或る駄目人間のブロ愚…orz

ラトル/ベルリン・フィルのマラ9チケット確保!今年最も期待!!

音楽

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ドレスデンな日々(笑)

中々濃厚なドレスデンな日々を過ごしてきました(笑)。
これで残すは本番というべきファビオ・ルイージのリヒャルト2演目のみ!
取り合えずは前半戦総括を以下に載せます(笑)。





11/12@サントリーホール
指揮:ファビオ・ルイージ
ソプラノ:カミッラ・ニールンド
メゾ・ソプラノ:アンケ・ヴォンドゥング
管弦楽団:ドレスデン・シュターツカペレ
[曲目]
・マーラー:交響曲第2番「復活」

11/13@東京文化会館
[ドレスデン国立歌劇場「タンホイザー」]
指揮:ガボール・エトヴェシュ
管弦楽:ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
合唱:ドレスデン国立歌劇場合唱団
演出:ペーター・コンヴィチュニー
タンホイザー:ロバート・ギャンビル
エリーザベト:カミッラ・ニールンド
ヴォルフラム:アラン・タイトス
領主ヘルマン:ハンス=ペーター・ケーニヒ
ヴェーヌス:ガブリエレ・シュナウト


11/14@NHKホール
指揮:ファビオ・ルイージ
管弦楽団:ドレスデン・シュターツカペレ
[曲目]
・ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲
・ワーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人」より「客人を迎えてくれ」(バス:クルト・リドル)
・ウェーバー:歌劇「オイリアンテ」序曲
・R.シュトラウス:楽劇「ダナエの愛」より「第3幕第3場へ間奏曲(ユピテルの諦念)」,「第3幕フィナーレ」(バリトン:ハンス=ヨアヒム・ケテルセン)
・ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」より第1幕(ソプラノ:エヴリン・ヘルリツィウス,テノール:ヴォルフガング・シュミット,バス:クルト・リドル)





ファビオ・ルイージは昨年のウィーン響以来。
その時はブラ4だったのだが、独墺の指揮者でも独墺的でもない音楽作りにも関わらず、ウィーン響というオケを用いてブラームスでかなり面白い事をしてくれる、というギャップに魅かれて、楽しみにしていた演奏会だった。

さて、今回の復活は、というと…。
コントラストの異様な強調、これには驚きの一語に尽きる。
が、オケを統率し、葬列と復活、原初と終末、天国的なるものと地獄的なるもの、といった具合に演奏に強烈な指向性を与えて中々今まで見た事のない世界を表出していたのは流石。
合唱も全力ではないだろうが、インバルの時の日本の音大生による合唱とはまるで比較にならない力(笑)。
声楽の扱いには微妙な点もあったのは確かだが、オケの強烈な解釈に中々心躍った復活といって差し支えなかろう。
この指揮者の強烈なコントラストの質感と妙な後口の軽さは未だにもって説明不能な感がある。
ひとつひとつの音自体の重みではなく、畳み掛けるような圧倒的質感、しかし統一化された時の重圧はなく、聴き終えた後のカタルシスは中々だ。
音の立体的な造形感覚に長けているのだろう。
もう少し底はありそうな指揮者の気はするので、次回のSKDのオケ単独の来日(09年4月)には期待大である。

続いてのタンホイザー。
ゼンパーオーパーの噂のコンヴィチュニー演出、中々気に入った。
大きな疑問点の解消に成功していたと思う。
ただ、音楽は正直に言えば序曲やら3幕やらで出来が余り…。
まぁ、けふは抜き気味の演奏だったのだろうが…。
3幕の冒頭など部分を取り出すと東フィルの新国も健闘していたと再認識。
…が、エトヴェシュ自体は中々歌との相性、スピード感ある音がワーグナーを重苦しくはせず悪くはない。
歌唱陣も非常に質が高く、不満だったのは緑の化粧が気持ち悪いヴェーヌスくらいだろうか(笑)。
ヴォルフラムも若干物足りない感が無きにしも非ずだったが、総じて満足出来る歌唱だった。
そして、何より重要な点が演出である。

まず、第1幕の序曲からヴェーヌスベルクにかけて。
すり鉢上の底にタンホイザーと肌を緑色に塗ったヴェーヌス、そして乙女達が戯れている。
そこにタンホイザーに似た人形が取り出され、弄ばれ、首が取れる。
この部分はパルジファルを強く意識したものらしい。
ヴェーヌス達が緑色なのも、本来セイレーン(水の精)だから青くないとそぐわない部分をパルジファルを意識させるために緑色(植物の精)を表現していたそうだ。
実は、私が気になったのはその後の部分。
巡礼者に信仰を呼び戻されたタンホイザーはかつてのヴァルトブルクの仲間達と出会う。
そのシーンでのヴォルフラム、ヘルマンらの衣装である。
髭、帽子に質素で古風な出で立ちは私にはアーミッシュに見えて仕方が無かった。
彼らがどういう存在かといえば、無理矢理一言にするなら、信仰を保持するために文明の外的刺激を避けてコミュニティを築いた人々、とでも言えば良いだろうか。
映画の「刑事ジョン・ブック/目撃者」などを御覧になって頂きたい(笑)。
気になってタンホイザー観劇後に調べてみたら、彼らはドイツ系らしく、喋る言葉も古ドイツ語に近い言語を用いるようだ。
そうすると、「タンホイザー」の脚本自体が内包する、ローマ教会主導の信仰の形式主義に対する反発、というものをアーミッシュという閉鎖的ながらも強制的な信仰とそれと戦う愛と自由を謳うタンホイザー、という形に置き換えたものと見る方法があるのではないだろうか。

そして2幕では、タンホイザーは殿堂へ辿り着くとむしゃぶりつくように(足フェチなのかと思った…)エリーザベトの足を掴み、跪く(…というか倒れこむに近い)。
そしてエリーザベトへの愛を語り、手甲を外す。
コンヴィチュニー自身へのインタビューによると騎士の伝統を表す装備だったらしいので、これを外した彼は自由な愛を語る歌びとであり、戦いの思い出を愛する女性へ預けた、という事になろうか。
ここを見ているヴォルフラムはかなり卑屈に「もう望みは無い…」と人間臭く語り、所謂「高貴な精神の持ち主」としての彼ではなく、生身の存在を強調される。
歌合戦の場面では、タンホイザーはお調子者のように、かなり勝手気ままに振舞い、感情を直接的に表し、そしてヴェーヌス賛美へ。
ここではタンホイザーの幼児性(純粋さ)を表す側面が強かった。
欲求に忠実な姿は騎士道精神などとは無縁で、ヴェーヌスについてさえ「穢れ」を認識していない存在かのように見えた程(実際は認識していたはず…)。
このキャラクター付けは、第3幕に活きていたと思う。

第3幕では、エリーザベトの哀願からヴォルフラムの「夕星の歌」への流れの際、エリーザベトは舞台を去る事が無く、夕星の最中に剣で手首を切ってしまうのだ。
ヴォルフラムはここで、エリーザベトのタンホイザー救済への祈りを聞き、彼女が死ぬ事で許しを請おうとしているならば、その決断を見守る事しか出来ない、と考えている事になる。
死ぬ直前だけ、両者の思いは通じたのか、否か…。
「愛」の存在はエリーザベトとタンホイザーだけでなく、複雑な様相を呈してきている。
そしてエリーザベトの亡骸がヴォルフラムの腕の中にある間に、タンホイザーの「ローマ語り」に入る。
ここで感情を露にし、ヴェーヌスの元へ行くしかない、というタンホイザー。
ヴェーヌスも現れ、タンホイザーを連れて行こうとする中、ヴォルフラムは彼を必死で止め、「エリーザベトが死んだんだぞ!」とその亡骸を彼に見せる。
ここでタンホイザーは再度改心し、エリーザベトの後を追い、首を剣で切る。
ヴェーヌスが愛し合う2人の亡骸を優しく抱え、官能の神ではなく愛の神の側面を表し、群集の合唱が「救済された!」と響く中、ヴォルフラムは1人、階段を登っていく。
その階段は、かつてタンホイザーがローマを目指した道と同じ道であった…。
こうしてヴォルフラムはヴァルトブルクを後にする訳だが、これを「希望」としてコンヴィチュニーは表現したそうだ。
個人的には救済を求めて今度はヴォルフラムの苦難が始まるのだな、という「生」の循環、苦悩(それは歓喜へと繋がり得る)といった部分かと思っていたのだが…。
取り合えず、演出面での最大の成功は、はっきりしなかったエリーザベトとタンホイザーの死と理由を明らかにした事だろう。
それにより生き残ったヴォルフラムとの対照が明確になり、非常に劇的な効果を生んでいたと思う。
出来ればまた見てみたい演出であったことは確かだ。

続いて14日。
指揮は再びファビオ・ルイージ。
これまた凄いプログラムである(笑)。
魔弾とオイリアンテが非常に解釈的にハマっていた。
特にオイリアンテは非常に爽快な演奏。
が、魔弾はどうもオケがついていききれていなかった…。
やはり快速でうねるあの造型は理解し易いとは言えないのだろう…。
実際、歌唱を入れた時に、NHKホールと思えないほどに強烈に響くクルト・リドルの素晴らしい声を、十全に活かしたとは言えず、何より呼吸感が浅くなり、クルト・リドルを必要以上に焦って歌わせていたような気がした。
実際、最初はオケと少しズレていたし…。
ダナエは比較が出来ないので置いておくが、音楽的な浄化作用は大きく、並ではないなぁ、と相変わらずに思わせる演奏だった。
ワルキューレは、ヴォルフガング・シュミット扮するジークムントはいきなり元気一杯で面喰らう(笑)。
弱って他人の家に忍び込むのだから、もう少し弱々しく出て欲しかった…orz
取り合えず、そんな違和感を引きずった、巧いがジークムントという影のある男ではない、という歌唱に…。
しかし、ファビオ・ルイージとの相性は良いのか、非常に順調に音楽が進む。
これはサロメに期待出来そうだ。
ジークリンデは頑張って歌ってはいるが、ジークムント、フンディングからは若干見劣りするか。
フンディングは兎に角良かった。
そして管弦楽はパートバランスが非常に良く、軋轢を生まない音楽を生み出していた。
パワーも圧倒するほどのものは殆んど用いてはいなかったが、全体的な統一感があり、その場で胸を打つ表現や力強さを感じる場面も多い。
それでいて悩ましいほどの重苦しさは無く、無理の無いワーグナー、という構造に不思議な感覚に陥った。

総括してみると、やはりファビオ・ルイージは何処と無く不思議な軽妙さと優れた造形感覚を持ち合わせた実力者だろうと思う。
オペラ指揮者として向いているか否かは判断し辛い…というか向いていないかも知れない。
が、オケをしっかりと捉える技術はかなりのものが推定される。
R.シュトラウスという管弦楽、歌、共に特に発達した様式のオペラで、それらがどう影響するか。
興味深いものである。

さて、内容を一部変更してお届けしたいと思います(爆)。

↓私の好きな或るオケの録音をここで紹介したいと思います。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1479813
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2544181

一番のお薦めはかな〜り長大なテンポ感の「英雄」の余白に入っているコリオランです。
テンシュテット&キール・フィルのエグモントのような異様な熱量こもった音が聴けるのははっきり言って驚異です。
マラ4とルクーはどちらも実演には接したものの、録音を聴いていないので、いささか判断し辛い…。
が、実演では天国と地獄のコントラストを描いたマラ4は中々秀逸だった記憶があります。
このオケは評論家達にも結構絶賛されているので、評論家の言う事が当てになるかはともかく、(私のような素人もいるが)玄人筋への受けはかなりと思われる珍しいオケです。

ところで、実を言うと私とこのオケとの出会いについて語るとちょっとした哀しい過去があるのです…。
2年半前に女の子とデートする日に丁度演奏会があって、曲目が良かったので使ってみようと思い立ち、たまたま聴きに逝ったのが発端(笑)。
更に、次の定期では、別の女の子をデートに連れて行った記憶が…(爆)。
その娘達と会う機会はもう、ろくに無いだろうが、オケに魅せられた私は3年間で都合6回、1度も欠かさずに定期に通い詰めています…。
嗚呼、哀しい人生…orz

因みに、当時からのプログラムをここに記しておきます。

【第4回定期演奏会(ガリー・ベルティーニ追悼演奏会)】
05/4/24@晴海トリトンスクエア・第一生命ホール
指揮:井上喜惟
管弦楽:ジャパンシンフォニア
[曲目]
・フォーレ:組曲「ペレアスとメリザンド」
・ラヴェル:組曲「マ・メール・ロア」
・ルクー:弦楽のためのアダージョ
・ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」組曲(1919年版)

【第5回定期演奏会】
05/11/12@晴海トリトンスクエア・第一生命ホール
指揮:井上喜惟
チェロ:小澤洋介
管弦楽:ジャパンシンフォニア
[曲目]
・ショパン(ムラヴィンスキー編):エチュード「別れの曲」
・ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲
・チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

【第6回定期演奏会】
06/4/29@晴海トリトンスクエア・第一生命ホール
指揮:井上喜惟
ソプラノ:蔵野蘭子
管弦楽:ジャパンシンフォニア
[曲目]
・R.シュトラウス:メタモルフォーゼン
・マーラー:交響曲第4番ト長調

【第7回定期演奏会】
06/11/5@晴海トリトンスクエア・第一生命ホール
指揮:井上喜惟
ヴァイオリン:三戸素子
管弦楽:ジャパンシンフォニア
[曲目]
・ミルゾヤン:弦楽のためのエレジー
・ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲
・シベリウス:交響曲第2番ニ長調

【第8回定期演奏会】
07/4/21@晴海トリトンスクエア・第一生命ホール
指揮:井上喜惟 
ソプラノ:蔵野蘭子
管弦楽:ジャパンシンフォニア
[曲目]
〜オール・モーツァルト・プログラム〜
交響曲第38番「プラハ」
歌劇フィガロの結婚」から「愛の神よ照覧あれ」、「楽しい思い出はどこへ」
シェーナ「もうよい、すべてわかった」とロンド「心配しないで、愛する人よ」
交響曲第41番「ジュピター」

こうして見ると、ルクーやミルゾヤンといったマニアックな作品から、モーツァルトに至るまで、非常にバラエティに富んだ音楽体験をさせて貰っていますね〜。
にも関わらず、1度も外れの演奏会が無いのは驚異です。
個人的に、特に感動して今でも覚えている演奏というのは、悲愴と前回のモーツァルトのフィガロの名場面とコンサート・アリアでせう。
悲愴ではクレンペラーを思わせる剛直な響きと強気のテンポ設定に完全にヤラれたし、モーツァルトはこのオケの成熟を示す、声楽との抜群の溶け合いに酔った記憶があります。
取り合えず、今回もかなり凄いブラームス。
何だか、このオケも一皮向けた感が。
3年間通い詰めたが、今回がオケの一体感という点では最高峰の演奏だったかも知れません。
これは、来年のドヴォ7、シベ5に向けて非常に興味が湧いてきてしまうなぁ…(笑)。
何より、12/1のチケットが当たる事を切に願いつつ…(祈)。

【第9回定期演奏会】
07/11/10@第一生命ホール
指揮:井上喜惟
ヴァイオリン:三戸素子
チェロ:小澤洋介
管弦楽:ジャパン・シンフォニア
[曲目]
・エルガー:弦楽のためのエレジー
・ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲
・ブラームス:交響曲第1番

エルガーを非常に理知的に処理していた点はこのオケの並々ならぬ実力を窺わせる。
大体、エルガーを始めとしたイギリスの『近代』の作曲家の作品を実演で聴く機会は曲のレベルに比して異様に少な過ぎる…。
ホルストの惑星以外こそ探求すべきものが沢山あるというのに…。
私もまだ入り口にしかいないので大きな事は言えた義理ではないが、アニバーサリーならば来年はヴォーン・ウィリアムズ・ツィクルスを是非やって欲しい、と実は願望を持っている(笑)。
叶わないだろうけど、きっと…orz
続いてのドッペル。
これははっきり言って音の組成が根本から異なっていると言って差し支えない演奏だろう。
まるで響きの質量が違う。
圧倒的なエネルギーの放射に、ブラームスの中でも明らかにイケてない粘着的な旋律回帰だったり、エキゾチックだったり、この曲が異様な熱を帯びてしまい、本当に驚いた演奏である。
ヴァイオリンは敢えて異常なほど弾きこむ事によって、ロマのような別世界を作り出していたし、チェロも負けじとグイグイと応戦。
3楽章など、明らかにロマの民謡と舞踏のイメージで、ブラームスの視野が狭くあり、広くある、という多面性を認識した演奏だった。
ブラ1はドッペルに比べれば薄い(笑)。
ただ、流れが素晴らしく、楽器の一体感も並大抵ではなかったので、はっきり言ってティーレマン&ミュンヘン・フィル以上の感動を私にもたらしてくれたブラ1だったのは確かだ。
今まで弦楽器の強固なアンサンブルに支えられていたオケが、管楽器も含めた一体感へと今年は急激な成長を遂げた気がする。
春のモーツァルトはこのオケを聴き始めたばかりに衝撃を受けた悲愴と同じくらい感銘を受けたし、この日のブラームスは遂にそれを超えたかもしれない。
何にせよ、この指揮者とオケはまだまだ注目である。
12月のベートーヴェンを是非私に聴かせてくりゃれい!(笑)

追伸、
思い出というのは残酷ですね(笑)。
前述の悲愴を聴いた際、ついつい「戦前から戦後に活躍して、マーラーやらの音楽の基礎にして最高峰の足跡を作ったクレンペラーの『悲愴』みたいで、今回のは凄い音楽体験だった!あの作りは日本のオケとはとても思えない!!」などと終演後に女の子にちょっとだけ話してしまったような気が…(爆)。
結果は言わずもがなですが、かなり引かれた記憶が…orz
まぁ、皆様、注意しませう…。
そして、女性はそんな男どもの阿呆で幼稚な会話をどうか笑って見過ごしてやって欲しいなぁ…。

ところで、女性の皆様、来年のドヴォ7、誰か一緒に逝きませんか〜?(爆)

忙しい日

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深夜に、何故か労働紛争の相談を資料付で持ち込まれ、朝から小澤のチケット入手しようと奔走したり、近所の某大学に御世話になった男性は数知れない女性が現れると聞き見に駆けつけたり、演奏会に行ったり、飲んで散財したり、と諸々に大変な一日でした…orz
取り合えず、ギャルドの精密で品格ある演奏とサンクトペテルブルクの有り余る熱量の演奏を1日で体感するというのは、中々出来ない体験ではないかと思われます(笑)。

ギャルドについては、2階後方の貧民席から、空いていた前方へと席を移って(爆)聴いたラ・ヴァルスの演奏は格別。
トゥーランドットのセレクションも抜粋している部分に1幕や「リューの死」が無いなど曲には不満があるも、演奏は見事。
次のフローラン・シュミットの「ディオニュソスの祭」が楽しみだなぁ。
因みに、アンコールでやられるであろう、夏川りみを見事に編曲した前奏は一聴の価値アリです。

ショスタコ・ツィクルスの初回は1番は探りつつの印象ある演奏で燃焼度が不足し不安点が多く、3番になると流石に疲労もミスも顕著だったが、2番が非常に充実していた(除合唱)。
1番の対位法が、その後の躁鬱、分裂、様々な精神的な疾患の素養を思わせる要素がたっぷりだ、と再認識(笑)。
熱量の半端でない音で押し切るのはやはり凄い!
取り合えず、これだと11日の10,13にも俄然興味が沸いてきた。
逝けるかなぁ…。

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正確に言えば時系列は逆だが、まぁ、気にしない(笑)。

取り合えず、ウッズ流石です!
奇策もハマっただけに、まぁ、巨人の建て直しは難しいでせうから、このまま日本一まで突っ走っていって欲しいものです!!(笑)

そんなこんなで個人的なラスト・バレンボイム(笑)。

【ベルリン国立歌劇場来日公演】
指揮:ダニエル・バレンボイム
演出:ペーター・ムスバッハ
管弦楽:ベルリン国立歌劇場管弦楽団
合唱:ベルリン国立歌劇場合唱団
モーゼ:ジークフリート・フォーゲル
アロン:トーマス・モーザー

[曲目]
・シェーンベルク:歌劇「モーゼとアロン」

やはり面白かった。
雄弁の使者アロンが素晴らしかった。
トーマス・モーザーの歌唱は美しく、しなやかで、巧みな弁舌でデマゴギーをもたらすアロンにはぴったりである。
惜しむらくは第1幕第2場終盤での高音域の歌唱。
難しそうだな〜、とは思ったが、やはり相当厳しいらしい…(爆)。
合唱団はやたらと分厚く、吃驚するくらいだったが、意外と質は高かった。
音楽的な面は、素人にはシェーンベルクだと判断し辛い場面は多々あるが(笑)、2幕はちと微妙な箇所もあったが、1幕はオケも含めて殆んど満足。
バレンボイムが練り込んできたらしい事がよく分かる目の醒めるような演奏だった。
演出面が実は一番感心したかも知れない。
いきなり全員が短髪オールバックでサングラス(まぁ、マトリックスをパロったのかどうかはよう分からん…orz)。
主役であるモーゼとアロンも含めて、視覚的に個人を埋没させ、聴覚の声と音楽で内面が表現される、という姿を描き、同時に人類普遍への象徴をする演出は単純だが効果的。
それからまず、第2場で、モーゼとアロンはお互いカリスマではありながら、例えばソクラテスとアリストテレス、老子と孔子、などなど純度の違いから対立する場面を詳細に演出していて、音楽において訥弁で刹那的な破裂音を多用した歌で構成されるモーゼと雄弁で12音技法ながら美しい歌を奏でるアロンの対比を演技でも中々分かり易くて面白い。
また、第3場ではモーゼとアロンは神の使者であるため、近づいてくる姿が群集には正確には認識出来ないという設定になっているが、ムスバッハ演出ではどちらも群衆の中に最初から紛れていて面白い。
そして蛇や皮膚病(ハンセン氏病)は全て一切の小道具を用いない事から、アロンによる共同幻想のデマゴギー、という読み方も出来る。
更に、第2幕で登場する像は子牛ではなく人型となっていて、均質性、普遍化がなされ、更に像は頭部が捥げていて、思想的な先導を行う、彼らにとって『頭』であるモーゼが欠けている中での共同幻想が高まる。
ここでは群集がライトサーベルのようなモノを持ち(画像下参照)、偶像化した旧来の神を祝福するが、ここはスター・ウォーズのパロディかどうか…。
マトリックスと言い、微妙に分かり辛いのが続くなぁ…(笑)。
取り合えず先に進むと、十戒を得た事で預言者となり、スーツの上着を脱いだモーゼが帰還した事により、像が思いっきり倒壊(この音が派手で良かった!…って関係ないな…orz)して幻想が破綻し、2幕終わりの対峙へと至るシーンへ。
弁舌の担い手であるアロンが用いる言語=情報=PC(TVでも良いのかも知れない)のディスプレイが舞台を埋め尽くし、悟りを得たはずのモーゼが十戒の石板という偶像をもって掟を作ろうとする自己矛盾に気付き、アロンの情報操作、デマゴギーへの敗北を嘆く、という終わりまで、言語、情報に支配され翻弄される現代人への分かり易い風刺で中々楽しめるものだった。
こういう終わりだと3幕に音楽を付けといて欲しかったなぁ、と切に思う。

因みに、私の持っている映画版DVDでは3幕の台詞の朗読をやってくれるので、やってくれないかなぁ、と期待してしまったのだが、それは流石に無かった…。
ちと惜しいなぁ…。
それにしても、これだけ面白いと20日もいっそ見たい所だが、まぁ、無理だわなぁ…(笑)。

クライマックス・シリーズ第2ステージのチケットを20〜22日の全てを入手(笑)。
席種は日によって立見、内野指定席D(3塁側)、外野ビジター応援席、と様々ですが、落合の胴上げの瞬間はこれで見逃さずに済みそうです(笑)。

ところで、折角なのでこの機会に、会員である関係から、チケットを多数所有するNHK交響楽団の現況とそこから推察する今後についてちとしたためておきたいと思います(笑)。
因みに、私は9月の定期公演A,B,Cに加えてオーチャード定期まで逝きました。
9/30、10/6の10月A,C定期はチケットを持っていましたが、それぞれ都合と嗜好の問題から、逝ってくれる方にお譲りしました。
ですがBプロは聴きに逝く予定です。
詰まる所、どちらかと言えば常連客になる私の個人的な評という事で御理解して下さい。

前置きが長くなったが、田園の初っ端からオーボエが有り得ないミスを犯す、というように最悪だったアシュケナージの最終公演であるベートーヴェンを聴き終えてから3ヶ月(笑)。
最早言わずと知れた往年の名指揮者、アンドレ・プレヴィン(金かけてそんな御大を呼ぶよりも若手で優秀な常任を就けてくれ…)によるプログラムで今シーズンが幕を開けた。

まずは9/8のA定期。
オール・モーツァルト・プログラム、という時点でN響のプログラミング・センスの底の浅さが窺える気がしないでもないが、「フィガロ」序曲とP協24番、リンツ、というプログラムであった。
フィガロはアンサンブルも音も魅力が皆無で、加えてプレヴィンらしい瞬間的なクレッシェンド、デクレッシェンドによる表現力もほぼ全く見られず、ヒドいものであった。
正直、この演奏にはかなり失望した。
続いてのコンチェルトはプレヴィン弾振り。
80近いお年と椅子でしか指揮できない現状を考慮するとほぼ無理、という気がしてならないが、まぁ、聴いてみる。
こちらはオケは多少、整っていたが、まるで音に魅力が無く平板…。
プレヴィンのピアノも最早指も覚束ないようで、どれだけ意味があるのか疑問に思った部分もある。
ただし、自作のカデンツァを用いた事は賛否はあろうも個人的には悪くないと思う。
単純な構成で、わざわざ書き換えた意味が無い、と言われればそうかも知れないが、ジャズの源流にモーツァルトやバッハの即興がある、という論理を体現したような単純ながらも聴けない演奏でなく、結構指も流暢に回っていたので、この部分はある程度評価出来ると思う。
リンツは急に音に華が現れ、少しはイケるか、と思ったが、どうもN響のモーツァルトには悪しきイメージの固化があるようで、動きが悪い…。
プレヴィンの棒に対する反応が鈍いのである。
結局、不完全燃焼に終わった演奏であった…orz

続いて、9/14,15のC定期。
これはどちらも聴きにいった。
プレヴィンのラヴェルは、明らかに秀演である「子供と魔法」の録音を始め、個人的に結構好きなので、わざわざ2回も逝ったのである。
…が、ここも結果は深い感動には至らず…orz
曲目は組曲版の「マ・メール・ロア」、P協ト長調、「ダフニスとクロエ」全曲。
N響は弦楽器が優秀とよく言われるが、それも所詮tuttiのみである。
ソロ、小編成になると途端に不安が表面化する。
それを感じたのが「マ・メール・ロア」であった。
木管が今よろしくないのは周知の事実だが、ソロを受け渡すヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの首席奏者がそれぞれ凄く動きが固い。
パヴァーヌや終曲はそれだけで魅力半減。
まぁ、流石はプレヴィンの得意レパートリーの1つだけあって、終曲冒頭の一体感には感心。
特に2日目の出来は良かった。
コンチェルトについては最早コメントするまでも無いのだが…orz
トランペットの首席奏者として登場した関山氏が驚くほど外しまくる…。
ラヴェルで冒頭から絶望感に苛まれる演奏はそうはないだろう(笑)。
しかも、演奏が下手なだけなら既にある程度想定範囲内だが、酷かったのは1日目の演奏開始前には、主管の途中から管の着脱が可能なタイプのラッパを持ってきていたが、止め具が緩んでいたのだろう…。
ベルに向けての先っぽを床に落として「ガシャン」と壮絶な音を響かせる…orz
こういう失敗を私がした事無い訳ではないが、これは1人の楽器吹きとしてどうかと思う。
せめてプロの本番のステージではあって欲しくない事態だ。
ソロのジャン・イヴ・ティボーデは流石に巧みなピアニズムだった。
が、通常とは異なり、1日目の方が動的で意欲的。
2日目は何処か倦怠感漂うものになり、少し伴奏がマシになった気がしないでもなかったが、ピアノが悪く結局満足感は薄い演奏に…。
そんな感じだったので、当然言うまでもないながら、ダフニスは、特に1日目はかなり退屈になってしまった…。
奏者もどれだけ譜面を理解しているのか…。
第3部に入ると少しマシだったが、その手前はかなり冗長。
2日目になると譜面理解が改善され、ラヴェルの仕掛けが少し活きてきた。
正直に言えば、この時がプレヴィン&N響のベスト・パフォーマンスだったと思う。

更に、9/20のBプログラムは武満のセレモニアルは私自身の理解が不足しているのを投影しているだけかも知れないが、プレヴィン自身そこまで理解していないような気がしたのは気のせいか。
非常に表面的で幽かな音色にとどまる印象(狙いでもあろうが…)。
大ホールでやると笙という不思議な楽器の重層的なハーモニーが響ききらず、コンセプト倒れな感があると個人的には思う。
まぁ、武満に文句付けられる程私に音楽理解があるわきゃないが…(笑)。
コープランドはフィガロ並みにボロボロだった。
どの楽器も舞曲が下手なのである、結局は。
特にこの日のトランペット首席の津堅氏が結局は散漫で成分の薄い音しか出ず、ろくな響きが無いまま終了。
詳しく言うまでも無く、カッチリとした魅力的な活き活きとしたバレエ音楽のコープランドは露ほども姿を見せなかった…orz
そしてラフマニノフ。
この曲で痛感したのは、プレヴィンの表現力はまだまだ凄く生きている、という事だった。
特に、解釈の完成度はかつての3度の録音(RPOだけは聴いてないが…)に劣らない、色々な部分で未だ表現力を維持した上で、楽章ごとに設定した最大の山に向けて、非常に計画的な動きを見せるのは流石の手腕だった。
個人的に感動したのは3楽章冒頭のメロディ。
ここをハーモニー重視にして、冒頭が山場でないことを意識した上で8分目の力加減から始めて、叙情性ばかりを垂れ流さないのは、プレヴィンらしい品格の象徴であろう。
はっきり言って、こういう面は未だに全くもって枯れていない。
転じてオケ。
プレヴィンの構築性ある解釈に対して反応が鈍過ぎる。
信じられない事に、2楽章や4楽章などでは何度も伴奏、内声、旋律それぞれが完全にズレ、非音楽的な空間が出来てしまう…。
まぁ、寂しい事だが、そうした一体感の無さを鋼のように纏め上げる力は、プレヴィンには既に無い、という証明なのかも知れない…(だとすれば、彼に任せた運営側の責任があるだろう)。
が、もう少しアンサンブルの良いオケを率いれば、彼は必ず見事な演奏をしてくれるであろう。

最後に9/23のモーシェ・アツモン指揮のオーチャード定期。
ラフマニノフのP協3と展覧会、という単純過ぎて驚きの組合せ(笑)。
この演奏会では、ラフマニノフはオケとピアノのコンセンサスがイマイチだったような感があり、こちらはそれほどでも無かったが、展覧会は音圧のしっかりかかったラッパが先導する見事な演奏。
こんな首席奏者、今のN響にいないだろう…と思ってよく見たら、(多分)都響の首席奏者だった。
それにしてもあのオケは、今は非常にラッパが充実しているという事を証明するかのような目の醒めるソロを冒頭から響かせ、最後のキエフの大門まで満足行く演奏を展開。
ついでに、もしかしたらホルンの首席も何処か他のオケではなかっただろうか?
取り合えず、悪くは無い…というか良い音をしていた。
単純で、深みには乏しかったかもしれないが、所謂、通俗名曲を見事に鳴らしきった快演であった。
要するに、病巣は金管楽器の首席にかなりある気がするのだ。
動きの硬さは伝統なので、何とかして貰いたいが一朝一夕にはいかないだろう。
だが、金管に関してはトランペットとホルンだけは優秀な若手を入れて貰えれば、全く異なる響きのオケへと変貌を遂げるはずだ。
期待したいのだが、中々世の中ままならない(笑)。

さて、こうして挙げると、随分辛辣な評のような気がする(笑)。
…が、私は、このオケに関しては定点観測的に聴き続けている事もあり、気になって仕方が無いのだ。
きっと、これからも聴き続けるだろうし…。
…という事で、希望的な観測を含めた展望をこの後は少し書いてみたいと思う。
マリナーは多分、感動は呼ばないだろう事が読めるのでどうでも良いが、来月のサンティには若干注目できる所があろう。
「ラ・ボエーム」は定期的にピットに入った経験をもたないオケがそうやれるとは思えないしN響はベトに柔軟性が無いのも痛感するので、いずれも期待は持てないが、チャイコフスキーの方は結構期待出来る気がする。
昨年の5番を聴く限りでは、作曲家に対する思い入れや理解も充分窺え、歌いつつも無理なテンポ・アップは控えた曲作りなどが光る指揮者なので、1番のようなマイナー・レパートリーもイケるのではないだろうか。
更に12月以降は呼んでいる奏者が非常に良いので、後はオケの表現力でかなり出来に差が出てくるだろう。
そして、一流でない楽器を扱う際の指揮者の真の実力、というのも垣間見える結果になるだろうが…。
それぞれ簡単に展望を書くと12月は次期NYPのアラン・ギルバートの手腕が窺えると共に、ベルクのヴァイオリン協奏曲は昨年、ローター・ツァグロゼクが見事な伴奏を付けている分対応が出来るだろうし、ヴァイオリンがフランク・ペーター・ツィンマーマンという物凄い奏者なので、かなり期待が持てる。
1月のブロムシュテットはやはりオール・シベリウス・プログラムが筆頭に挙がろう。
マーラー、ブルックナー(…orz)、という大曲の前に2月のチョン・ミュンフンはA,Cプロ共に得意のメシアンを持ってきており、彼のマーラーも録音はないが壮絶、と噂は聴くのでどれだけ出来るか是非聴いてみたい所。

まぁ、取り合えずは簡単だが、以上という事で…。
N響にはこれから、それなりの期待を抱かせる演奏をして欲しいなぁ…と切に願っている常連客がここに居る事を是非忘れて欲しくないもんだ…。

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