|
(写真1) アテネ ハドリアヌスの門(2世紀建造、コリント式円柱からなる) (写真2) ゼウス神殿(紀元前515年着工、完成は2世紀) (写真3) ザピオン(国際展示場、1878年建造、新古典主義様式建築) (写真4) 国会議事堂の門番 (写真5) ピレウス メトロ (写真6) メトロ内部 (写真7) 港 (写真8) トロリーバス (写真9) アテネ バスの中 アクロポリスを出て、ハドリアヌスの門、ゼウス神殿、ザピオン、国会議事堂を見て回る。 アテネの名所はこれくらい。(他にもあるが、歴史に詳しくない私には十分) 実にコンパクトである。 Kの提案で、エアコンの入っていないメトロでピレウスまで行く。 ピレウス港は大型船も停泊する大きな港であるが、全く外海の見えない奇妙な港である。 暑い。 夜、カラマリス(イカ)のフライ(いわゆるイカリング)とグリークサラダを食べる。 グリークサラダはトマト、ピーマン、キュウリ、オリーブ、フェタ(山羊のチーズ)にオリーブオイルとビネガーで味付けしたものである。 このグリークサラダは旅行中何度も食べることになる。 たのまなくても、レストランのボーイにミニサラダの形で勧められるのである。 汗をかいたせいか、ギリシャの塩がおいしい。 帰国してから知ったのだが、ギリシャの塩は精製していない天然塩なのだそうだ。 500mLのミネラルウォーターが市中で60円くらいで買えた。 (つづく)
|
>トルコ・ギリシャ
[ リスト | 詳細 ]
|
(写真1〜7) アテネ アクロポリス(パルテノン神殿など) (写真8) アクロポリスから見たアテネ市内 (写真9) 夜のアクロポリス パルテノン神殿に向かう。 ここはアクロポリスの中の小高い丘にあり、石の階段を上らねばならない。 その石(大理石)がつるつるで滑りやすい。 転んでカメラを壊しそうだ。 アクロポリスの説明 プロピーレア:(写真1)前門。紀元前432年建設開始 ヘロデス・アティコス音楽堂:(写真3)161年建造 エレクティオン神殿:(写真4)紀元前400年頃建造 パルテノン神殿:(写真5〜7)政治家ペリクレスが紀元前438年に再建。ドリア式建築。 (つづく)
|
|
(写真1) イスタンブール トルコ航空 (写真2) アテネ ホテルのカード(ギリシャ文字!) (写真3) 街 (写真4) 雑貨屋 (写真5) ゴミ箱 (写真6) 街 (写真7) 昼食(ムサカ) ●第2日目(8月8日) アテネへ 緊張からか目覚ましの鳴る少し前、5時きっかりに起床。 4時間ほどの睡眠でも辛くはない。 この旅はほぼ毎日飛行機に乗らねばならない。 フライトも不便な時間帯に集中している。 今日はアテネに飛ばねばならないのだ。 5時半にチェックアウト。 何という客だろう。 昨日の夜来て、すぐ出かけていったかと思うと夜中にホテルに戻り、そして翌日この早朝にチェックアウトするなんて。 これが日本人なんだよ!と、心の中で叫び、タクシーで空港へ。 タクシー代は800万トルコリラ!! ものすごいインフレである。 空港で、日本人の癖、発見。 暑いときは何かで顔を扇ぐ。 扇子、本、手、何でもいいからとにかく扇ぐ。 日本人旅行者の団体は壮観である。 手だけがせわしなく動いている。 トルコ人を初めとして各国の人がいるこの空港で、「一生懸命扇ぐ人」は日本人だけである。 日本人の癖について、過去に、私なりに発見したことを紹介しよう。 「傘をさす」ほんのわずかな小雨でも、こまめに傘をさすのは日本人だけである。 他国の人は少々の雨では傘は、ささない。 タイ人のように大雨でもささない国民もある。 「難しい顔で歩く」 笑顔を作るのが下手。 特にヨーロッパ人は、赤の他人にさえ実にいい笑顔ができる。 まるで映画の主人公のように。 まあ、笑顔が苦手なのは日本人だけではなく韓国人、中国人も同様であり、東アジア人共通ではある。 「食事中は、食事に熱中して喋らない」他人と話をすることを楽しむ文化が無いということか。 また、学生時代から速飯に馴らされた結果なのか。 欧米人が、何時間も食事を楽しむ文化を持つのとは、正反対である。 ところで欧米人が蟹を食うとき(無口になりやすい)でも、普段通り喋れるのか興味のあるところである。 「人と同じものを注文する、買う」日本人は個が確立されていなくて群れたがる人種であることは確かで、目立つことが嫌いなのである。 また、恥の文化も厳然として残っており、自分だけ違った行動して恥をかくのが嫌いなのである。 トルコ航空TK1845。B737-400。150人乗り。 イスタンブールからアテネまで646km。 9:08に発ち、10:03に到着。40分程度の遅れ。 空港でギリシャ・ドラクマに両替(まだユーロになる前のことである)。 とりあえずバスでシンタグマ広場へ行く。 ここはパルテノン宮殿に近く、安宿の集まった地域なのである。 土産物屋がたくさん集まった路地があり、その中の安そうなホテル”PHAEDRA”に決める。 25号室。トイレ、シャワーが共同であった。 外に出て、早速ギリシャ料理に挑戦。 ザジキ(ヨーグルトにキャベツ風の野菜、オリーブを入れたもの。味付けにニンニク、オリーブオイル、ビネガーも入っている)、ムサカ(挽肉、ナス、チーズを重ね焼きしたもの)を食す。 1週間前に(予行演習のため)大阪で食った、ムサカより遙かにおいしい。 (つづく)
|
|
(写真1) イスタンブール バザー ケバブ屋 (写真2) バザー 似顔絵描き (写真3) バザー ゲームセンター (写真4) バザー 何の店? バザーから出てレストランを探す。 途中でチャイハネ(喫茶店)が並んでおり、水たばこを吸う人が多いのに気づく。 恐らく、道具はチャイハネが貸してくれるのだろう。 大がかりな化学機器のようなそれが、ちょっとほしくなる。 突然、流ちょうな日本語で声を掛けられる。 自分のロカンタ(庶民的な食事処で、料理を見て選べる)に寄っていかないかという。 この方式はタイでもお世話になっており、カフェテリア方式と並び、旅行者には優しい。 ここでライス、ピーマンのドルマ(ピーマンに肉やピラフを詰めたもの)、ナスと肉を煮込んだもの、ビール等を注文する。 このナスの煮込みは、日本の田舎風の濃い醤油味の煮物に似て、懐かしい感じがした。 声を掛けてきたおじさんは、身なりのきちんとしたオールバックの恰幅のいい男で、名をNorkzerといった。 彼は日本に何度も行っており、特に京都には3回行っているという。 阪急電車、大丸、八坂神社、鴨川、そのほとりに並ぶカップル等、詳しく知っていた。 過去に日本のTV番組の「クイズ・ショーバイ・ショーバイ」にも出たことがあり、最近も雑誌の「sai」に執筆したことがあるという。 彼はこのロカンタとその隣のレストラン、旅行会社、絨毯屋を経営していると言う。 チャイ(甘い紅茶)をごちそうになる。 彼によるとトルコ人は甘いチャイをたくさん飲むので精力が強いが、イスラムの教えで婚前交渉ができないため、反動で結婚後子沢山になってしまうのだそうだ。 彼自身、各国に女を持っていると自慢する。 我々がギリシャに行く予定だというと、あそこはトルコのコピーだという。 その証拠にトルコ料理は世界3大料理の一つであるがギリシャ料理はそう言われない。 また、ギリシャには見るものなどほとんどなく、アテネのパルテノン神殿とミコノスくらいだそうだ。 良かった、我々はそのアテネとミコノスに行く予定なのである。 (ギリシャとトルコの不仲が、彼の言葉に表れていて面白いと思った) ラキ(ラクともいう)を勧められ飲む。 ラキはトルコの酒。 ブドウの搾り滓から作った蒸留酒で、アニス(=ウイキョウ)の実で香りをつけている。 水を加えると白く濁るそれは、それほど旨いものではない。 食事中、ずっとNorkzer氏は我々につきっきり。 暇なのか?人がいいのか?食事を終えると、絨毯を見ていかないかと言い出す。 なんだ、これが目的だったのか。 どうなるのだろうと、彼に付いていく。 店の隣が、彼の絨毯屋であった。 中にはいると、入り口には年代物絨毯が立てかけてあり、少し説明を受けた後、さらに内部に導かれる。 そこは広い板間であり、立て掛けたもの、寝転がしたもの、多数の絨毯が並べられている。 彼はこれを一枚一枚広げて見せる。 説明を終えると我々を奥の椅子に座らせ、従業員に命じチャイをもって来させる。 彼はトルコ独特の跨いで座る椅子(後で教えてもらったところによると、これはロバを模したものらしい)に座る。 絨毯の縫い方についてさらに説明する。 イラン絨毯との違いを説明する。 「この中でどれが好きですか?これですか?これですか?それともこれですか?言ってください」 Kが応対する。 自信なさそうに「これが、いちばんいいかなぁ」 私は半分眠っている。 あとはNorkzer氏とKの対話。 「これは**ドル(30万円位)です」 「それは高いです」 「なぜ?これを作るのにトルコの田舎の人が8ヶ月掛かります。トルコ人の平均賃金が3万5千円だから、人件費でいくらになりますか?では、**ドル(25万円位)にしましょう。我々の儲けはゼロです」 「それでも高いです」 「じゃあいくらならいいのですか?あなたの気持ちを言ってください」 いつの間にか買うことになっている。 「2桁違うんですけど」 (おいおい、買う気かよ、と思う) 「あなたの言い値で売ります。言ってください」 「それにしてもあまりに値段が違いますから」 「なら、いいです。これは持っていってください。この絨毯はもう売れません。ですから持っていってください。絨毯がかわいそうです」 「すみません、そういうわけにはいきません」 というようなやりとりをして、逃げるように店を出た。 私はその間、寝たふりをして、一部始終を楽しませてもらった。 ラキが回って眠かったのも確かであるけれども。 トルコの絨毯屋のしつこさを、かいま見ることができ面白かった。 (つづく)
|
|
(写真1) イスタンブール ブルーモスク (写真2) バザー 誰もいないレストラン (写真3) バザー 絶叫マシーン (写真4) バザー 電動カート チェックインしたのは20:10。2階の106号室。エアコンが無い部屋で暑い。 荷物を置いて、早速、街に繰り出す。 この時間でもまだ薄明るい。 ブルーモスク、アヤソフィアを見て、通りに出ると人だかりがあり、バザーと書いてある。 有名なグランド・バザールとは違うようだ。 お金を払って中に入ると、縁日のように屋台が出ている。 屋台は、服、履き物、置物、テープ・CD屋、ケバブ屋、アイスクリーム屋、綿菓子屋等。 ケバブ屋では、羊肉を立て電熱器を周りに配してゆっくりと回し、表面の焼けた部分を薄く削ぎ食べさせてくれる。 これはトルコで最もポピュラーな食べ物でどこでもみられる光景である。 少し歩くとにぎやかな音が聞こえる。 コンサートをやっていた。 トルコ風ロックであろうか、癖のある音楽をガンガンやっている。 聴衆の数がすごい。 数千人、一万人近くはいるのではないか。 彼らが盛り上がって歓声を上げる様は、欧米のロックコンサート。 とてもイスラムの国とは思えない。 少し歩くと遊園地が現れる。 小型ながらも絶叫マシーンがそろっている。 面白いと思ったのが、カートのような乗り物である。 これは狭い部屋の中で十数台もの車が走り、互いにぶつけ合って楽しむものである。 車は電動で、床の鉄板と天井に張った金網から電力を供給しており、金網と車の電極ワイヤーがこすれあうときに火花が散る。 原始的でかつ、エキサイティングなものであった。 (つづく)
|


