカル(撮影したビデオから写真化) (写真4) ポン・ジ・アスーカルからのリオの街、海 (写真5〜6) 夕方のイパネマ海岸 ●第8日目(1月3日) コパカバーナで泳ぐ ホテルに対する最初の印象は悪かったものの、この場所はすごく良い。 また、いいかげんだと思っていたフロントも、それほど悪くなかったのかなと思い始めてきた。 もう一泊延泊をお願いする。 着替えて、海パン一丁でイパネマ海岸へ行く。 イパネマの東側には大きな岩場があり、そこからはイパネマ海岸とコパカバーナが両方見渡せる。 コパカバーナにも行ってみる。 ハイレグを超えた“超レグ“の娘たちがまぶしい。 海に入ると意外と冷たい。 そしてコパの海岸は意外と深い。 10mほど沖に出るともう足が立たない。 ビーチで昼寝としゃれ込む。 Kが泳いでくると言ってどこかへ行ってしまった。 ちょうど正午頃、太陽がまぶしい。 皮膚がじりじりと焼けるようだ。 日焼け止めを塗っていないこの状況ではこれ以上焼くのは危険かもしれない。 火傷で今日は眠れないかもしれない。 もう焼くのはやめたい。 しかし、Kは荷物をおいたままどこかへ行ってしまった。 もう我慢が出来ない、というときにKが戻ってきた。 ああ、焼け死なずに済んだ。 昼食は”LUCAS”というコパビーチ前の、オープンテラスのレストランで、ピザをメロンジュースで食べる。 流しのギター弾きにいくらか寄付する。 ここで思い出したことをいくつか。 ・ブラジルはチップ不要の国であり、助かる。 ・リオの街は24時間、守衛さんが多い。 夜中に街を歩くとものすごく目立つのだ。治安が悪いのかもしれない。 ポン・ジ・アスーカルへ行く。 ポン・ジ・アスーカルとはインディオの言葉で「ギザギザにとがった小島」を意味するらしい。 いわゆる奇岩である。 頂上までロープウエーで15.5レアル、タクシーで25レアル。 タクシーなら目的の丘ともうひとつの丘につれていってくれるらしい。 が、今回も安いロープウエーを選択。 (つづく)
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(写真1) リオデジャネイロ カテドラル (写真2) カテドラルの内部 (写真3) コルコバードの丘へのトラム (写真4) コルコバードの丘のキリスト像 (写真5) 純白のバイーアファッション(レストランにて) ●第7日目(1月2日) リオ市内観光 天気が悪い。今日は泳がないほうがいいであろう。 イパネマ海岸近くの電気屋街を歩く。 テレビ、オーディオ類のメーカーは商品の多い順からGradiente,シャープ,Philco,Philips。 シャープ以外、聞いたことのないメーカーがずらり。 ブラジルでは、日本製品断然優勢というわけではないようだ。 他にカシオの製品も置いていた。 昼食はムケカ(魚の煮込み料理)、椰子の実ジュース、Yemanga Bavarvaというビール。 バスでセントラルへ行き、メトロでCARIOCA駅へ。 カテドラル(大聖堂)の方へ歩いていくと、小さい電車が鉄橋の上を走る。 だがその周辺にはあやしい輩(やから)が、じっとこちらを見ている。 若い浮浪者のような感じ。 危うきに近寄らず。 電車を避け、カテドラルに入る。 カテドラルの外観は地味なピラミッドであるが、中はステンドグラスのきれいな教会であった。 メトロでFRAMENGOへ。 そこからバスでTrem Corcovadoへ向かう。 どのバスに乗って良いかわからないこともあり、乗るまでに1時間かかる。 コルコバードの丘へのトラムはR$15/人であるが、乗り場近くのタクシーの運転手はR$20/人でコルコバードの丘につれていってやるという。 が、遠慮する。 トラムはリッゲンバッハ式の登山電車で、乗客は観光客4人に現地の生活者(風の人)3人というありさまであった。 乗り場で、今日は霧なのだが良いのか?と聞かれる。 良心的だ。 トラムでコルコバードの丘に上る。 霧がすごい。 キリストの像がかすんで見える。 霧の切れ目で下界がかろうじて見える。 晴れていれば、すばらしい景色が見えるのに、残念。 下に下りて、バスでCentroに戻る。 多くのバスがCentroに向かうため、これは簡単だ。 RESTRANTE MACHADAOというレストランでシュラスコ(焼肉)、とCHOPP(de BRAHMA)のClaro(普通のビール),Escuro(黒ビール)を注文。 CHOPPとは生ビールのことだ。 それからガラナジュースを飲む。 ここの店はバイーアファッションで有名なのである。 バイーアとはブラジルの地方の名で、この地方の民族衣装が純白のバイーアファッションということなのである。 バスでイパネマのホテルに戻る。 (つづく)
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