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次に、ササッ人の住む、ササックの村に行く。 茅葺きのような屋根に竹などで骨組みを作った、素朴な家。 まるでタイムスリップしたようだ。 一応、電気も来ているし、テレビもあるようではあるが、それにしても実に簡素である。 観光地化されていないためか、さほど見るものはなかったが、これがインドネシアの一面であることは確かである。 ツアーはこれで終わり。 帰りは、飛行機でロンボク島のセパラン空港からバリ島のデンパサールへ飛ぶ。 クタの北隣にあるレギャン地区でホテルを確保。 夕食に、エビとアスパラクラブスープを注文。 (味は忘れた) 食後、タクシーを拾って、バリで最も有名なスーパーマーケット「スーパーノバ」に行ってみる。 タクシー代110円。 地元の食材などがあって、楽しい。
サンバル(激辛チリソース)を購入。ABCサンバルアスリというヤツである。 辛み調味料が大好きなのである。 (つづく) |
>バリ島
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●4日日(8月14日) 今日はいよいよロンボク島ツアーの日である。 バリ島のブノア港からロンボク島のレンバル港まで船で渡る。 見所が分からない。 強いてあげるとしたら、原住民であるササッ人が人口の90%を占めるということ。 バリ人とは違うらしい。 ツアーといっても我々2人だけ。 車で連れて行かれたのが、焼き物工場そして織物工場。 ここで働いている人がササッ人なのだろう。 私にはバリ人との違いが分からなかった。 次に行ったのが、クタビーチ。 バリ島にもクタビーチがあるが、ここロンボク島にもあった。 しかし、ここのクタビーチは、観光客は一人もいない。 地元の子供達が泳いでいるだけであった。 そのため、海水がとても綺麗だ。
後で調べたところによると、サーファー達には有名なサーフポイントがあるのだそうである。 (つづく) |
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●3日日(8月13日)。 朝、起きてみると、水田が綺麗である。 日本では、こんな風に水田をじっくり眺めることなどしなかった。 バリで改めて水田の美しさに感動するとは。 ただ、ここの水田が日本と違っていたのは、椰子の木が生えていることである。 そのミスマッチが面白い。 遠くで牛が草を食べていた。 ネカ美術館(バリ絵画等が展示されている)を見て、バスでクタに戻った。 夕食は Made'sWarung とうレストランで、ミークア(ラーメン)、サテ(鶏肉などの串焼き)、クラブチリスープ(カニの辛スープ)、ビンタンビール。 ここで気が付いたことが一つ。 バリはヒンドゥー教の島であるにもかかわらず、牛肉も豚肉も食べるということ。 ヒンドゥー教の本家であるインドではどちらも食されていないのである。 バリヒンドゥーが、元々の土着宗教とのチャンプル(ごちゃ混ぜ)の産物だからであろうか。
(つづく) |
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夜、プリ・サレン・アグン(ウブド王宮)で、マハーバーラタ物語のバリ舞踊が行われるというので、見に行った。 マハーバーラタはヒンドゥー教の聖典の一つであるが、予備知識が何もないため、舞踊の意味は全く分からなかった。 分かったのは、タイ舞踊に似ているということ。 豪華な衣装に、(一部)仮面を使い、指先まで気の行き届いた踊りであることだ。 バリらしさを堪能できたことは確かである。 夜食にナシチャンプルを食べる。 ナシは「ご飯」、チャンプルは「混ぜる」を意味する。 ご飯に、色々な総菜が入っている。 これと、バリハイというビール、ビンンタンビール。 それにしても、チャンプルは沖縄の言葉かと思っていたら、バリ島でも通じるとは。 沖縄も東南アジア文化圏に属していると言うことだろうか。 これも旨い。
これも日本人向きの料理であった。 (つづく) |
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ウブドの街は小さい。 一キロほどのメインの道路脇に店が並ぶ。 とりあえず昼食を取るために、レストランに入る。 インドネシアといえばナシゴレン(インドネシア風焼き飯)であろう。 それとグリーンサラダを注文。 なかなか美味しい。 インドネシア料理は日本人の口に合うようだ。 洋服屋、お土産屋に混じって、入れ墨(TATOO)の店を発見。 バリ島の寺院は特徴がある。 割れ門という、山をすぱっと真ん中から割って切り離したような門が必ず設けられているのである。 左が悪、右が善を現しているのだそうだ。 プリ・ルキサン美術館(バリの絵画を展示している)やお寺を巡っていると夜になった。 夕食は Bamboo Bali というレストランで、ポークカレーとレモングラスティー。
このレモングラスティーというのは美味しい。 レモングラスにお湯を注いだだけのものであるが、なかなかいけるのである。 帰国してからも、レモングラスを売っている店を探して、再現してみたほどである。 (つづく) |




