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(写真1〜2) タイ アユタヤ ヴィハーン・プラ・モンコン・ボピン (写真3〜4) ワット・ナー・プラメン ●旅を終えて ベトナムの良さは、高度成長の過渡期にあるその活気と、生きている実感を味わえる幸福であろうか。 生活者が生き生きしており、見ている我々をも気持ちを解放してくれる。 子供がまだ子供らしくあれる土地。 ビジュアル的にもノンをかぶった女性、アオザイの女性、ヨーロッパ風の色使いをした家。 圧倒的な人口密度。 特にバイクと自転車の数、数、数。 そして、何といっても食べ物が旨い。 フォーを毎日でも食べたい。 トムヤムクンより旨いカインチュア。 日本で食べたベトナム料理は何だったんだ。 ホーチミン(サイゴン)、ハノイ、フエ、いずれも正解であった。 交通事故に2度も遭うという、事件も終わってみれば思い出になる。 バンコクは、2年で様変わりした。 ずばり、普通の都市に変わりつつありさびしい。 LRT(高架鉄道)も完成し、急激にビルが建ち、屋台など「汚いもの」を排除していった結果だろう。 その分エネルギーが減少した。 アユタヤのように田舎に行けばまだ面白いのだろうか。 場所を選ばなければならない。 もっと素朴な土地へ、しかも早めに行かなければならない。
今回の旅で良くわかった。 旅にも旬があるのだと。 (終わり) |
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(写真1〜4) タイ アユタヤ ワット・プラスィー・サンペット クメール王国を追い出して、タイ族の作った王朝は、スコータイ王朝(13世紀前から約150年、都はスコータイ)→アユタヤー王朝(14世紀中から417年,都はアユタヤー)→トンブリー王朝(18世紀後から15年、都はトンブリー)→ラタナコーシン王朝(都はバンコク) であり、アユタヤー王朝は最も栄え、カンボジアのアンコール朝をも滅ぼした。 遺跡は、被写体として整いすぎている。 アユタヤから帰り、港近辺でみやげ物を買う。 タイ舞踊の面、ハンカチ、コンパクトなど。 もうひとつの土産物屋に向かうべく、トゥクトゥクを拾う。 トゥクトゥクはこちらの言い値の20バーツ(約60円)で、迷いながらの約15分の旅。 運転手は結局場所がわからなく、パッポン通り近くで我々を降ろす。 目的の店を探し当てるが、何も買わなかった。 近くの「バンチャン」というレストランでグリーンカレー、シーフードスープ、クロスタービールを食べる。 タイカレーはKにも好評。 ホテルに戻り、タクシーで空港へ。 ドン・ムアン空港の外国語表示は英語、中国語、日本語の順である。 ちなみにベトナムでは、日本語表示は無かった。 23:59発の飛行機の乗り、翌日7:30関空に到着した。 (つづく)
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(写真1〜3) タイ アユタヤ バン・パイン宮殿 (写真4〜8) ワット・プラ・マハタート ●第9日目(5月8日) アユタヤツアー 米の輸出No.1はタイ、No.2はベトナムなのだそうだ。 それはともかく、ツアーはバスに乗ってスタートした。 行き先は、バン・パイン宮殿、ワット・プラ・マハタート、ヴィハーン・プラ・モンコン・ボピット、ワット・プラスィー・サンペット、ワット・ナー・プラメン。 帰りはボートでバンコクまで戻る。 (つづく)
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(写真1〜4) タイ バンコク ワットポー(超定番) (写真5) 王室の車が通った(直立不動を求められた) (写真6) タイ舞踊 (写真7) 夜景 ●第8日目(5月7日) バンコクへ 朝、ハノイ駅へ行ってみる。 社会主義国の駅(飛行場も)は天井が高く立派であり、一部の乗る人と多数の乗らない人がごった返していた。 駅の近くでフォーを食べる。 朝の、ハノイのフォーが一番うまいのだそうだ。 恐らくは早朝の市場で働く人に食事を供給し、一段落したところなのだろう、客が1人だけの名も知れぬ屋台でフォーボー(牛肉のフォー)を食べる。 朝の少しひんやりした空気のうまさとあいまって、堪えられない旨さである。 少し辛めに味を調整して、汗をかくくらいにして食べる。 ホテルに戻り、空港タクシーを呼んでもらうが、なかなか来ず、別のタクシーを拾って空港へ行く。 空港タクシーより2割くらい高かった。 B747−400でバンコクへ。 バンコクのドン・ムアン空港からベンツの空港タクシーで、日本で予約しておいたナライホテルへ行く。 ホテルロビーの旅行代理店で、翌日のツアーを予約した。 私自身2度目のバンコクだが、初めてのKのため有名どころを案内しなければ。 タクシーでワットポーへ行き、 巨大な黄金涅槃仏を見る。 足指にちゃんとした指紋を発見。(写真参照、超定番の被写体である) 夜は、「バーン・タイ」というタイ舞踊の店に寄る。 ただ、早く行き過ぎてまだ、開店していない。 別室で待たせてもらう。 待ち時間にビールをおごってもらう。 タイ舞踊は独特の面や衣装から、ルチャ・リブレ(メキシカンプロレス)を思わせる。 踊りの合間に説明が入るのであるが、彼女が横すわりでマイクを持つ姿が妙に記憶に残った。 ■コラム【ホテル】 マジェスティックホテル(ホーチミン): ベトナム戦争中、開高健が常宿していたサイゴン川に面したホテル。 ツインルームを1泊日本で9700円,現地で80ドル。3泊した。 決していい部屋ではないが、格式がある。 ここでベトナム航空のリコンファームをしてもらう。 TV、エアコン、冷蔵庫、バスタブ、ヘアドライヤー付き。 自分の評価(満点は5つ星)。開高健というブランドに対し★★★。 チャンティエンホテル(Troung Tien.H)(フエ): シンカフェとも提携している旅行会社、レストランなどと一緒に経営。 何でもそろう。 ツインルームで1泊12ドル。1泊した。 また、クリーニングもしてもらった。 TV、エアコン、冷蔵庫、シャワー付き。 シャワールームの蛍光灯が切れており、交換してもらう。 便利さ、安さを評価★★。 カメリアホテル(ハノイ): バス停から、ホテルの客引きの言われるがまま連れてこられたのがこのホテル。 客引きたちの間で値引き合戦をさせ、到達した額が8ドル。 ツインルーム。2泊する。 ここでタイ航空のリコンファームをしてもらう。 TV、エアコン、冷蔵庫、シャワー付き。 鍵を開けるのにこつがいる。 家族も生活しており、食堂や洗濯の部屋が生活空間にもなっている。 安さに感動★★★。 ナライホテル(バンコク): 日本で予約し4100円。 TV、エアコン、冷蔵庫、バスタブ、ヘアドライヤー付き。 広くゆったり割安感あり、パッポンにも近い。★★★★。 (つづく)
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(写真1) ハロン湾 港 (写真2〜6) 湾内 (写真7) 鍾乳洞 ●第7日目(5月6日) ハロン湾ツアー 路上の肉まんやで肉まんを買い、旅行会社でベトナム茶を頼む。 旅行会社は、たいがい××カフェとい名前が付いている。 その名の通り、お茶や軽食を食べさせてくれるところが多いのである。 肉まんには卵が入っていたため、万が一(食あたり)のことを考え中は食べずに捨てる。 7:00。バスに乗り込み出発。 雨が降り出す。 外を走る自転車は合羽を着ている。 ベトナムの墓は田の中に建てる。 そしてそれが非常にカラフルで良く目立つ。 ガイドさんは、非常に肩幅が狭い人だった。 ハロン湾は数千もの岩が海面から突き出た景勝地で、これは中国の桂林と同じ地層帯なのだそうだ。 昨日通ったホアルーもその続きらしい。 ユネスコの世界遺産にも指定され、1992年に発見された鍾乳洞のある岩にはユネスコのマークがでかでかと掲げられている。 優雅なハロン湾めぐりをするボートに向かって、お土産、食料をつんだベトナム独特のゴキブリのような小さく平たいボートが横付けされる。 ハノイに戻り、22というレストランで、クックドラビットwithマッシュルーム、うなぎのスープ、ハノイビールを食べ、飲む。 (つづく)
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