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●第7日目(8月17日) 昨晩見たノートルダム寺院に入ってみることにした。
内部は、とても広く、沢山の椅子が並べられていた。 ステンドグラスが美しい。 無人の教会。心が落ち着く。 (つづく) |
>ベネルクス
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3時間でシャロン・アン・シャンパーニュに到着。 ホテルを確保し、食事に行く。 Les Ardennesというレストランで、エスカルゴを注文。 そして、魚介類ととびきり相性の良い白ワインであるミュスカデを頂く。 旨い。 ブルゴーニュでなくとも、旨いワインとエスカルゴは食べられるのである。 外に出ると、ノートルダム寺院がある。 ノートルダム寺院というのはヨーロッパ中にあるので、珍しいものではないが、どこの寺院も立派なのに驚く。 あとで知ったことだが、ノートルダムとは「聖母マリア」の意味なのだそうだ。
八坂神社が日本中にあるのとよく似た事情なのであろう。 (つづく) |
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ヴィアンデンには、ヴィアンデン城がある。 ヴィアンデン城は、9世紀に建てられた、ロマネスク様式の教会や騎士の部屋などがある。 ファサードがベルギーの民家のようでもあり、親しみが持てる。 そろそろ時間である。 ルクセンブルクで見るべきものは全て見た、ということにしよう。 駅に戻り、フランスのメッツ駅に向かう。 フランスのブルゴーニュ地方に行ってみたいと思っていたからだ。 メッツ駅で、ブルゴーニュ地方の首府であるディジョン行きの電車に乗り換えればよいのである。 しかし、そのような電車は無かった。 トーマスクックの時刻表のコピーにはディジョン行きの電車があるはずなのにである。 駅員さんに聞くと、今日のディジョン行きの電車はもう終わったとのことであった。 時刻表をよく見ると、乗ろうと思っていた電車は、今日は走っていない。 曜日によって走ったり走らなかったりの電車だったのである。 困った。 ここ、メッツで一泊して行くほど、ブルゴーニュに明確な目的があったわけではない。 ただ、ブルゴーニュワインを飲み本場のエスカルゴを食べたかっただけなのである。 代案として、シャンパーニュ地方を同行のITに提案してみる。 提案は受け入れられた。 こうして、急遽予定を変更して、シャンパーニュ=アルデンヌ地域圏の首府であるシャロン・アン・シャンパーニュを目指すこととした。
(つづく) |
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●第6日目(8月16日) ルクセンブルク観光 ルクセンブルクは神奈川県ほどの大きさしかない国である。 金融で国興しをしており、どちらかというと、経済の国である。 観光的にめぼしいところは少ない。 1日で通り過ぎる予定。 ルクセンブルク駅のコインロッカーに荷物を預ける。約100円。 トイレで用を足す。 有料で、約140円。トイレの方が高いとは、どうなっているのだこの国は。 電車で、エテルブルックへ行き、バスに乗り換えて、ヴィアンデンへ。 というつもりが、電車を乗り過ごし隣の駅で降りてしまったようだ。 駅員の人に、ここはエテルブルックかと聞いたが、違うという返事が返ってきた。 この路線は、1時間に1本しか電車が走っていない。
逆向きの電車に乗って、無事にエテルブルックへ。そしてヴィアンデンへ。 (つづく) |
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ワーテルローはナポレオン軍とウエリントンらのイギリス・プロイセン連合軍の戦いでナポレオンが破れた史跡であり、ライオンの像の丘が残されている。 これはきれいなピラミッド形状であり頂上にはフランスの方向をにらむライオンの像が乗っている。 帰路、ブリュッセルの窓というランナバウトを見つけた。 ランナバウトとは信号機を使わないロータリーのある交差点をいう。 ランナバウトはイギリスの発明らしいがすぐに信号機という文明物に頼りたがる日本と異なり、空間利用の旨いヨーロッパらしい工夫である。 ガースベーク、ワーテルローツアーはここで終了。 夜は、ブリュッセルで夕食とする。 昼間寄った、ギリシャ料理屋の隣の店である。 白ビールとサーモンサラダ。 ベルギーはビールが旨い。 ミネラルウォーター、ビール、お菓子を買って、電車に乗り込む。
行く先は、ルクセンブルグ。 3時間で到着。 Bristolホテルにチェックイン。 1泊一人で約8000円。 (つづく) |


