納得がいきません。
以下、引用。
東電融資に政府が異例介入…金融界、一斉反発
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110514-00000240-yom-bus_all
読売新聞5月14日(土)10時4分配信
東京電力福島第一原子力発電所の事故の損害賠償の枠組みを巡り、枝野官房長官は13日の記者会見で、東電の取引金融機関に一部債権放棄(借金の棒引き)を求めた。
民間の取引に政府が介入する異例の発言に対し、金融機関は反発している。東電の破綻回避と賠償金の支払いを確実にするための枠組みも崩しかねない。
◆「不健全」◆
枝野長官は13日の記者会見で、震災前の融資分が債権放棄されなくても公的資金投入に国民の理解が得られるかと問われ、「到底得られないと思う」と述べた。さらに、債権放棄が実現しなければ公的資金を投入しない可能性にも言及した。
これに対し、同日の決算発表の席上で、金融機関トップからは「最初から金融機関に放棄してもらえばいいというストーリーは健全ではない」(みずほ信託銀行の野中隆史社長)などと反発する声が広がった。
そもそも、枝野発言は、公的資金を投入しなければ、東電が破綻し、賠償金の支払いにも支障が出かねないという矛盾も抱えている。政府内からも「基本的に東京電力と金融機関の話。政府が介入するのはどうか」(経済閣僚)と疑問の声が上がった。
<無担保が大半>
◆「優良企業」◆
枝野長官が言及したのは、震災後に大手行が行った約2兆円の緊急融資を除いた約2兆円についてだ。東電が優良企業だったこともあり、大半は担保を取っていない無担保融資だ。
このため、東電が債権放棄などの金融支援を要請した場合、取引金融機関は貸し倒れに備えた引当金を大幅に積み増し、最大数千億円の損失計上を迫られる。新たな融資をすればするほど損失を計上する必要があり、取引行は「新規融資には応じられなくなる」(幹部)と反発している。
金融機関に負担を求めるのは当然という感情論だけでは、枠組みの前提となる金融機関の協力が得られなくなる可能性が高い。
東電の信用力も低下するのは確実で、13日の東京株式市場で東電株は大幅続落した。企業が破綻するリスクを取引する金融派生商品(クレジット・デフォルト・スワップ)のうち、東電のスプレッド(保証料率)も急拡大した。「破綻確率が高まった」と受け止めた投資家が増えたためだ。
社債などの発行は一段と困難になる可能性が高く、東電が市場からも資金調達ができなくなり、東電を破綻させずに損害賠償を進めていく政府の枠組みが機能しなくなる危うさをはらんでいる。
銀行が債権放棄に応じるためには、東電が実質的な債務超過に陥っていることが前提となる。しかし、現時点では被災者への損害賠償や、福島第一原発の廃炉に必要な費用も見積もれない段階で、債務超過の認定ができるのか、疑問視する声が多い。(是枝智、越前谷知子)
引用、了。
やはりこの賠償スキームはおかしいように思います。
簡単に言えば、当事者以外の負担が大きすぎるように思えてなりません。
まず、電力各社が東電の福島第1原発の事故の賠償金について、何故負担せねばならないのでせうか?
また、金融機関も何故、このような大きな損失を甘受せねばならんのでせうか?
そして、このスキームの結果、市場で多くの企業が、何故、東電の株価をこれ以上下げぬ代わりに、損失を被らねばならぬのでせうか?
こうした理由が一切説明されておらず、結局守られるのは現経営陣と『東京電力』という看板のみです。
金融機関に債権放棄を求める、などという手続的根拠を一切無視した『要請』に出ているのは、政治を誤解しているように思えてなりません。
こういう酷い対応を見ると、個人的には、金融機関が反発して、東電の破綻を債権者申し立てしてしまっては…などとすら思ってしまいます(まぁ、それをやれば、行政から何かしらの『嫌がらせ』があるでせうが)。
法的に考えれば、裁判所も債権者破綻でさえ認める可能性はあるのではないでせうか。
仮にですが、会社更生手続きに入れば、事業を継続するため、潜在的な巨額負債をどうにか評価に組み入れた上で、会社更生手続きに則って金融機関に債権放棄を要望し、そこを国が仲立ちする、という構図なら、まだ手続きとしては理解できます。
更に、その先に例えば、上場廃止→一時的な国有化→(政府がやりたいらしい)解体→再上場、という道筋は見出せると思うし、少なくともいわれのない負担を直接的な関係がない者に押し付ける現在のスキームよりも、この方が真っ当な気がしてなりません。
何のための東電の株主や社債権者の保護なのでせうか?
圧力団体がどうとかいう話はしたくないし理解できるほど情報を知りませんから申しませんが、筋の通らない論理で経済が混乱するのを決して是とは出来ません。
今、中部電力は、法的根拠のない『要請』で、大きな損失を抱え、金融機関へ追加融資を願いでなければならない羽目になっています(しかし、この融資金もいつか政府へ請求されるかも知れません)。
何と言っても、浜岡原発が「世界一危険」と名を轟かせていたのは、東日本大震災の遙か以前からですし、東海地震の確率も80%以上だった訳ですし、これから行う津波対策ですらそれが必要十分かの検討は急場凌ぎでしかないのですから、この『要請』に論理的根拠がある、とはとても思えません。
こういった状況から推察するに、現在の政府の方針は、産業界の言う事を一定程度斟酌して、人気取りもしなければ、という意識に加えて、法的根拠すら無視して、倒産確実な企業(法的に言えば、債務超過は倒産を意味します)の保護に走る、という理解でよろしいのでせうか?
また、けふはマスコミの姿勢にも疑問を感じました。
以下、引用。
1号機メルトダウン「想定外」〜細野補佐官
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20110514-00000009-nnn-soci
日本テレビ5月14日(土)8時42分配信
福島第一原子力発電所1号機で、燃料棒が溶け落ちる「メルトダウン」が起きていたことについて、細野首相補佐官は13日、事故対策統合本部の会見で「想定外だった」と述べ、事故の収束に向けた工程表を見直す考えを示した。
福島第一原発1号機では、燃料棒が溶け落ちたことで原子炉圧力容器に穴が開き、冷却のための水が漏れ、格納容器からも漏れているとみられている。
「(燃料が)溶融しているだろうと思っていたが、下の方にほぼ全てが集まっている状況までは想定していませんでした」−細野首相補佐官はこのように述べ、認識が甘かったと認めた。今後、圧力容器のデータが正しく計測されているかを検証し、17日に工程表の見直しを発表する考え。
一方、「東京電力」は13日、1号機で放射性物質の飛散を防ぐ新たな取り組みを始めた。原子炉建屋の周りに鉄骨を組み、ポリエステル製のカバーで覆う計画で、周辺の敷地を整備するなど準備が行われている。早ければ、来月からカバーの設置工事を始めるという。
引用、了。
今になってから、『メルトダウン』がどう…とか言っていますが、東電側は、事故の真っ最中から、注水しても水位が上がらない事、燃料棒の一部の融溶は起きている事、を認めていました。
これは、程度の差があるから必ずしも使うべきではないですが、『メルトダウン』と同じく、高熱を持ち溶けた燃料が炉の底を破いて沈殿している状態にある事は想定済みだったはずです。
そもそも、『メルトダウン』という言葉自体、科学的定義が確立しているとも言い辛い言葉のはずです。
少なくとも、この量の溶融を超えたらメルトダウンと呼ぶ、という明確な差異を説明できる人が多く居るとは思えません。
「チャイナ・シンドローム」などを想起してしまうだけでせうから、こういった曖昧な言葉を声高に叫ぶセンスに疑問を感じます。
今回、東電が明らかにした中での問題は、炉心溶融の程度が酷い、という事のように思いますが、事ここに至ってから、『メルトダウン』を声高に言うのは本質が見えていないだけに思えてなりません。
工程表も遅れが出る事に見通しへの批判もあるようですが、被害状況を正確に測れていない中で、あの工程表の期間の部分が後ろに倒れる可能性がある事は十分認識出来たのではないでせうか?
それでも、手順が眼に見える形で表現され、その後のガイドラインとしてある程度の有用性が見えたのですから、今後どう活用すべきか、という議論に至らないのが疑問で仕方ないです。
つまり、今は、何処をどのような手順に直し、どうしていく事で、人が立ち入れるような状態になるかを追求するのが先ではないでせうか?
メディア側のリテラシーにも強い違和感を感じます。
凄く不安な情報だけが独り歩きしています。
私自身、世情の機微に通じている訳ではないので、正確でない理解、明確な間違い等は沢山あります。
しかし、だからこそ、冷静にならねばならない、と思います。
日本では古来より、言葉で「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をもやはらげ、たけきもののふの心をも慰むる(古今集)」とまで言っています(正確には「歌」ですが)。
個人が理性を持つだけで、問題を解決させるのは難しいかも知れませんが、少なくとも一刻の気休めにはなるはずです。
いつ、1つのキッカケでパニックが起きかねない因子がある現状においては、物事を発信し動かす立場の人間には、せめて理を尽くすことだけ、肝に銘じていて欲しい。
私はそう願ってやみません。