流浪の旅

御無沙汰してます。元気ですよー。(2013.3.23記)

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韓国の旅(番外編)

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韓国の新しい国際空港、仁川(インチョン)空港で見つけたものだ。

男子トイレの小便器に、何かがいる。
赤いてんとう虫である。
生きているのではなく、プリントされたものだ。

なんのため?

これは小便の的にするもので、便器周りの汚れを防止するためのもの。

男性は、そこに的があると、無意識にそれをめがけて、ことを致すのである。
その男性心理を巧みについた、プリントなのである。

これによって、便器周りの汚れが格段に減るそうである。


実はこのアイデア、仁川空港が初めてではない。

ずいぶん前から、オランダ・アムステルダムのスキポール空港にも同様のものがあるのである。
但し、スキポール空港ではこれが「蠅」なのである。
それもものすごくリアルな蠅なのある。


仁川空港は、これを参考にしたのだと思われる。



それにしても、これしきのことで、便器を汚さなくなる男って...
悲しい性である。
                                       (終わり)

韓国の旅(13)

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(写真1) ソウル ロッテホテル
(写真2)   昌徳宮
(写真3)   メトロホテル
(写真4)   昌慶宮
(写真5)   昌慶宮
(写真6)   街 ビルに謹賀新年
(写真7)   デパート
(写真8)   おかね.com
(写真9)   牛スープの店


●8日目(1月6日)、最終日でもある。

ソウルでの見残しめぐりである。

李朝の宮殿の昌慶宮に行き、次に昌徳宮前を通ると、会社の元上司であるNさんとばったり会う。
奥さんとガイドさんが一緒である。
2泊3日でロッテホテルに泊まっているのだという。

奇遇というより、なんて世界は狭いのであろうという話をして別れる。

昨日、李さんに勧められたソウルタワーに上ろうかと思い、近くまで行くが、飛行機の時間に遅れそうであきらめる。
帰りも乗り遅れたのではシャレにならない。

最後に明洞(ミョンドン)でソルロンタン(牛肉スープ)を食べ、空港に向かう。



■コラム こじき(注:適当な言葉がないのであえて使います)

こじきというのは、貧困と豊かさを両方示している指標になっている。
与えるものがいるから、もらうものがいるのである。
ソウルではこの寒さにもかかわらず、こじきがたくさん生活できていた。

豊かだといわれる日本で、こじきがほとんどいないのはなぜなのだろう。
ホームレスはたくさんいるのにである。
他人に無関心な国民であり、こじきでは生きていけないのかもしれない。



■コラム 言葉、文字

母音と子音を組み合わせたハングル文字はきわめて合理的な文字である。

朝鮮王朝の第4代世宗大王が、1446年という古い時代にこのように人工的に整った文字を作らせたことは、驚くべきことである。
そしてそのまま定着させ得たのは、さらに驚くべきことであろう。

ところで、日本のひらがな、カタカナはだれがどうやって作ったのだろう。



●旅を終えて

10年ぶりの韓国であるが、初めての一人旅ということもあり記憶に残るものとなった。

観光としては、第三トンネルがもっとも韓国らしく印象深い。

旅の最大の楽しみに食事があるが、あたりはずれが無くすべておいしい。
聞けば、日本でも漬物の売り上げNo.1がキムチになったということである。
日本人と韓国人は味覚が近いのであろう。

ハングルが読めない、聞けない、しゃべれないという3重苦の中では、自由自在に動き回れたわけでもないが、多少の不自由は旅のスパイスにこそなれ魅力を減ずるものではない。
それにしてもハングル(あるいは英語)でコミュニケーションしたい場面もいくつかあったことは事実で、もう少し語学を勉強しておけば良かったと(毎度のことながら)思う。

日本の1/4の国土を持つ韓国であるが、1週間程度では全土を網羅できず、思い残しも多い。
たとえば板門店、温泉、屋台のリベンジなどまだまだ実現できていないことがある。

手軽に行けるという意味では九州に似ている(当時、関西在住)。
3連休、4連休があれば気軽に行って帰れる。
これからも何度も行くことになるのではないかという予感がしている。
                                       (終わり)

韓国の旅(12)

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(写真1) ソウル 東大門市場 歌手
(写真2)   ローヤルめがね
(写真3)   東大門市場 屋台
(写真4)   東大門市場 屋台
(写真5)   東大門市場 店
(写真6)   南大門市場 屋台


夕方、ソウルに戻る。

韓国で何を買うべきか?
店先の日本語表示で力が入っているのは眼鏡屋である。
カード会社発行のパンフレットでも、韓国の眼鏡は安いということになっている。

ソウル市内には地下商店街がたくさんあり、その中で眼鏡屋がたくさん出店している。
そのなかの一つ。
ローヤルめがねという店に入りめがねを作る。

3000円からできるという表示が踊っているが、価格表示がなく、形のいいフレームはフレームだけで7000円以上であった。
これに近眼用レンズをつけたら日本とそれほど変わらない値段になってしまった。

私の場合、検眼せず、つけているめがねと同じ「度」にしてもらった。
作成に約1時間というところが日本と違ってよい所だ。

しかし後日、日本でかけてみたが、レンズに違和感があり、かけていると気持ち悪くなってくるのであった。
(関連記事: http://blogs.yahoo.co.jp/ingenbali/15099811.html

もうひとつ韓国名物といえば屋台ではないか。

地元のサラリーマンで賑わう屋台であるが、3つくらいに分類されそうである。

ひとつは東大門にある露天の屋台で、今も恐らく0℃位の気温ではあるが、それでも路地に密集していることもあり、それほど寒さは感じない。

2つめは南大門にある、ビニールシートなどで店に囲いを作ったもの。

もうひとつは正確には屋台とは言えないが、店構えができているのだが、店先に食材を並べており屋台の雰囲気を残しているもの。
これも南大門に多い。

南大門で2番目のタイプの屋台に入ることにした。

ストーブの近くの席で暖かい。

若い客が話しかけてくる。
彼の名は李大明。

30歳で、韓国最大の電器メーカー サムスンに勤めており、来年結婚するという彼に、日韓の違いについていろいろ教えてもらった。
兵役のこと、給料のこと、韓国の女性のこと、飲み屋のこと、日本へ行ったときの体験談など。

我々の日韓関係は雪解けムードである。
だが彼の「韓国の女性のほうが日本の女性よりかわいい」という主張に対しては、一歩も譲ることはできなかった。


屋台では串を4本程度とビールを頼んだだけだが、それだけで5000円掛かる。
ウォンが足りなく日本円で払う。
どうやら、いろいろな種類を注文すると高くなる仕組みらしい。

李さんも地元の人間であればそんなおかしな注文はしないと笑っていた。
李さんと別れ、ホテルに戻る。
面白い一日であった。



■コラム 自動販売機

統計は知らないが、世界一自動販売機を利用しているのは日本であろう。
そして韓国はそれに続くのではないだろうか。

自動販売機が流行るためにはいくつかの条件が必要である。
まず、人件費が機械の償却費より高いこと。
次に無人の自動販売機を壊したり、中の金銭を奪う国民性でないことである。

この点でシンガポールや北欧なども自動販売機が増えていく可能性はあるが、現状では日本ほどではない。



■コラム 音楽と髭

音楽は、日本のパクリではないのかと思われるものがトップチャートをにぎわせている。
今でも日本の音楽は制限されているようで(当時)、TVではほとんど聞かれない。
CDショップにも置かれていない。
しかし、路上で日本人アーティストの海賊版が1000円で売られている。

さすがに韓国でも演歌のマーケットは縮小傾向にあり、代わってロック、R&B、歌謡曲が全盛である。
日本と違い、髭を生やすことを嫌う韓国では、ヒップホップはそれほど流行しないかもしれない。
                                          (つづく)

韓国の旅(11)

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(写真1) 第3トンネル 入り口
      トンネル内や、建物内の撮影は禁止されていたため、これ以外の写真はない。


●7日目(1月5日)。

今日は待ちに待った板門店ツアーの日である。

ロッテホテルの新館で待機する。
ホテルの灰皿に、直径約6mmくらいではないかと思われる、極細のタバコが捨てられており面白い。

9:30。出発のためバスに乗るが、雪のため板門店ツアー中止の連絡が入る。

希望者に、板門店に近い第3トンネルという北朝鮮南進のための秘密トンネルへのツアーへの振り替えが行われた。
差額の10000ウォンは返却された。
私はこれに参加することにする。

1時間遅れで出発。
ツアー参加者はほとんどが若い日本人で、一組だけ米国人と思われるカップルが含まれていた。

途中、韓国軍兵士によるパスポートチェックがある。
いよいよDMZ(非武装地帯)に入るようだ。
軍人が守る鉄門を通過し、国連のシャトルバス(UNのマークが入っている)に乗り換える。

まずたどり着いたのが軍の食堂。
バイキング方式で、適当なテーブルで食べる。

ツアー客の米国人らしき人は駐留米軍兵士と親しげに話をしている。
食事が終わると連れて行かれたのが展望台で、まずそこで映画を見せられる。

第三トンネルが北朝鮮によるものであることを証明するような内容のもので、日本語での説明であったが、非常におどろおどろしい口調で楽しめた。
太平洋戦争当時の日本の戦争ニュース映画を想像していただければよい。

映画が終わると展望台に案内される。
展望台スペースはガラス張りになっており正面に北朝鮮の開城(ケソン)の街が一望できる。

コイン式の双眼鏡が並んでおり、我先にそれにかじりつく。

開城は大きな街でビルも建っている。

そのなかでもひときわ高い塔が建っているが、それは、韓国の放送が国内に入り込まないよう妨害電波が出されているのだそうだ。

また奥には金日成の像が建っているらしいがそれを見つけることはできなかった。

手前のほうはDMZでありその中心を国境が走る。
北朝鮮の農民と思われる人が歩いている。
右側には板門店が見える。

次は第三トンネルである。
まず、トンネルの前で軍人が説明をしてくれるのだが。
日本語で「ようこそいらっしゃいました。まことにありがとうございます。」といわれる。

軍人から礼を言われる状況でもないと思われるのだが、案外観光地としての収益が還元される仕組みがあるのかもしれない。

トンネルは上下左右2m位の狭いもので、これでは小火器を持って通るのがやっとであろう。

内側に時々黒い塗装が施され、掘削のためのダイナマイトの差し込み穴が残っている。

北側の突き当たりは韓国人の手でバリケードとなる壁が施されている。

現在、このような北の南進用のトンネルは4つ発見されており、フランスの情報では、発見されていないものを含めると全部で20ほどあるのだそうだ。

北朝鮮が犯人とされる数々の事件、不審船、潜水艦、そしてこのトンネル。
ばかばかしく、稚拙で、ほとんど失敗しており、漫画チックである。

かつてオウム真理教に対して感じた、大いなる無駄なエネルギーと同種のものを感ずる。
このエネルギーを国の発展のために使えばよいのにと思う。

南北の間ではまだ戦争停戦中であり、まだ終戦はしていない。
38度線を挟んで南北それぞれ2kmのエリアをDMZ(非武装地帯)と呼び武器を持ち込むことはできない。

しかし、ここに住む人もいるようである。

韓国側DMZに住む人は、韓国人の3大義務である、納税、兵役、教育のうち納税、兵役の義務が免除されるのだそうである。

いざという際には最前線になる反面、暮らしは裕福である。
DMZから転出するのは自由だが、転入はできない。
DMZ内は人が少ないため、動物にとって楽園になっている。
                                          (つづく)

韓国の旅(10)

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(写真1) 水原 八達門(南門)
(写真2)   西将門(西南春門)
(写真3)   華虹門
(写真4)   東砲楼
(写真5)   華西門
(写真6)   東将台
(写真7)   教会


●6日目(1月4日)、全州から列車ムグンファ号で水原(スウォン)へ。


ムグンファ号はセマウル号の次に早い列車で、セマウル号が特急だとするとムグンファ号は準特急に当たる。

セマウルとは、新しい村の意で、朴正煕(パク・ジョンヒ)元大統領が推進したセマウル運動によるものだそうである。
これに対しムグンファとは韓国の国花、無窮花(ムクゲ)のことである。

社内放送は韓国語、英語、日本語、中国語と外国人への配慮が行き届いている。
座席は2+2列とゆったりしている。

コインロッカーに荷物を預け、駅前のインフォメーションで観光案内を聞く。
電光掲示板に今日の気温予報が出ている。
1〜−6℃。今日も寒いぞ。

水原は200年前の李朝の城壁がしっかり残った城下町であり、華城は世界文化遺産に指定されている。
バスで八達門まで行き、そこから城壁に沿って歩く。

最初、急な階段を上るが、地面が凍っているため滑って危ない。
上りはまだしも、下りは危険な状況である。

西華門、蒼竜門の形が面白い。
石垣の城壁を歩いていると、ミニチュアの万里の長城にも見える。

途中のレストランでカルビを食べる。
水原は骨付きカルビで有名な土地なのである。

さらに華虹門などを見て、八達門まで戻り、適当なバスに乗るが、これが駅とは別の方角に行ってしまう。
終点で降りて、別のバスに乗って何とか鉄道駅まで戻ることができた。

ノンフィクションライター沢木耕太郎は本「深夜特急」のなかで、新しい土地にきたらまず適当にバスに乗って終点まで行ってみるという。
それを繰り返すことで、土地勘を養うという。
沢木耕太郎に少し近づけたような気がした。

地下鉄で1時間かけてソウルの中心街に戻り、初日に空港で紹介されたもうひとつのホテルにチェックインする。

ホテルのボーイに「アルバイト」をしないかと誘われるが、断る。
何のアルバイトだったんだろう。もう少し内容を聞いてから断ればよかったと後悔する。気になってしょうがない。

明洞(ミョンドン)のあたりを歩いていると、売春の斡旋、大麻の売人から声が掛かる。

面白いのが、「とこや」というのが女郎屋の機能を果たしている(意味している)ことである。
昔の日本のようだ。
もしかすると、日帝時代の名残なのかもしれない。

しつこい誘いを逃れるためもあって、目に付いた冷麺屋に入る。
このころになると、韓国ではビールを「メッチュ」ということがわかり、「メッチュ」とビビンネンメン(冷麺)をたのむ。

コンビニで眞露(ジンロ)、カレーのレトルトパック、おにぎりなどを買う。
ホテルで眞露を飲むが、少し甘くあまりおいしくない。



■コラム 食事(7)

何を頼んでもキムチが出てくるのが嬉しい。
キムチのバリエーションの多さは、ここに来てみなければ分からない。

水原(スウォン)で食べたカルビ定食に付いていたキムチ、これはむしろ塩辛といっても良いような代物であったが、辛すぎて食べられないものであった。
バンコクのグリーンカレー以来、辛さで食べられなかったのは2度目である。


カルビも美味しい。
私の行った店ではテーブルにて炭火で、浅いV字型の波打った鉄板で焼いた。
店のお姉さんが肉を一口大に切り分けてくれた。


韓定食というのが圧巻で、慶州で食べたのだが、15皿も並べられて、4人のテーブルでも1人前で占領してしまうというありさま。
このうちの半分ほどがキムチと分類してもよさそうなもので、残りの半分のうち半分は唐辛子を使った料理で、残りが辛くないものという按配であった。

これが約1000円。

韓定食を頼まなくとも1000円程度の料理を頼むと、やはり10以上の皿が並ぶことがあった。
                                          (つづく)

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