人生は思い通り

きらきらくんのキラキラ武士

黒澤明の世界

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黒澤明監督に目覚めたのは『椿三十郎』からでした。
理屈抜きにメッチャおもろい。
素直に心が反応した初めての日本映画でした。
原語で観れる日本人に生まれた幸せ。黒澤明の魅力をもっと
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素晴らしき日曜日

 1947年、戦後最初の黒澤作品は、

スーパーヒーローも出てこなければ大事件も起こらない。

市井の若者の平凡なでも『素晴らしき』日曜日のエピソードを克明に描いた異色品。

賛否両論ある思い切ったラスト(賛の人は観た事無いな〜)など割り引いても

初期の黒澤作品の中では、肩肘張らず観れる大好きな愛すべき作品です。


イメージ 1


 主人公の男女、雄造と昌子。
 
お互い好意を持っているが日々の生活は苦しく、会えるのは日曜日のみ。

本日だって、せっかくの日曜日だって言うのに所持金もたった三十五円。

お金が無くたって、2人でいれば楽しめるはずとデートを重ねるが

どこに行っても思うように行かず・・・


  いつの時代のカップルも男はバカで幼く、女性の方がしっかりしてる物ですね〜


始めて観たときは、巨匠黒澤明にも「こんな感覚があるのか」と驚かされました

幼なじみの植草圭之助の脚本のせいでしょうか、若者の気持ち・風俗描写が素晴らしい

とくに、雄造のアパートでもエピソードは秀逸です。

 土砂降りの雨が印象的でこの頃から雨の降らし方が上手いな〜と感心しちゃいます。



 野球をしている子どもたちの笑顔はどこまでも明るく

逆に昌子に握り飯を売ってくれと金を見せ、昌子がお金は要らないから食べなさいと

差し出すとむさぼるように食う少年の凄さ。

この時代、たしかに日本は貧しかった

でも明日、未来への夢や希望が持てる時代でもあった(そう願った)のでしょう。

 コーヒーショップを夢見て空想する所からブランコまでの若者が明日への夢や希望を

再び取り戻すまでのシークエンスでエンドとなれば完璧でした。


  三船と出会う前に、よくぞこんな素晴らしい小品を残してくれた・・・

というか出会う前だから出来た作品かもしれません

そして、次作でいよいよ、衝撃の三船敏郎登場です。



1947年 108分 東宝

脚本植草圭之助 撮影中井朝一 音楽服部正 出演沼崎勲 中北千枝子 

我が青春に悔いなし

 1945年8月15日 天皇詔勅のラジオを聴くために黒澤明は砧撮影所に呼び出された。

当時の様子を黒澤明は下記のように追随する。

 『撮影所まで行くまでの商店街の様子はまさに一億玉砕の雰囲気であった。

詔勅が終戦の宣言だと予想していた私は、この有様を見て日本はどうなるのだろうと危惧していた。

ところが、詔勅を聴いた後の帰り道では空気が一変し、商店街の人たちはまるで祭りに前日のような

浮き浮きとした表情で働いていた。

 これは日本人特有の柔軟性なのか虚弱性なのか

もし、詔勅が終戦宣言ではなく一億玉砕を呼びかけるものであったならあの商店街の人たちは

間違いなくそれに従ったであろう。

そして、私もおそらく、そうしたであろう 』


 この経験から黒澤明は
 

 『我々日本人は、自我を悪徳とし自我を捨てることを良識と教えられ、

それに馴れて、それを疑うことすらしなかった。 日本人はその自我を確立しない限り

自由主義も民主主義も無いと思った』



  そんな心情から、彼の戦後最初の作品は『自我』をテーマに置いた『我が青春に悔いなし』


イメージ 1


  本作は、満州事変をキッカケとする帝国主義思想への統一を強行する中での思想弾圧事件

「京大事件」がベースとなっており、同じく「ゾルゲ・スパイ事件」の尾崎秀実をモデルにしたと

思われる主人公野毛(藤田進)と彼を慕い彼の意思をついで戦う女性幸枝を原節子が演じる。

 本作は、かなり極端な描写や主人公は幸枝(原節子)エキセントリックな演技が

目に付くという批評も多く、黒澤明の作品中でもさほど評価の高い作品ではないが、

わたしは興味深く面白く観る事が出来た。

そしていよいよ黒澤作品というものが表現されだしてきたのではないかと思った。


イメージ 2

 小津作品での良家のお嬢さん役のイメージの強い原節子であるが本作ではまさに[自我」の塊

自己主張の強く、自らの意思で人生を切開く女性をみごとに演じている。

(但し年表的には、原節子は当時まだ小津作品には出演しておらず単なるお嬢様女優だったそうだ)



 本作で黒澤明の意図することは観客に伝わったのであろうか?

現代の「自由」が当たり前の時代を生きる私には推し量ることが出来ないが

映画評論家佐藤忠男は、当時16歳の少年としてリアルタイムで観た本作に関して下記のように

書き綴っている。


 『そのとき、私はちょうど16歳。前年8月に日本は連合軍に降服。祖国にために死ぬという

つもりで海軍の航空隊に入隊していた私だったが、海軍が解散し故郷に帰っていた。

それまで日本が戦争に負けるなどということは考えてみたことも無かった。

日本がやった戦争が正義に反するものだということも考えてみたことが無かった。

日本人の中に、この戦争に反対の人がいるなんて考えてもみた事が無かった。

日本が中国に侵略戦争をはじめた1937年に小学生になり、完全な軍国主義教育しか知らなかった。

 しかし私は若かった。戦後大きく変わる思想に驚きながらもそのことの興味を持ち

その意味を知りたいと貪欲に思っていた時期に本作を観た。

 ・・・・・黒澤明の意図するものは16歳の少年には完全に伝播されたと思う。

私は殆ど仰ぎみるように幸枝と言う女性をみた。そして彼女に日本の未来があるように感じた。』


 1946年 東宝作品 110分  昭和21年キネマ旬報第2位 

 監督黒澤明 脚本久板栄二郎 撮影中井朝一 音楽服部正

 配役 大河内伝次郎 三好栄子 原節子 藤田進






 

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虎の尾を踏む男達

 1945年「続姿三四郎」の後、大河内伝次郎、エノケン主演による「どっこい、この槍」と言う作品を企画するが
 
ラストの桶狭間の合戦に必要な馬が調達できず中止となり、急遽同じ配役で「勧進帳」をベースとした
 
本作を企画。
 
イメージ 1
 
 当時、東京はB29による大空襲が続き、3月10日の大空襲で下町は焼き尽くされ何百人と言う死者が出た。
 
そんな中、結婚したての黒澤監督は喜代子婦人と恵比寿に新居を設けていたが、
 
戦火を避けるべく祖師谷の助監督堀川弘道さん宅へ引っ越した翌日に恵比寿の自宅は全焼したらしい。
 
もし・・・1日遅れていたら「七人の侍」も「用心棒」も「生きる」もこの世に生まれて無かった
 
 そんな堀川さんも召集された東京で「虎の尾を踏む男達」は企画・撮影の準備にはいった。
 
そして8月6日の広島、9日の長崎を経て15日を迎える。
 
当時の様子を自伝『蝦蟇の油』のなかで
 
「撮影所で終戦の詔勅をラジオで聞いて、家に帰るその道は、まるで空気が一変し、一億玉砕を覚悟していた
 
商店街の人々は祭りの前日のようにうきうきした表情で立ち働いていた・・・」とある。
 
そんな中でも、映画製作への情熱を燃やし敗戦で撮影は一時中断するものの本作は完成する。
 
本作には、そんな時代の新しい自由な空気が現れているのかもしれません
 
1945年 9月 東宝作品 59分。 *但し公開は1952年「白痴」公開後となる。
 
監督・脚本黒澤明  撮影伊藤武夫 音楽服部正 
 
配役 大河内伝次郎 藤田進 森雅之 志村喬 榎本健一
 
 
 
 
 
 
 
 
 

一番美しく

1944年 東宝作品 85分  
 
監督・脚本黒澤明 撮影小原謙治 音楽鈴木静一 
 
配役 志村喬 矢口陽子 入江たか子
 
 『姿三四郎』に続く監督進出第2作。
 
唯一と言ってもいい黒澤監督の描く女性映画です。
 
戦意高揚映画とバッサリと斬る人も多いが、木下恵介監督は黒澤作品で1番好きだと言われたとか。
イメージ 1

 物語は軍需工場に働く少女たちが男子労働者に負けまいと頑張る日々をドキュメンタリータッチで描く。
 
今回観直して見て、木下監督が一番好きだといわれるのも納得。
 
戦意高揚映画として企画されたものに黒澤流ヒューマニズムを上手く練りこんだ作品に仕上がってる。
 
ドキュメンタリー風に制作するために女優陣に事前合宿させたりする雰囲気作りに時間をかける手法は
 
この頃から始まっていたとはビックリです。
 
作品タイトルも「渡辺ツルたち」から「門は胸を開いている」、「日本の青春」を経て「一番美しく」へと
 
たどり着いたという
 
健気な彼女たちの頑張り、自分を犠牲にて献身的に働く姿や奮闘には感動する反面、
 
「ひめゆりの塔」同様こんな純真な少女たちの純真を踏みにじる戦争って・・・と思わずにはいられない。
 
 
イメージ 2
 
 

続姿三四郎

 『続姿三四郎』は、あまり上出来の映画にはならなかった。
 
「当時の批評に黒澤は慢心している」と言うのがあったが、慢心なんてしていない。
 
渾身の力を振り絞れなかっただけである・・・。
 
  ご本人がそう仰ってるんだから仕方がないか(笑)
 
イメージ 1
 
私も黒澤前30作品中、唯一観たことがなかったのが「続姿三四郎」である
 
あまりにも評判が悪いのでわざわざ「お勉強」のために観る必要も無かろうと思い今日まで来ました。
 
  
  生誕100周年記念で全作品を振り返ろうという壮大な企画のため(笑・・・自分で勝手に言ってるだけ) 
 
はじめて見ました。
 
 とは言え、姿三四郎での敵役「桧垣源之助」の性格に妙に惹かれ、彼の末路に愛情を傾けて描いたと
 
言うのだから一見の価値はあるんじゃないかと期待したのですが、オープニングからして
 
姿三四郎とは程遠い作品でした。
 
「蝦蟇の油」での監督の言葉を借りれば、『二番煎じの二匹目の泥鰌』。
 
1945年 黒澤35歳。 敗戦濃厚の中、結婚。
 
本作から正式な監督として契約となっており、さすがの監督も会社の意向を無視できなかったのか?
 
  想い入れも少ないのか、姿三四郎に関しては同著書で24pに渡り熱き想いを綴られ
 
もっと書きたいことは山ほどあるがキリが無いとあるのに、続姿三四郎に関してはわずか3pの有様です。
 
「一番美しく」ですら(失礼)「私の一番可愛い作品」と言ってるのにそんな言葉もなし!!
 
監督にやる気、思い入れが無ければいい作品になるべくも無いでしょうね〜。
 
佐藤忠男「黒澤明解題」でも姿三四郎10p、続姿三四郎4pの記述
 
ドナルドリチー「黒澤明の映画」でも姿三四郎18p、続姿三四郎6pと評論家にも
 
評価以前に黙殺されかかってまして・・・(涙)
 
「どこを観ても意味の無いことだらけ」
『作る気が無くて彼が作ったただ一本の作品」と断言される始末です。(笑)
 
 そこまで言われちゃうとかわいそうなのでフォローしてあげたいけど・・・・・・
 
 『車屋が、三四郎に助けられ弟子入りし
        段々と力をつけていくシーンは良かった』
 
1945年 82分 東宝作品 
 
監督・脚本黒澤明 撮影鈴木博 音楽服部正
 
配役 藤田進 大河内伝次郎 月形龍之介
 
 
 

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