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本日、携帯電話のウェブで経済ニュースを見ていたら、麻生首相はフランスやドイツの財政出動に対して前向きでない姿勢に対し、結構批判的なコメントを寄せていたのを目にした。
発言の真意について外務省幹部は「バブル崩壊後の日本の経験を踏まえ、景気刺激策の重要性を欧州にも理解してほしい、という発言。ドイツを批判しているわけではない」
とかだそうで。
まず、第一に確認しておかなければならないことが有る。それは、日本がバブル崩壊後の失われた10年と呼ばれるその期間、なんだかんだでIT化が進み、イノベーションの変化が起こった。ITインフラが続々と整備され、デジタル文化の浸透が席巻しているのは誰もが理解できることだろう。しかし、一方で日本はバブル期でも公共事業を行っており、その結果がバブル期において日本を世界有数の地位まで押し進める一方、崩壊後には巨大な負債となった公共事業、不要な有休設備、大量の失業を生んだことを忘れてはいけない。
そもそも、まず経済成長がいいことは誰もが頷くことでは有るが、ではなぜ経済成長をしなければならないのだろうか。世界経済の成長によって、貧困国も平等豊かな生活水準が得られる社会作りを目指しているのか?そう願って経済成長を願うならばいいことであろうが、実際は自分たちの生活水準が上がりさえすればいいのではないか、と考えている方のほうが多いように思う。
原始の時代には、単純再生産の社会であり、人口が爆発的に増えることもなく、一方で文化水準も上昇することはなかった。その後の発展から、火を使い、電気を使い、最近では生命を操ることができるまで進歩した我々人間は、これから先何を望み、何を欲しがるのだろうか。時代の進歩を否定しない。しかし、経済成長そのものが実は異常現象ではなかったのかということは考えられないだろうか。
我々人間が知恵を持ち、ああしたい、こうすればうまく行くと試行錯誤を繰り返し、文明が発達してきた。そのこと事態は否定しない。では、なぜ人間だけ知恵を持ち、このようなことをできるようになったのか。ソフトバンクのお父さんに聞いても、きっと話してくれない。人間がいなかったら、きっと単純再生産の時代がいつまでも続いていたはずであろう。(動物の自然環境への変化、変態に関して・・・?)
う〜ん、結構回りくどいかもしれないが、結論から言うと、財政出動自体が過去の栄光からすばらしいと判断するのは、結構危ないことではないのかな、というのが僕の答えになります。ドイツが慎重なのも別に悪いことではない。むしろ日本が自分の考えを押し付けようとする、その姿勢は私はあまり好ましいことだとは思わない。正解か不正解かは、そんなものの答えは10年後になってみないとわからない。だと僕は思います。(乱文気味か?)
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ご指摘の点、共感するところ多し!
それと、財政出動が、どこにどういう形で行われるかも問題ですね!
麻生氏は、一番早く、不況から脱出してみせると、言っていましたが、OECDでも、世銀でも、経済の落ち込みと回復は、アメリカやEUよりずっと日本が、一番ひどく、一番回復が遅いと予測しています。又あらたな10兆円に及ぶ経済対策を打ち出そうとしていますが、果たして成果は得られるでしょうか?
2009/4/7(火) 午後 10:28 [ 琵琶 ]