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●第3日目(4月28日) メリダ、ウシュマル 朝5時に起き、白タクを拾って空港へ行く。 100ヌエボペソ(1400円)は安いと言えよう。 メリダに飛び、タクシーでカサ・デル・バラム・ホテルにチェックイン。 暑い。 バスに飛び乗りウシュマルへ。 途中バスはジュース屋に立ち寄る。 この暑さでは、ジュースを飲まないわけにはいかない。 ウシュマルでモンテホビール、Sopa de Lima、ベジタリアン定食。 Sopa de Limaはユカタン半島の名物料理だそうである。 鶏肉の浮かんだライム味のスープ。 ★ウシュマル ウシュマルの建造物は8〜11世紀に造られたとされるが、チャック(雨の神)などで飾り立てているのが特徴である。 尼僧院、総督の宮殿がそれにあたる。 ユカタン半島のマヤ遺跡の中で最も美しいのが、ウシュマルの魔法使いのピラミッドだと思う。 他のマヤのピラミッドとは違って、丸みを帯びた台座に急傾斜で造られたこのピラミッドには優雅さが漂う。 チチェン・イツァーと異なりトルテカの影響を受けていない純粋なマヤ遺跡(プウク様式)である。
(つづく) |
>メキシコ・グアテマラ
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テオティワカン観光はここまで。 メキシコシティ街中に戻る。 テンプロ・マヨールを見る。 テンプロ・マヨールはテノチティトランの中央神殿である。 今は見る影もないが、かつては巨大都市が建設されていた。 ★テノチティトラン 現在のメキシコシティの地はかつて5つの湖であった。 そのうち最も大きいのがテスココ湖であり、その中の島にアステカの都が築かれた。 湖岸とは人工の土手で結んだ。 最盛期には20万〜30万人が住んでいたといわれる。 ウィツィロポチトリ(軍神、部族神)を最高神とし、それ以外にもトラロック(水神)、テスカトリポカ(軍神)、ケツァールコアトル(金星・風・知識・商人の神)など、多くの神を信じていた。 二本の階段を持った双子の神殿や高い塔などの石造りの建造物が水中にそそり建っていたといわれる。 これを見たスペイン人は自らの目を疑った。 当時スペイン人はこれほど巨大な建造物を建てたことはなかったのである。 トルテカのトゥーラでテスカトリポカ(軍神)に敗れたケツァールコアトル(金星・風・知識・商人の神)は東の海に去るが、その際に「一の葦の年に帰ってくる」と言い残す。 そしてまさに一の葦の年(1519年)スペイン人コルテスがアステカにやってきて、それを見たアステカの王モクテスマ二世はケツァールコアトルの再来と考え、これがスペイン軍に大敗しアステカ王国滅亡の原因になったといわれる。 スペイン人のアステカ征服の過程で、テノチティトランの建造物は破壊され、またテスココ湖自体も運河を使った排水によりわずかに痕跡を残す程度となってしまた。 現在はメキシコシティのソカロの近くで中央神殿の跡がわずかに発見されている。 双子の神殿というアステカ独特の建築様式はメキシコシティ北部のテナユカで見ることができる。 ホテルを替え、アメリカタワーの近くで夕食とする。 Mole(何のMoleだったか忘れた)、チキンスープ、ビクトリアビールだ。
Moleとは、チリトウガラシ、カカオ(チョコレート)、ナッツ等を混ぜたソースで、肉などを煮込んだ料理。 メキシコ名物である。 ちょっと甘いので、慣れが必要である。 (つづく) |
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ティオティワカンは広大な公園のようでもある。 太陽のピラミッドと月のピラミッドがわずかに地平線を遮る広大な平地。 恐ろしく贅沢な空間。 残念ながら、高所恐怖症のせいでピラミッドに登れない。 ピラミッドを見上げるのみ。 このすばらしい光景は夢に出てきそうである。 サボテンの木がたくさん見られる。 メキシコらしい風景。 ウチワサボテンの木がこれほど大きくなるとは。 メキシコ特有の馬鹿でかい帽子(ソンブレロ)を被ったおじさんが何か売っていた。
気温33℃。 日焼けする。 (つづく) |
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●第2日目(4月27日) ティオティワカン 地下鉄とバスを乗り継いでティオティワカンへ。 バスの中には流しのギター弾き、アイスクリーム屋、トルティーヤ売りが次々と乗り込んで小銭を稼いで降りて行く。 私もギター弾きにいくらかはずんだ。 ミュージシャンに弱い私。 ★テオティワカン(テオティワカン文明) テオティワカンはオルメカ文明の衰退後にそれに代わって現れた。 現在はメキシコシティで痕跡程度にしか残っていないテスココ湖の北に、一大祭祀センターとして興り、ピーク時には10万人〜20万人の人口を誇ったという。 テオティワカンとはアステカの言葉で「神々の家」という意味で、後年廃墟となったこの地を見たアステカ人が巨人の造った街だと考え命名した。 テオティワカンでは太陽と月のピラミッドが有名である。 またこの二つのピラミッドと、ケツァールコアトルのピラミッドを結ぶ南北に通る死者の大通りと、その周辺にたくさんの寺と住居跡が整然と並ぶ都市が作られている様は圧巻である。 ざっと見積もると死者の大通りは5kmにもなる。 テオティワカンのピラミッドとエジプト ギザの3大ピラミッドを比較してみよう。 クフ王のピラミッド 底辺220m 高さ137.28m (建築当初 底辺230.36m 高さ146.63m) カフラー王のピラミッド 底辺214.5m 高さ143.5m メンカウラー王のピラミッド 底辺105m 高さ65.5m(建築当初) 太陽のピラミッド 底辺225m 高さ65m 月のピラミッド 底辺150×120m 高さ46m 階段状ピラミッドのテオティワカンのピラミッドは高さこそギザのピラミッドに及ばないが底辺面積はほぼ匹敵することがわかる。 ケツァールコアトル(羽毛の蛇、水と農耕の神)、トラロック(雨の女神)が信仰された。 ケツァールコアトルは後のマヤ、トルテカ、アステカでも信仰されている。 人口増加、森林伐採による環境破壊が滅亡の原因ではないかと言われている。
(つづく) |
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●中米の遺跡群 マヤ・アステカと一くくりにしてしまうが、より詳細には中米には以下のような各種の文明が興りそして滅びていった。 これらは時代、地域、部族の違いによって分類されているが、互いに影響を及ぼしていたようである。 こうしてみると、オルメカ文明を起点に東西に分離していった様子が良く解る。 恐らく、人の動きも東西に流れたのだということが予測できる。 もっとも、素人の考えであり、単なる偶然かも知れない。 我々はこの中のウシュマル、チチェン・イツァー、ティカル(以上マヤ文明)、テオティワカン(テオティワカン文明)、テノチティトラン(アステカ文明)各遺跡を見て回ることとした。 ●第1日目(数年前の4月26日) メキシコシティへ 成田を出てシカゴ経由で、20時44分メキシコシティに到着した。 タクシーでソナ・ロサというホテルに辿り着く。 近くのファミレスでエンチラーダ(肉やチーズを詰めたトルティーヤ、辛いメキシコ料理)とコロナビールを頼む。
しめて約800円(75ヌエボペソ)。 (つづく) |


