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現在の食事環境の変化に伴う給食体制の変化と、その課題に対する処方箋
生活習慣病は大人の問題ではない。今や子供たちにもその病は蔓延し、「メタボリックシンドローム」という言葉の発生から健康への意識は社会経済効果があるために、国が主導して対策に取り組んでいる。第二次世界大戦後、経済成長を含むわが国の社会事情の背景に畜産物や油脂の摂取の増加により、以前の日本型の食事から一変して欧米型の食事に変化した。また、塾通いや残業などによる家族のライフスタイルの変化によって夜型生活の習慣化やコンビニエンスストアの普及による家族同士で食事をする機会が減り、個食や孤食が増えた。※1
アメリカの給食事情はどうなっているだろうか。アメリカの給食形態は、まず日本のように教室が固定されてないので、自分から配膳を受けてSuikaのようなプリペイド式の磁気カードで給食費を支払う仕組みになっている。また、経済的事情により減額を受けている生徒とそうでない生徒のカードを同じ仕様にしており、彼らが差別を受けないよう連邦農水省は工夫をしている。しかし周辺整備はされていても生徒には自由な選択権があるとされている。学校で給食をとるのも、家からランチボックスを持参するのも自由とされており、ある生徒は牛乳だけ、ある生徒はサンドイッチとポテトフライ、またある生徒は家から持ってきた豪華なランチというふうに皆バラバラに好きなものを食べている。これは全員が同じメニューの食事をとり、生徒が嫌いな食べ物を残さないように教師が注意してまわる日本の学校給食とは明らかに異なる点である。※2
これら両国の比較より、現在の給食環境はどう変わったのか。このような現状により我が国も食に対して見直しがされている。食育改革とでも言っていいのかもしれない。食育基本法(平成17年7月施行)の規定に基づき設置された食育推進会議において、平成18年3月31日に食育推進基本計画が決定され、学校における食育の推進が目標に掲げられている。この計画はものすごく前向きなものである。栄養バランスが優れた「日本型食生活」の実践や子どもの肥満予防の推進、地産地消の推進など、皮肉ながら顔のいい目標を掲げている。※3
なぜ皮肉に挙げたかは第11回文化省メディア芸術祭優秀賞を受賞した武富健治の「鈴木先生」を題材にしながら論じていく。第1巻の@酢豚の回で、給食に関する問題が発生する。樺山という女生徒が、酢豚の給食メニューから外されるということを抗議し、そのことに対して職員会議で酢豚を廃止にするか否かというアンケートを全校生徒に対して行うことが決定された。酢豚はあまり人気がないメニューで、そのときの残飯は大量に残っていた。結局酢豚は廃止になるのだが、この食育基本法の規定と鈴木先生の内容から見ると、会議室と現場とでは、もちろんマンガではあるが考え方にズレがある。※4
一方的に言えば食育推進基本計画は戦後間もなかった給食への回帰なのだ。ゆとり教育がまた詰め込み教育に回帰しているように、これもまたそうなっている。目標を掲げること、つまりはそれを実行するという名目にあるのだから、「子供のために体に良いから食べなさい」と言えてしまうことだ。子供のことをちゃんと考えているのではと反論を受けそうだが、もちろん給食は生徒の栄養面を考えたメニューがなされており優秀な制度であるに違いない。しかし一方で本当に食べられない生徒に対しても無理強いをさせてしまわないだろうか。鈴木先生の94〜95ページにかけ、アンケート結果から数字の上では酢豚を食べられない生徒はクラス平均4人とあるが、本当に「少ない」のか。酢豚はハンバーグやカレーなどと同じメインメニューであるはずが、それを食べずに残りの授業を受ける生徒は本当に少ないのかということが議論にかけられ、職員会議の出した結論は酢豚を廃止するというものだった。
今回の食育推進基本計画はブルデューの言う「象徴的暴力」にならないだろうか。そんなことを言っていたら何をすればよいのかというのが結論として上がってくる。ひとつの解決策としてはその象徴的暴力を認め、昔のような教育を政府が認める。しかしこれには人権侵害の一面も孕んでおり、現実的に無理であろう。そこでもうひとつの提案が、行政機関が給食の入門施設を作ればよいのではないのかと思う。どんな施設かというと、給食が支給される小学校より前の段階、幼稚園や保育園に行政が介入して給食形式を実施する。行政によりマクロ的な残飯の量や好き嫌いの傾向が分析可能なため、その経験を生かした小学校や中学校における給食供給の効率性が上がるのではないのかと思う。また、試験的に子供に嫌われる食事、例えば酢の物や野菜などを幼い頃から摂取していれば鈴木先生の@酢豚のような事件は起こらなかったかもしれない。
やはり、行政は子供の立場にはなりえない。また、時代背景も違うため被教育体験をそのまま伝えることで終わってしまう。もう一度行政は子供の立場になり、また現場の先生の立場になり給食制度の実態を観察し直す必要があるように思う。そのためにも私の挙げた代替案だけにとどまらず、他にも生徒と密着した方法があるかもしれない。その方法を模索し、戦前の食育から、モノの溢れた時代に食の大切さをいかに学ぶかが再認識されるときである。
出典
※1 食育・食生活指針の情報センター
HYPERLINK "http://www.e-shokuiku.com/index.html" http://www.e-shokuiku.com/index.html
※2 アメリカの学校給食
HYPERLINK "http://www.clair.or.jp/j/forum/c_report/html/cr088/index.html" http://www.clair.or.jp/j/forum/c_report/html/cr088/index.html
※3 食育推進基本計画の概要
HYPERLINK "http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/04/06041001/001.htm" http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/04/06041001/001.htm
※4 武富健治「鈴木先生」 双葉社より出版
2008年度、教職課程科目におけるレポートより
あとがき
参考にしていただければ幸いです。昨今の食育や、教育制度、それからマンガ「鈴木先生」をベースに書いたものです。
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