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先日アナウンスしたもののつづきであります。『社会的需要という側面からの性別という記号性』というおだいから見ていきましょう。
そもそも女性から得られるイメージというのは何か。優しさ、強さ、かわいさ、優雅さなど個別の意識はあるかもしれませんが、それを社会的なものとして位置づけるとき、特にマスイメージによって植え付けられた『かわいさ』が先行する。社会構造のなかに埋め込まれた記号として定着され、またそれを利用するということが出来る。一方で男性は『かっこよさ』『強さ』が先行する。ジャンプの代表作とされる作品を見る限り、主人公はかっこよく、ヒロインはかわいくが定義的となり、その立場を逆転させた作品は近年傾向的には増えてきてはいるものの、それでも相対的に多いであろう。それは広告にも同様に言える。
なぜ、アイドルが化粧品や飲み物などのCMに多く起用され、男性は栄養剤やビールなどに多く起用されるのか。そこに商品に内在する記号と、男性/女性に内在する記号間に親和性があるからこのような現象が起こる。
そもそも、近年の傾向をみているとやたらめったら女性の権利が、女性の権利がと目串たてている。ええと、そもそも男権社会であったため抵抗的な運動があっても何ら不思議ではない。しかしこのような自体は
A<Bから
A=Bとなり
A>Bとなる。
もちろんこの後にはA=Bとなる可能性もあれば進化論的な自然淘汰もあるかもしれない。
さて、以上のようにいろいろと考えられることもあるが、単純に差別ダメ、絶対。とはいえない。ことばがうまくまとまらないのだが、すこしひねくれて考えてみました。
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