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ニートについて書きます。いろいろとヤフーの知恵袋でニートとかオタクとか社会の悪いものであるというみなしが結構強いように僕は思うのですが、ニートは働く気がないとかいうのは間違いであるとも思っている訳です。ただし、全面的に肯定している訳ではありませんのであしからず。
NEET(Not employment, education and training);働いておらず、また教育も受けていらず、職業訓練(職探し)もしていない。
今の日本の状況では、企業は人間を道具のように使う恐ろしい悪魔にしか見えず、働く気が起こらないということが考えられる。派遣切りで、血も涙もないような冷酷な企業の対応。新卒の内定取り消しという企業責任の放棄。政治家の汚職、献金。無責任政治は、政治そのものへの不信感の高まりが日に日に強まっている。「勝ち組」と「負け組」という二極化が進み、人間が淘汰されるという現代社会が抱える病理がますます重たいものになっていく。加えて、人との結びつきも希薄になり、人間的な結びつきもなくなっている。ネット社会を批判する訳ではないが、ネットという匿名性によって個人が抱えている鬱憤をはらすことによって炎上。憎悪が憎悪を呼び、不快な気持ちは連鎖していく。
「希望格差社会」というのは山田昌弘教授の発言で、社会学や経済学(とりわけ社会経済学や社会福祉論)の分野では結構有名ではあるが、世間一般ではどのような反応なのか僕わかりませんが。この「希望格差社会」という言葉の意味は、希望が持てる層と希望が持てなくなる層の分断ー努力で階層が上昇する立場にいる人たちと、努力してもむなしい立場にいる人々への分断ーという意味を持っているが、まさしく現代日本社会を物語るにふさわしい言葉である。
スベリ台式な日本社会は、上るのは難しく、逆に落ちるときはすぐに落ちていく。セーフティネットの拡充はどこに焦点を当てるべきなのだろうか。今までは民間、とりわけ大企業に入れば福利厚生は充実していたといわれていた。セーフティネット機能を企業がになっていたのである。派遣法などによって雇用の流動化が進み、競争の激化によってある意味では効率をあげることもできてきた。同時に労働者を手足のようにこき使い、不要ならば切り捨ているという人間は代わりがいくらでもいると言わんとする労働も発生した。
希望格差社会では、上位の階層に上がるために努力しても結局上がれないということは知っている。それならば上がる努力はしなくてもいいし、けれど落ちていくことはまずい。大博打をうってビックサクセスを得ることもできなければ、気を抜けば落ちていくこの生活を維持するために肉体と精神をすり減らしながら労働をしなければならない。
僕はまだ大学生ではないが、正直働きたいとは思わない。先行きが非常に不安なのである。社会も、人間も、政府もそこまで信用できないし、嘘つきに見えて仕方ない。働かないことを正当事由にはしないが、それでも働きたくない気持ちが起きてしまうのはやはり今の現代日本社会が抱える負の部分が多く、「希望」そのものが感じられないからではないのか。NEETと呼ばれる人たちすべてがそのようなことを感じているんだと断言はできないが、そのように感じる。そしてそのような状況を変えられるような行動ができるといいな。
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