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(写真1) アルヘシラス 船上 (写真2) マラガ カテドラル (写真3) 街 (写真4) トレモリーノス 街 (写真5) ポスト (写真6) 街 ●第6日目(7/29 晴れ) スペイン・マラガ、トレモリーノス マラガ行きの直通バスがあるらしい。 そのバス停をホテルのフロントのおじさんにたずねる。 「ドンデ エスタ パラーダ デ オートブス バアア マラガ」 注)スペイン語でマラガ行きのバス停はどこでしょうか?と言ったつもり。一応会話になっていた。 ホテルの近く150mの位置にあるらしい。ついている。 マラガでは、ピカソの生家などを見て回る。 そこにあった絵は抽象画ではあるが、キュービズム運動初期の頃の作品であろうか、まだ洗練されているとは言いがたい。 ミロからの手紙と思われるものも展示されている。 カテドラル前のCafeBarがとても良い感じ。 グラスワインで一人で乾杯。 ようやくここまできた。 鉄道の近郊線を使いトレモリーノスに行く。 ここはコスタ・デル・ソルの最も華やかなビーチの一つだ。
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>モロッコ・イベリア半島
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(写真1) フェズ−タンジェ間 (写真2) タンジェ ホーム (写真3) 港 (写真4) タンジェ(モロッコ)−アルヘシラス(スペイン)間 (写真5) アルヘシラス ●第5日目(7/28 晴れ) モロッコ・タンジェ,スペイン・アルヘシラス 実は、マラケシュに行ったときに、このままアトラス山脈を越えて、サハラ砂漠に行くことも考えた。 しかし、痛風発作の回復直後であること、日陰でも40℃という暑さで体調維持ができるか心配だったことから、早めにスペインに行くことにした。 今回の旅は、無理をしない、休息の旅にしたかったのである。 今日はスペインのマラガまで行く予定。 フェズ駅からタンジェに鉄道で移動し、タンジェ(モロッコ)からアルヘシラス(スペイン)へフェリーで渡る。 このフェリーが曲者であった。 タンジェでの出国審査を終えて、フェリー乗り場で待っていても動きが全くない。 乗るべきフェリーの出港の時刻(13:00)はとっくに過ぎている。 出国者10人くらいで待っていたが、何事も起こらない。 スペイン人と思われる人が係員に聞くと、別の場所から出港するらしい。 走って、そしてバスに乗って船着場に着くが、もう乗せられないとのこと。 同じ境遇の人が別にもいて、強い調子で交渉するが、答えはNo。 泣き出すおばさん。 しぶしぶ元に戻る。 オロオロしていると、スペイン人らしき親子連れの母親が、私に任せておけと言ってくれる。 色々交渉してしてくれた挙句、チケットを別のフェリーに振り替えてくれた。 結局フェリーに乗ったのはモロッコ時間16:30。 ジブラルタル海峡を渡ってアルヘシラスに着いたのが、スペイン時間で21:10。 がんばればマラガ行きの最終21:25発の電車に間に合う。 注)トーマスクックの時刻表をコピーしていたので、鉄道の発車時間は分かっていた。 タクシーをとばして発車1分前に駅に到着する。 しかし、もう席はないと冷たい駅員の一言。 仕方なくフェリーターミナル近くのホテルで、一夜を過ごすことにする。 タンジェ港で初めて日本人の団体に遭遇した。 これを入れなければ、モロッコ4日間で会った日本人は、いや東洋人は一人だけであった。 夜の食事はホテル隣のBarで、バゲットを使ったチーズバーガーと一品(焼きタラコを使ったサラダ)そしてビール。 やはりスペインは食事が旨い。 夏時間のスペインは、22時といえども薄明かりが残っている。 日が長いのではなく、時刻がずれているだけなのだ。 ホテルのTVで、闘牛をやっていた。
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(写真1) フェズ フェズエルバリ タンネリ (写真2) フェズエルバリ タンネリ (写真3) フェズエルバリ アッタリーン・マドラサ (写真4) フェズエルバリ アッタリーン・マドラサ (写真5) フェズエルバリ サボテンの実を売っている (写真6) フェズエルバリ 路地 (写真7) フェズエルバリ クスクス 迷路のようなメディナ(旧市街)を正しく歩くのは困難だが、自称ガイドの子供達がたくさんいるため目的地にたどり着くことは可能だ。 1DH(ディラハム、約12円)で道を教えてくれる。 「ここの屋上から見るタンネリ(革なめし)は面白いぞ」と、おじさんに声を掛けられる。 言われるがままに上がってみると、確かにベストポジションと言える所であった。 ただ、この場所からでも、タンネリはものすごく臭い。 アッタリーン・マドラサは14世紀の神学校である。 イスラム風の建築様式、装飾が美しい。 ただでさえ狭い道を、ロバや馬がすれ違う。 「ヘロ!ヘロ!(=Hello!)」と声を掛けてくる子供達。 彼らも幸せそうだ。 腹が減った。 フェズ・エル・バリの内部にレストランはない。 そこで、一旦外に出た。 ブージュルドー門の近くの食堂で、初めてクスクスを食べる。 注)クスクスとは粒状のパスタ(?)にスープや肉を合わせた料理。北アフリカ特有の料理である。 チキンのクスクスで、ニンジン、かぼちゃ入りでターメリックの色がついている。 格別うまいということもないが、癖がなく常食可能である。 持ち歩いている温度計を見ると、日陰でも40℃を超えている。 再び、フェズ・エル・バリをさまよい歩く。 同じ所を、ぐるぐる回っているうちに、土地勘も養われ、目的地に自力でたどり着けるようになった。 ひたすら、歩き回った。 恐らく、再び訪れることのないであろうフェズを記憶に留めるために。 やがて、日も傾き、このすばらしい混沌、フェズ・エル・バリを後にすることにした。 夜はホテルでタジンを食べる。 注)タジンとは煮込み料理のこと。いろいろな種類がある。 これは羊肉なのであろうか、豚の角煮のように肉がホコホコと崩れるくらいに柔らかくこれに瓜が入っており、味も角煮にそっくりであった。
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(写真1) フェズ ホテル (写真2) ブージュルード門 (写真3) フェズエルバリ 肉屋 (写真4) フェズエルバリ 路地とロバ (写真5) フェズエルバリ 路地 (写真6) フェズエルバリ カラウィンモスク ●第4日目(7/27 晴れ) モロッコ・フェズ フェズ・エル・バリの入り口に位置するバトハ(Batha)というホテルに移動する。 乗ったプチタクシーの運転手に、「バトハ」ではなく「バ(普通)ト(弱く)ハ(強く)」であると注意される。 車内にかかっていた音楽が面白かったため、曲名をメモ帳に書いて貰う。 ただ、これはアルジェリアの音楽だよ、モロッコじゃないよ、と言われる。 ホテルはモロッコ風の中庭(パティオ)付。 これは外の熱を遮断し、ひんやりとした共有空間を作る工夫なのだろう。 いよいよフェズ・エル・バリを歩く。 フェズ・エル・バリは西暦808年にできたメディナ(旧市街)である。 フェズ・エル・バリの入り口はいくつかあるが、最も有名なのがブージュルード門である。 門をくぐると人、物、ロバ、あるいは馬でごった返す。 迷路のような細い路地が続く。 生活と商魂があふれかえり、その熱気にあたってしまいそうだ。 羊肉が成体の原型をとどめた形で吊り下げられ売られている。 サボテンの実と無花果(いちじく)が売られている。 服、電化製品、香辛料、金物、家具なども。 ここの見所はこのスーク(市場)以外にモスク、タンネリ(革なめし)などがある。 カラウィンモスクに入ろうとすると、異教徒はダメと追い返される。 ここは、近代的な建物と無縁な別世界。 恐らく1000年前からほとんど変わっていないのであろう。 熱にうなされるように迷路を歩き続けた。
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(写真1) マラケシュ 朝の街 (写真2) 朝の街 (写真3) 朝の街 (写真4) 列車 ●第3日目(7/26 晴れ) モロッコ・フェズへ 今日はフェズに移動することとした。 マラケシュをもう少し見てから移動するか、直ぐに行くか決めかねていたが、鉄道の駅で時刻表を見ているうちに「直ぐに」に決定。 マラケシュでもう一日過ごすとしたら、メディナ(旧市街)を見ることになる。 そうすると、フェズのメディナを見たときの感動が薄れることを恐れたのだ。 それに、昨日のフナ広場以上の面白さを、ここで見つけられるとは思えなかったからだ。 さらに、昼間歩き回るのは、この暑さではかなり辛いものがある。 列車のファーストクラスのコンパートメントは6人掛け、自由席である。 スペイン人らしい若者が「こちらにおいでよ」と誘ってくれたが、言葉の壁に四苦八苦するのは目に見えていたため断る。 私の陣取った部屋には、女性とその子供の3人が入ってくる。 夫と思われる男性と別れの挨拶をしているところをみると、地元(マラケシュ)の人であろう。 子供達は、好奇心の固まりとなってチロチロこちらを見ている。 軽く挨拶する。 まだおしゃぶりをしている3歳くらいの子と、5歳くらいの子の2人。 沢木耕太郎の「深夜特急」イタリア以降の編を読む。 某愛人と会うくだりで、思わず涙が出そうになる。 旅先では涙腺が緩くなるようなのだ。 そんな時、小さい方の子がトコトコやってきて、自分が食べかけていたお菓子を私にくれたのだ。 涙があふれ、頬を伝いそうになる。 「グラシアス(ありがとう)」子供相手にそう言うのがやっとであった。 7時間半の列車の旅は終わり、フェズに到着した。 駅前のibisというフランスのチェーンホテルの部屋を確保すると、疲れが出たのか眠ってしまう。 2時間ほど眠った後、ホテルの近くのレストランに行く。 通風発作以来飲まなかったビールを、恐る恐る注文する。 FLAGというモロッコのビールだが、アメリカビールのようで美味しくない。 ここでモロッコのサラダ(モロカインサラダ)とマスの焼き物を食べる。
付け合せのオリーブの実のピクルスが酸っぱ辛い味付けがされており、くせになりそうである。 (つづく) |






