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※文責は小生のみにあります。個人用の記録であり、内容について責任を負いかねる事を御了承下さい。また、素材としている文章の公開に問題が生じた場合、非公開とさせて頂く可能性があることも付記致します。
1 甲株式会社(以下、甲会社という。取締役会設置会社、公開会社である)の代表取締役は、Xである。Xは、甲会社の設立以来唯一の代表者であり、甲会社の過半数以上の株式を保有していた。甲会社の取締役は、Xのほか、Y、Z、Wである。 しかし、Xは高齢で病気がちであったので、甲社の経営は、Xの養子であったYが常務取締役として事実上取り仕切っていた。しかし、他の取締役ZとWは、Yの経営方針を支持して、甲会社の経営はともかく継続してなされていた。 ところが、不景気とともに、XとYとの関係が次第に険悪になり、XとYの間で、甲会社の経営方針についての対立が顕著になった。Yは、自己に甲会社を代表する法律上の権限がないと、今後の甲会社の経営に不都合があると考えた。たまたまXの入院中ではあったものの、Yは、他の取締役Z、Wの支持を得られそうなので、取締役会を招集して、代表取締役になることを計画した。そこで、Yは、思い切って取締役会を招集して、取締役会でYに代表権を与える旨の決議を行おうとした。この決議は、ZとWの賛成によって可決承認された。しかし、Xの欠席は、取締役会の開催通知が、Xの入院中であったので、Xに対してはなされていなかったことによる。 以上のとおり、Xに開催通知がなされることなく、取締役会が開催され、Yが代表者に選任された旨の決議がなされて、代表取締役に就任したものであり、その旨の登記もなされた。 2 Yは、A工場の売却、B工場の建築問題で苦労したが、Xが甲会社の多数の株式を持っている限り、この苦労は絶えることはなく、また常に甲会社の経営についてZ、Wの支持支持を得られるとは限らないと考えるに至った。これでは、将来の甲会社の経営に不安があると考えた。そこで、Xの持株比率を減少させるため、新たに募集株式を発行することを計画した。募集株式の発行については、取締役会の決議があったが、この取締役会でも、Xには開催通知をしないで開催し、X以外のY、Z、Wの3名の取締役の賛成で、株式を発行することになった。甲会社は、この株式の発行価格は時価とすることとし、その全ての株式は、Yの妻が引き受けた(現在も株式を保有している)。このことを知ったXは、怒って株式の発行を止めることを、何度も会社に出向いてYに求めたが、取締役会の決議があると言って、Yはこれを無視して、発行手続きをすすめ、結局Yの妻が払込をし、株式の発行がなされてしまった。Yの妻が募集株式を引き受けたことによって、Y自身、Yの息子及び妻の持株比率は合計して50%を超えるに至り、Xは少数派に転落した。 以上の2の場合における募集株式発行の効力はどのようなものか論ぜよ。 ・参照判例 最判S44.12.2:取締役会の開催にあたり、取締役の一部の者に対する招集通知を欠くことにより、その招集手続に瑕疵があるときは、特段の事情のない限り、右瑕疵のある招集手続に基づいて開かれた取締役会の決議は無効になると解すべきではあるが、この場合においても、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは、右の瑕疵は決議の効力に影響がないものとして、決議は有効になると解するのが相当。 最判H6.7.14:新株発行に際し有効な取締役会の決議がなくても、代表権のある取締役が新株を発行した以上、新株が著しく不公正な方法により発行された場合でも同様に有効である。新株の発行会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性があることにかんがみれば、その効力を画一的に判断する必要があり、事情の有無から個々の事案ごとに判断するのは相当でない。 ・注意点 百選レベルの判例知識の確認 ・考え方 代表取締役Yによる募集発行→有効(取引安全の重視)。 しかし、Yの代表権の存否→1の事情より決議を有効とする特段の事情はなく、Yに代表権は存しない(但し、Xが名目的取締役ならYは代表権限を有する)。 しかし、Yは表見代表取締役(354条)であり、新株発行は甲会社の行為として有効である。 よって、新株発行は無効とはならず、有効である。 ・Xの反論 取引の相手方(Yの妻)は善意無重過失か。 悪意重過失と評価できた上であれば、取引行為として安全を保護する必要はなく、代表権限を有しない者による株券発行等になるため、株式発行の不存在の確認を訴えられる(829条1号)。 以上
・感想メモ 判例を用いて論述をしっかり。 募集株式発行について無効となる事例は限定されており、一旦発行されてしまった場合、取引安全の重視から有効という原則。 論理の展開は大雑把過ぎないか?見直し必須か。 |
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1 Xは平成22年11月25日午後9時10分頃、T市内の国道を最高速度が50km/hと指定された片側3車線道路の第2通行帯を、先行する軽四自動車に追従して、M町交差点からH町交差点に向けて西向きに40km/hで普通乗用自動車を走行させていた。M町交差点を過ぎてH町交差点の信号を見たときには既に直進及び左折可の青色矢印信号であり、先行車の速度が遅いと感じたXは、第1通行帯を走行する車がなかったことから、H町交差点手前約70mの地点で第1通行帯に進路変更して58km/hに加速し、先行車を追い越した。 2 高校生AはH町交差点北東側歩道上で南向き対面信号が赤色表示であることから信号待ちをしていたが、交差道路である国道の東行き通行車両が途切れたのを見て対面信号が未だ赤色表示であるにもかかわらず、南向きに自転車横断帯上を自転車に乗って左斜めに横断し、道路中央付近の横断歩道上で一度止まり、西行き車両が一台通過するのを待ち、同車両が通過した後、なお対面信号が未だ赤色表示である状態で再び自転車を運転して南側に横断を始めた。Aの服装は黒っぽい学生服であり、自転車のライトは点灯していなかった。 3 その頃、Bが運転するタクシーが国道の第3通行帯を西から東に向けて走行しており、さらにCが運転する乗用車が西側から広尾町交差点で右折するために、右折車線である第4通行帯を進行して本件交差点に侵入し、交差点中央付近対向車線手前で停車していた。 4 Xは交差点手前5.05m地点に進行したときに、Aが運転する自転車が南に進行しているのを発見して急制動をかけたが間に合わず、自車右前部を自転車の左側に衝突させ、Aを路上に転倒させ多発外傷の傷害を負わせ、外傷性ショックにより死亡させた。 Xの罪責を論ぜよ。 ・参照判例 最判H元.12.15:客観的に見て被害者が歳若く健康であったことから、通報していれば十中八九救命できたため、作為義務を肯定し、殺人罪が成立するとした。 最判H15.1.24:被告乗用車の運転は制限速度超過の非難されるべき態様だが、被害車両が交差点で進入してくることは想定し難く、安全な運転、確認が行えていても衝突の結果回避可能性の存在に疑いがあり、過失を認定できない。 ・注意点 参照判例(最判H15.1.24)と比べてXと被害者Aの位置関係の具体的情報が少ない→「一定の事実関係」を想定ないし認定した上で、それを前提とした論証をする。 そのため、本問ではより多くの事実的ないし法律的な可能性の検討を要する。 ・Xの罪責について 道交法違反(特別刑法のため、条文省略)、自動車運転過失致死罪(211条2項)、危険運転致死罪(208条の2)が考えられる。 ・Xの危険運転致死罪(208条の2)が成立するか 危険運転致死罪は、条文から、被告の運転それ自体が「その進行を制御することが困難な高速度」or「進行を制御する技能を有しない」などが要件。 Xの時速58km/hでの追い越しは、進路に沿った走行が困難な状態も運転技量が極めて未熟とも認められない。 よってXの運転自体が208条の2に該当するとは認められない。 ・Xの過失について 過失の内容とは結果予見可能性(主観的な心理状態)に基づく客観的な構成要件要素としての結果回避義務に求められるべき(新過失論)。 ・結果回避可能性がなく過失認定できないとされた最判H15.1.24の具体的内容 ①60km/h(制限速度超過状態)では約32.75m以上手前での急制動で回避可能だったが、状況的に27.55m地点でにならなければ被害者を視認不可能。 ②50km/hでも結果回避可能な停止距離は24.48mだが、それより前の地点で被害者を視認するのは相当困難。 ①+②であれば結果回避可能性が無い。 制限速度だけでなく、前方の視認困難も大きな要素。 追い越し禁止違反は必ずしも問題に直結しないが、前方の視認困難を招いたような追い越しであれば因果関係を肯定しうる。 ・「信頼の原則」について 信頼の原則が適用されれば、信号無視をした歩行者が現れることは想定できず、被告に過失は認定できない。 参照判例の一審段階では、被告が信号無視した歩行者や自転車を見かけたことがある点から、信頼の原則の適用を否定すべき、と主張していた。 しかし、歩行者(自転車)対車、といった要素を勘案すれば、信号無視の一事をもって信頼の原則の適用を否定すべき、とは考えられない。 そもそも、過失認定できないならば即座に過失犯が否定され、信頼の原則の適用を問題とする必要はない。 ・結論 Xの速度超過は非難されるべき態様。→道交法違反は成立。 危険運転致死罪は態様から明確に危険とは言えず、不成立。 Xの車線変更等交差点進入前の事実により、自ら危険を招いたような運転であった場合、過失の存在が肯定される。 但し、自動車運転過失致死罪について、過失の内容は上記の通りである。 本問では、被害者Aの態様(服装、無灯火、信号無視)により前方の視認困難性は認められる。 また、対向車のライトにより視認可能だった距離も短く、制限速度を遵守していても至近距離での急制動では結果回避可能性が無い。 以上より、Xの過失は認定できず、自動車運転過失致死罪は不成立。 以上
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北の果てへと追いやられて、1年超の日が過ぎました…(笑)。
短かったのか、長かったのか。 この時間の移ろいがどうなのかは非常に判断の難しい所ですが、何とかかんとか日々を過ごしてまいりました…。 ところで、この春は己の価値観を再度問われる出来事がありました。 言わずもがなですが、東日本大震災です。 東北地方を襲った激震は、こちらでも長く深い、不気味な揺れとなって現れました。 そして、新たな固有名詞が生まれる程の人災も起きました。 今も、そしてしばらく先も、回復という言葉とは程遠い、不安と隣合わせの日々が続きます。 私の知る範囲でさえ、生育地や身内等色々な形で震災禍に直面しており、私自身、過去の積算としての無力さ、如何とも動くことすら出来ない現在、芳しくないとしても形として成せばならぬ未来、という時間と改めて向き合うことを余儀なくされました。 未だ、こちらは桜は咲きません。 画像は、このような春を迎えるとは露ほども思っていない昨春のものであり、ある意味、戻ることのない光景です。 「復興」という名などどうでも良く、ただ、平穏な気持ちで、こういった光景を眺められるように、微々たる力にすらなっていない私も取り合えず、目の前に現れる事象に取り組んでいこうと思います。 |

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結局、東京に残ってしまいました…orz
画像は今朝のものです。 ここ数日、東京は寒い日が続いたせいで、残雪がある過酷な環境ではありますが、私は何とか生き延びております。 それでは、明日、パルジファルで(笑)。 【4月の予定】 2日 パルジファル 3日 (上岡/日フィル or ボッセ/新日フィル) 4日 大友/東響/佐村河内 17日 エリシュカ/札響 28日 デュトワ/アルゲリッチ/フィラデルフィア 30日 (ペレーニ) |

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我が祖国から海を隔てた土地で咳をしつつ、お送りします。 ヨーロッパの空気は何処と無く乾燥しているからでせうか? 旅の終盤に入ってから、どうやら喉をヤラレたようです…。 取り合えず、今回の遠征の全貌は以下になっております。 短評と共にどうぞ、ゴホッゴホッ…。 3日 (出国→ロンドン着) メッツマッハー/ロイヤル・オペラ・ハウス/ストラヴィンスキー「放蕩者の成り行き」 これは本場で聴く価値のあるオペラだ。 メッツマッハーの音作りも巧みで、ストラヴィンスキーの復古主義的であり、革新的である、両面が浮き彫りになり、演出も手堅く笑い所も用意され、親しみ易く芸術性高い、という見事な舞台。 4日 サロネン/ムローヴァ/フィルハーモニア管/ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲,バルトーク:オケコン 他 このコンサートはコンサートとして完成度が高く、ムローヴァのヴァイオリン、サロネンのサポートの両面が冴えていた。 更に、対位法的処理を強調した解釈が曲の印象を新たにしたオケコンも収穫だった。 5日 ヴァンスカ/クリスティーヌ・ブラウマネ/ロンドン・フィル/シベリウス6,7 他 やはりヴァンスカはシベリウスが最も合っているな、と痛感。 剛直でそり立った壁のようであるシベリウスはイメージにぴったりで、表現力も豊か。 それにしても6番でも躊躇なく拍手って起こるんだなぁ…(苦笑)。 9日 ガーディナー/ピリス/ロンドン響/ベト:エグモント序曲,P協2,田園 古楽第1世代であるガーディナー初実演だが、エグモントは奏法がよくハマっていた力演。 ピリスのコンチェルトも表現力抜群で素晴らしく、今までにももう少し、この演奏家を聴くべきだったかも、なんて思いつつ。 それにしても田園でも(以下略)…。 10日 リットン/ロイヤル・フィル/ガーシュウィン この日はお祭り状態の演奏(笑)。 紀尾井ホールで12型,3管編成のフルオケがガーシュウィンのミュージカル曲をぶっ放すようなものだ。 楽しくないはずがなく、ノリノリの演奏で盛り上がった(笑)。 アンコールはリットンが「もう1人のヒーロー」と語ったオスカー・ピーターソンを指揮者のピアノ・ソロで。 11日 インバル/フィルハーモニア管/フィルハーモニア合唱団/マーラー:「復活」 以前の来日公演での合唱の不手際のリベンジ!(笑) 以前より切れ味勝負ではなく、交響曲としての統一感が増してきたインバル。 流石の名演でした。 フィルハーモニア管も楽器機能がメチャクチャ高く、この曲くらいなら楽々とこなしてしまうあたりは脱帽。 この日はロンドンっ子も拍手を控えてくれたので、気分良く鑑賞出来ました(笑)。 (出国→ベルリン着) 12日 マゼール/ウィーン・フィル/ベト:「田園」/ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲 他 今回の遠征での最高コンサート!(感涙) 流石はマゼール。 因業な面相をしながら、流れる音楽はしなやかで気高く、人間の快感原則を忠実に刺激する、見事の一語に尽きる演奏。 今やウィーン・フィルをこれだけ自在に動かす事の出来る人間は貴重だろう。 そして、ラヴェルの幻想世界を具現化して提示してみせたダフニスはまさに感動! 久々に、ウィーン・フィルに惚れてしまった(笑)。 13日 ラトル/内田光子/ベルリン・フィル/クルターク/シベ4/ベト:P協5「皇帝」 これも今回の遠征のヤマ。 まず、ラトルのシベ4は深い呼吸感があり、朴訥でやや取っ付き辛い曲を自然に表現していた。 ヴァンスカの剛直な表現とは異なる、質素ながらこれもまたシベリウスの本質に迫る演奏だったと思う。 皇帝は内田光子女史の表現力、更に、ラトルのサポート共に抜きん出ていた! 2楽章から3楽章に入る部分の見事なアンサンブルや3楽章のトゥッティでの盛り上がりなどこのコンビでなければ聴けそうにない素晴らしい演奏を堪能できた。 今のベルリン・フィルの美点が活かされているなぁ、と強く感じた演奏だった。 14日 ランニクルズ/ベルリン・ドイツ・オペラ/楽劇「マイスタージンガー」 ワーグナー週間に来襲(笑)。 古いゲッツ・フリードリヒ演出は、(部分にワーグナーの台本とは異なる動きをする部分があるものの)読替などはなく、3幕など絢爛なセットを活かした見応えある舞台。 特に2幕のコメディカル要素は実演で初めて真価を発揮するのだ、と思い至る。 この実演に触れたし、帰国してからジークフリート、神々の黄昏、更に4月にはパルジファルのチケットも確保してあるので、いよいよバイロイト演目全制覇だな、と勝手にほくそ笑む(笑)。 (再入国→ロンドン着) 15日 パッパーノ/ロイヤル・オペラ・ハウス/「賭博者」 意外と予想以上に面白かった舞台であった。 カジノ以外のセット部分を動物園やホテルのフロント、廊下などにして、肝心のカジノは終盤まで登場しない事により、アレクセイの心象風景をミラー効果として映し出す役割のように浮かび上がってきていたのが面白かった。 歌唱はアンゲラ・デノケのポリーナが抜群。 他も十分聴き応えがあり、5ポンド(約700円)の立見席の元は取った演奏だろう(笑)。 空白の6〜8日は、私は音楽初心者なので、そこまで予定は詰め込まず、のんびりとウィンザー城まで足を伸ばしたり、5ツ星ホテルのリッツでアフタヌーンティーしてみたり、チェルシーvs.アーセナルを観戦したり、とそこも楽しく遊ばせて頂きました(笑)。 全体を俯瞰すると、ロンドンはコンサートのマナーと音響はイマイチ(笑)でしたが、演奏者の豪華さ、更に曲選定の巧みさは光りました。 ベルリンは流石の音楽都市、と思えるほどロンドンよりマナーの良さがありました。 でも、気付いたのは基本的には東京が最も大人しくてマナーが良い、という事です(笑)。 まぁ、コンサートホールに来ている一部変な人達による変なマナーは出来るだけノイズ・キャンセリングを行って、もう少し気楽に目の前の音楽を楽しもう、とも思った有意義な旅でした。 それでは〜。
ゴホッゴホッ…。 |

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