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(写真1) ギョレメ ギョレメ野外博物館 奇岩 (写真2) ギョレメ野外博物館 奇岩 (写真3) ギョレメ野外博物館 奇岩 (写真4) ギョレメ野外博物館 奇岩 (写真5) 八百屋 (写真6) 土産屋 トルコで代表的な土産といえば、青い目玉状の石(写真6)。 キーホルダーになっていたりする。 ナザール・ポンジューというらしい。 悪意のある視線(邪視)を跳ね返す力があるという。 いわゆる魔よけである。 あまりにも、色々なところで目にするので、購買意欲がわかない。 夕方、ツアーが終わり空港へ。 これもツアー会社にお願いしており、ミニバンで送ってもらう。 すれ違うバイクは皆、ノーヘル。 ヘルメット規制はないようだ。そういえばギリシャもそうだった。 飛行機が遅れているようだ。 待ち時間が長い。 空港では、双子の子供が、空のPETボトルでサッカーをやっている。 結局、飛行機が飛んだのは2時間半遅れの23:35であった。 イスタンブールに着陸したのが00:52。 そこからタクシーで街に出なければならない。 行く先はガイドブックに載っていた”ヒポドローム”というホテルとする。 ブルーモスクの裏に位置するそのホテルの前につけてもらうと01:33。 ホテルはもう真っ暗だ。 運転手さんがドアをどんどん叩いてくれ、ようやく玄関ドアを開けてもらう。 私は106号室、Kは206号室。 この旅、初めてのシングルルームで就寝。 (つづく)
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>トルコ・ギリシャ
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(写真1) ギョレメ 奇岩 (写真2) 奇岩(写真1と同じ場所を望遠でパチリ) (写真3) ギョレメ野外博物館入場チケット (写真4) ギョレメ野外博物館 (写真5) ギョレメ野外博物館 掘られた部屋 (写真6) 奇岩 さらに、ギョレメ、ギョレメ野外博物館を回る。 ギョレメ野外博物館には、9世紀後半頃から作られたキリスト教の洞窟教会が30ほどもある。 イスラム教徒からの迫害を逃れるために、洞窟に隠れ住み、教会も洞窟内に作られたのだという。 教会内部には、フレスコ画が残されていた。 石灰岩質で柔らかいのだろう。 断崖絶壁のような場所にも、所々に部屋が作られているのがわかる。 それにしても、きのこ状の奇岩が面白い。 壮大な、自然のいたずら。 (つづく)
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(写真1) セルヴェ 陶器製造所から外を見る (写真2) 陶器製造所 (写真3) 陶器製造所 (写真4) 陶器の店 (写真5) オルタヒサール 城跡 (写真6) 城跡 さらに、セルヴェにある陶器工場、オルタヒサールを回る。 陶器工場では若い男が日本語で説明してくれる。 説明が終わると、彼は日本ではどれくらいの給料がもらえるのかしきりに聞いてくる。 マクドナルドのアルバイトの相場を教えると驚いていた。 オルタヒサールには、背の高い岩からなる城跡がある。 その岩のあちこちに部屋が掘られ、かつて人が住んでいた事を主張している。 戦争時に人が立てこもったのだそうである。 普通の民家と、城跡が共存しているのが面白い。 奇岩、奇岩、奇岩。 いしいしさいち氏の漫画に出てくる地底人にお目にかかれそうな、異次元の風景である。 (つづく)
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(写真1〜7) セルヴェ 野外博物館の奇岩 (写真8) 土産屋 ●第8日目(8月14日) ギョレメ見学 今日は、ギョレメ周辺のツアーである。 ツアー会社は昨日と同じ。 ホテルで朝食をとっているとツアーエージェントが探しに来る。 予定時刻より10分早い。 これまでの旅行では、遅れるのが当たり前だったため、このように早く来られると驚く。 私たちの他にも5人が参加するようだ。 先客のイギリス人夫妻に謝り、ミニバスに乗り込む。 別のホテルであと3人をピックアップする。 うち2人は韓国人夫婦、残りの1人は日本人。 彼は岡山の大学の医学部生で、約6週間の旅だそうだ。 韓国人夫婦は結婚1年目で、6ヶ月も旅をするらしい。 うらやましい。 韓国人とはいくらか話をしたが、彼の発音する「トーキ」が最初よく理解できなく、東京のことかなと思って適当に話を合わせていた。 後で「トルコ」の事だったと気づき、申し訳なく思う。 まず、セルヴェ野外博物館に行く。 色々な形の奇岩が見られる。 ここの特徴は円錐形の岩が多いことだ(写真3)。 有名な、ラクダの形をした岩(写真7)を見ることができた。 (つづく)
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(写真1) ユルギュップ 街 (写真2) 岩をくりぬいて作った部屋 (写真3) レストラン (写真4) ハマム(トルコ風呂)の入り口 夜、”UGRAK”というレストランで、名物のドネルケバブと、ドネルケバブにトマト、ヨーグルト、香草を入れたイスケンデールケバブを食べる。 ETSIZ YEMEKLERはナスをメインに肉、トマト、青唐辛子を煮込んだもので、醤油煮込みとしか思えない懐かしい味であった。 他にTRIPE SOUP というさっぱりしたスープ、ナンのようなパンなどを頂く。 トルコ料理は旨い。 最後に、「ティー?コーヒー?ネスカフェ?」と聞かれる。 ネスカフェって何だ? ここのレストランでは2Fの出窓ぎりぎりの位置に鉢植えを並べている。 強風や地震で落ちたら、下を歩く人に当たり危ないなと感じた。 いや、トルコは地震が起きない土地なのかもしれない。 この時はそんなことを考えていた。 街には、こぢんまりとしたハマム(トルコ風呂)があり、入ってみることにする。 入口横に受付があり、真ん中に丸テーブルを置いた天井の高い空間がある。 お金を払うと、腰布(タオルではなく大きな手ぬぐいのような薄い布きれ)を渡され、入口正面の更衣室に入って着替えろと言われる。 更衣室は海の家のそれのような大きさで、そこに同行のKと2人で裸になり借りた腰布を腰に巻く。 荷物と着衣は更衣室に残し、外から鍵を掛ける。 次に奥のトルコ風呂に行くよう指示される。 風呂に湯船はなく、サウナになっている。 真ん中に直径2m強の丸く暖かい台があり、そこで寝転がったり、腰を下ろしたりできる。 サウナは妙に暗く円形の空間で、周囲に等間隔に四つ、やはり丸い部屋が付いている。 この部屋は全く明かりが無く、薄暗闇で冷たいシャワーを浴びることができる。 またサウナの奥にはもう一つ、より熱いサウナが付いている。 それでも日本の高温サウナに比べるとずいぶん低温である。 中央の丸い台以外にも2つ台があり、そこには蛇口が数個づつ付いている。 蛇口の下には水を溜める小さな貯水槽が付いており、小振りな洗面器が浮いている。 熱くなった体を、この洗面器で汲んだ水を浴びることで冷やすのである。 体を洗うようにはできていないし、誰も洗っていない。 風呂にはトルコ語を話す人、ドイツ語を喋る人が十数人入っていた。 そのうち5人ほどが女性である。 女性は腰布を胸まで巻いている。 腰布は薄く下が透けて見えるのであるが、どうやら皆、上はともかく下に水着を着けているようだ。 素っ裸に腰布だけなのは、我々だけのようなのだ。 時々、店の人が来てマッサージをするか聞いて回る。 Kがマッサージに行く。 私は過去マッサージで手が肩から上に上がらなくなった経験があり、遠慮する。 Kが戻ってきた。 聞くと、マッサージは3分ほどでどうってこと無いという話。 これも経験と、私もマッサージを受けに行く。 別の部屋で男2人が待ち受けている。 まず、うつぶせになってマッサージを受ける。 確かに軽い。 次にもう一人の男による垢擦りで、日焼けした体から垢がぼろぼろ出る。 最後に垢擦り男によりシャンプーと体の洗いである。 なるほど、垢擦りしやすくするためのサウナであったのか。 私が、本日最後の客だったようだ。 もうサウナでは掃除が始まっている。 着替えると、入り口のテーブルでチャイが出てきて終わり。 ハマムから出ると23時を回っていた。 (つづく)
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