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(写真1) マニラ トライシクル(自転車タイプ) (写真2) レチョン(子豚の丸焼き)屋のお兄さん (写真3) ジプニー (写真4) 車への売り子 (写真5) 果物売り (写真6) 遊ぶ子供達 もう空港に向かわねばならない時間になった。 ホテルに戻って荷物を受け取り、道路でタクシーを探していると、ホテルのドアマンが近づいてくる。 「ここのホテルの宿泊客か」と聞く。 「そうだ」と答えると、「レシートを見せろ」と言う。 「これだ」とレシートを渡す。 レシートを確認したドアマンは 「空港まで行きたいのだろう。なら、この車で行きなさい」という。 タクシーではない普通の車である。 「ありがとう」と言って乗り込む。 タクシーは値段交渉が必要で鬱陶しく、正直ほっとする。 運転手と話しているうちに、空港に着く。 すると運転手は意外なことを言い出す。 「チープ、1000ペソ、チープ」 繰り返すが、チープとはチップの意味だ。 宿泊客を無料で送ってくれる、などと考えた自分が馬鹿だった。 ここマニラで、そんなことは絶対あり得ないのだ。 お金を払うのはかまわない、しかし適正価格でだ。 空港からエルミタ地区まで、メータータクシーで160ペソだった。 「100ペソなら払う」そう言うが、相手は聞く耳持たない。 すごい形相で「1000ペソ、チープ」だ。 車から降りてしまおうと思い、車のロックを解除してドアを開けようとするが、中からはどうしても開けることができない。 ということは計画的、常習的と言うことだ。 ウインドウを開けて警察を呼ぶことは可能だが、ここでは警察を当てにすると痛い目に遭う(マニラの旅(2)を参照のこと)。 仕方ないので値切り作戦で行く。 幸い、まだ時間には余裕がある。 150ペソでどうだ。ノー。 200。ノー、900。 おっ、値を下げてきた。 250。ノー、800。 運転手はアクセルを踏み、激しく車を前後に動かす。 脅しか? 300。ノー...これを延々とやった結果、550ペソ(約1800円)でお互い妥協する。 メーターなら160ペソなのだが、これ以上関わりたくはない。 お金を払うとどういう仕組みか、ドアを開けることができた。 疲労困憊し、空港でチェックイン、木彫りの顔、土産類を買いすっかりペソを吐き出して機中の人となる。 機内で、San Miguel(サンミゲール)ビール のSuper Dryを頼む。 しかしそのビールはぐいっと飲むことができなかった。 カチカチに凍っていたからである。 フィリピンは思い通りにならない。 ●旅を終えて フィリピンは、やっぱりアジアであった。 旅行者ほったらかしのヨーロッパとは違って、何もしなくとも向こうから関わりを求めて人がやってくる。 フィリピンがタイ、マレーシア、シンガポールと違っていたのは、我々から利益をむさぼろうとする者たちだけが近づいてくる点である。 道を歩くだけで「両替、女、タクシー は いらないか」、だ。 乗り物では特に苦労した。 メータータクシーでさえチップは請求されるわけで、正規の値段などどこにもない。 ましてやメーターの付かない乗り物では、降りる段になってびっくりすることが多かった。 それよりなにより、初日に警察官からチップを取られたのがフィリピンの印象を決定的なものとした。 フィリピン料理は総じてうまくない。 味付けをまともにやっていない。 そんな中で中国料理は救いであった。 フィリピンの人は写真を撮られるのがとても好きで、カメラを向けるとみなすばらしく良い笑顔を返してくれるのが、この国の悪印象を和らげてくれる。 両替店を筆頭に鉄格子や金網をはめた店が少なくなく、またレストランなどには必ず警備員が配置されていたりして、治安の悪さを間接的にではあるが認識できた。 旅行者には疲れる国であった。 それにしても、今でも「チープ、チープ」が耳から離れない。
終わり |
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(写真1) マニラ とこや (写真2) ベニグノ・アキノ像 (写真3) 小窓の開いた店 (写真4) 子供 (写真5) おばさん (写真6) トライシクル(自転車タイプ) (写真7) ジプニー ●第4日目(5月3日) マニラ見納め ホテル近くのエルミタ地区には、両替屋が並んでいる。 ちゃんとした店構えの正規の両替屋。 食堂や駄菓子屋が兼業している、いわゆる闇の両替屋。 闇の両替商は正規のレートよりも5%ほど良くなっているが、そのかわりレシートを発行しない。 フィリピンでは外国通貨に再両替する際にこのレシートが必要なのであるが、そのレシートを発行しないのである。 闇の方は、さらに両替の際にチップを取るのである。 この結果、せっかくの交換レートの良さが半減するのである。 同行の I 氏は闇で両替していたが、私は正規で両替する。 タクシーでアヤラセンターへ行く。 ここは新市街のショッピングセンターで、日本と何ら変わらない風景である。 少し違うのは日本よりエスカレーターが速いことであろうか。 そういえば、日本よりエスカレーターの速度が遅い国を私は知らない。 少し歩くと、暗殺されたベニグノ・アキノ像が立っている。 これは暗殺された瞬間を彫像化したものであった。 最後に、お気に入りのBACLARANに向かう。 ここで土産用のサイフを買う。 売店のおばさんは「うひょうひょ」声を上げて喜んでいた。 子豚の丸焼き、レチョン屋のお兄さんにカメラを向けると豚の頭を持っておどけてくれる。 売店のお姉さんもにっこり笑ってくれる。 (つづく)
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(写真1) パグサンハン 水浴びする人 (写真2) 水浴びする人 (写真3) カヌー (写真4) カヌーの漕ぎ手 (写真5) 滝 (写真6) 筏(いかだ)に乗って滝を浴びる (写真7) 川下り (写真8) 昼食 (写真9) タール火山(中央に浮かぶ島) ●第3日目(5月2日) パグサンハンとタール火山へ またしてもホテルに朝食が付いているかどうか聞き忘れた。 とりあえず食堂に降り、144ペソ相当の朝食を頂く。 どうやらここも朝食付きだったようだ。 待っていると普通の乗用車がやってきて、乗れと言う。 運転手と昨日のGeneral Managerがひそひそやっており、都合によりパグサンハンを先に回り、タール火山は後回しにすると言う。 ここのツアーはパグサンハンには熱心だが、タール火山には力が入っていない。 時間が足りずタール火山は回らない、とされる可能性があるなと思う。 1時間半でパグサンハンに到着。 その間、車中で短パンに着替える。 ここからカヌーで川を遡る。 カヌーの漕ぎ手は必死にオールを使い、浅瀬では川に降り立ちカヌーを引き上げる。 大変な作業である。 途中で休憩所、我々のためというよりカヌーを漕ぐ人のための休憩所があり、ここで船頭さんらに手羽先焼きと飲み物を振る舞わねばならない。 それが当たり前だという感じなのが、気に入らない。 川では水浴びをする人、船上で商売をする人、水浴びをする牛など様々である。 さらにそこからもう少し上流に漕ぎ進めると、終点の休憩所に到着する。 ここには滝があり、それに打たれに竹の筏で出ていくことができる。 ここまで来れば筏に乗らないわけにいかない。 別料金であり、また、チップも必要となる。 筏から降りると「チープ、チープ」と言ってチップをねだられる。 滝に打たれた後、帰りは本当の川下りとなる。 最初の乗船場まで戻ると、また「チープ、チープ」だ。 川下りよりも、この請求されるチップの方が印象深いパグサンハンであった。 ここでランチを食べ、いよいよタール火山の見えるタガイタイへ向かう。 タール・ビスタ・ロッジに到着。 このホテルからタール湖、タール火山が一望できる。 確かに小さな火山である。 運転手に「これからタール火山へ渡れるか」と言ってみるが、無視される。 確かにもう夕方であり、今から帰らないと夜もとっぷり暮れるであろう。 それにしても、最初からタール火山へは渡る気がなかった(にちがいない)のが腹立たしい。 帰りは車の渋滞。 こんな時、フィリピン人は反対車線でも空いていれば平気で逆走する。 ホテルに着くと、それまで黙っていた運転手が、急ににっこりして一言。 「女はいらないか」 フィリピンは疲れる。 ひとつこの運転手が良かったのは、チップを請求しなかったことである。 タール火山に行かなかった引け目があったからではないかと、勘ぐっているのではあるが、どうだろう。 Hotel La Coronaを引き上げ、近くのCenter Point Hotel Internationalへ移る。 ツインの411号室、1500ペソ。 部屋の中の感じはHotel La Coronaによく似ており、しかしやや狭くなっている。 正方形のタイル張りの浴槽が付いているが、小さすぎて入る気にならない。 電源がOFFしている冷蔵庫をあけたら中から小さなゴキブリがゾロゾロ出てきた。 Kamayanというフィリピン料理屋に行く。 ここでは牛のApritada、Adobong KangKong、Maliputo/Sinigangを食べる。 Apritadaは、あまりおいしくないフィリピン料理の中で最も好きになった料理で、牛肉をジャガイモなどの野菜と一緒にトマトソースで煮たものである。 ここKamayanのそれはまるで豚の角煮のように十分煮込まれ、噛むと簡単に肉がほっくりと崩れ、中から肉のうまみを吸った煮汁がじわっと出てくる。 Sinigang(シニガン)というスープも名物でトムヤムクンから辛さを抜いたような味、酸っぱくさっぱりとしている。 ライスはパエリヤで、過去にスペインに統治された影響が見て取れる。 Kamayan内に10弦ギターを弾く盲目の男をはじめとする楽団がやってきて、いろいろな曲を演奏してくれる。 日本人と見ると、演奏する曲は「スキヤキ」。 色々演奏してもらい、感謝にチップをはずむ。 初めて払いたいチップを払った。 チップとはこういうものではないのか。 近所のセブンイレブンでミネラルウォーター、ビール、ビスケットを買う。 ローカルビールは16.5〜17.5ペソ(50〜60円)。 輸入ビールはこの3倍の値段であった。 (つづく)
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(写真1) マニラ LRT(高架鉄道) (写真2) 昼食をとった店 (写真3) ジプニー(ジープを改造したバス) (写真4) ナヨンピリピーノのバンブーダンス (写真5) ナヨンピリピーノの楽団 (写真6〜7) 街 少し歩くと、マラカニヤン宮殿らしき敷地が見えてくる。 ガードマン(?)に聞くと今日は休みだという。 嘘ではなかった。 掃除のおばさんが手招きする。 行くと、ここからだとマラカニヤン宮殿が、正面からタダで見える、と教えてくれる。 歩いてLRT(高架鉄道)の駅UNITED NATIONSまで行き、LRTの車両に乗る。 まず北の端の駅MONUMENTまで行き、とんぼ返りで南の端の駅BACLARANまで行く。 LRTは均一料金10ペソでトークン(専用コイン)方式だ。 驚いたことに、ここの客は線路を渡って対面のホームに行くなんて平気だ。 BACLARANは、私の好きな、人混みと活気ある商人の町だ。 ジプニー(ジープを改造したバス)と、トライシクル(屋根付きサイドカーを付けたバイク)の自転車版がたくさん走る。 ここで昼食をとる。GOTOという肉入り、酢橘(?)入りラーメンである。 15ペソ(50円)。 タクシーでナヨンピリピーノという、フィリピンの縮図を公園にした観光地に行く。 ここにはフィリピンの建物、土産物があり、民族舞踊が披露される。 バンブーダンスやアクロバッティブな踊り、カップに入れた水をこぼさずに動き回ったり、タイ舞踊のようななめらかな動きをしたり多彩だ。 タクシーでLRTの乗り場であるBACLARANに戻る。 タクシーの運転手はしきりに最終目的地を聞き出し、そこに向かおうとするが、こちらもがんばる。 交渉の結果、チップ込みで70ペソになる。 ナヨンピリピーノへ行くのにメータータクシーで80ペソであったのに比べ、これは安い。 交渉で、初めて勝利を収めた瞬間であった。 LRTでPedro Gilに戻る。 ホテルに預けてあった荷物を引き取り、近くの Hotel La Coronaへ移る。 ツインで1500ペソ。 昨晩のエルミタツーリストインの倍額である。 509号室。 さすがに冷蔵庫とTVが付いており、冷房、シャワーもまともになっている。 明日は、マニラ郊外に出たい。 しかし、バスを乗り継いでいては1カ所しか行けないであろう。 そんなわけでツアーを利用することにする。 ホテル内にデスクが1つあり、パンフレットを見ているとツアー会社のGeneral Managerが出てくる。 ホテルのレストランでコーヒーをおごってもらいながら交渉。 リストに無いタール火山と、パグサンハンを1日で回るツアーを組んでもらう。 タール火山は世界一小さな火山であり(本当か?)、タール湖という湖の中に孤立していて、そこまで行きたい。 General ManagerはOKと言ったが、言葉に力が無く、嘘っぽい。 パグサンハンは最もポピュラーな観光地で、川下りを楽しめるところだ。 ツアー料金は2人で300USドル。 それを280USドルに負けさせるが、それでも高い。 が、交渉は疲れるため妥協。 同行する I 氏が目を付けた、近所のシーフードの店に行く。 その名はシーフード・マーケット。 中国料理系統の店であり、一時日本でもはやった、市場のように並べた素材を客に選ばせ、料理法も指定できるというやつである。 マニラにはこの方式の店が数軒ある。 フィリピンの名物ラプラプは大型の淡水魚であり、白身で上品な味である。 これに薄く衣をつけてかりかりに揚げ、その上から餡をかける。 さらに天ぷら用の小魚、野菜炒め用の具、マンゴ、グレープといったデザート、シーフードタイヌードル、ビールを注文する。 非常にうまい。 店は大変なにぎわいであるが、それにもまして店員がざっと数えただけでも30人近くいるのに驚く。 宿に戻ると、しばらくしてホテルのボーイが部屋に来て言う。 「女はいらないか」 フィリピンでは気の休まる時がない。 (つづく)
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(写真1) マニラ サンチャゴ要塞とカレッサ(馬車) (写真2) サンチャゴ要塞の足跡 (写真3〜4) サンチャゴ要塞 (写真5) サンチャゴ要塞 竹への落書き (写真6) チャイナタウン (写真7) カレッサ(馬車)と同行のI氏 (写真8) 伊勢丹デパート (写真9) 今日はメーデー、先導車がフィリピンらしい 次に、有料のサンチャゴ要塞に入る。 面白いのは、入り口に金属の足跡が地面に埋め込まれていることだ。 歩幅はかなり狭いが、どこへ行ったらいいかは一目瞭然である。 要塞はパシグ川に守られ、マニラ湾を望む位置にある。 サンチャゴ要塞の中には英雄リサールの展示場がある。 展示物は地味で、記憶に残るようなものではない。 水牢と各国の竹だけが記憶に残った。 要塞を出て、味のないジュースを飲む。 見学に来ているおばさんが、フィルムの取り出し方がわからないから何とかしてくれ、といって来る。 見るとフィルムを巻き戻さずに、カメラの裏蓋をあけてしまっている。 これからは巻き戻してから裏蓋をあけるよう指導したつもりだけれど、通じたかどうか自信ない。 イントラムロスから出るとチャイナタウンが見える。 マラカニヤン宮殿に行くため、カレッサ(馬車)を拾ってみることにする。 いくらと聞くと「100」と言う。 タクシーなら30〜40ペソくらいの距離だろう。 こんなものかと思い乗り込む。 走り始めると、すぐに伊勢丹(ISETANN)デパートが見えてくる。 昔の伊勢丹のマークだ。 馬車の通行を許す車道は、渋滞気味である。 マラカニヤン宮殿近くの門番の話では、今日は宮殿は閉まっているらしい。 カレッサはチャイナタウンへ行かないかという。 カレッサの御者の話は信用できないため、ここで降りて宮殿に行こうと思う。 しかしカレッサはなかなか止まらない。 “STOooP!!“と叫んで止める。 降りて100ペソ払おうとすると100ドル(US)だという。 いつからここはアメリカになったのだ。 (今風に言えば、「欧米か!!」) あきれてものがいえない。 降りてしまえばこっちのもの。 すたすた去ろうとすると、「100ペソ100ペソ」と言い出す。 そうだろう。 彼の方に向かうと、「100ペソ、each」とのたまう。 あきれて、笑ってしまう。 少しでも金を取ろうとするその態度、りっぱじゃあないか。 2人分、200ペソを払う。 (つづく)
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